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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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126_白鯨(Моби Дик)

「何だよ……」


 石畳の下から抜け出すと、オリガは地上に這い出し、悪態をつく。“(ソーム)”の魔法属性であるオリガは、水中に潜るように、地中に潜り込むことができる。


 ルフィナが火炎を展開した矢先、オリガは地中に潜って、市街の建物を環状に破壊しはじめた。これは、延焼を食い止めるための活動だった。ルフィナは、みずからが放つ炎は制御できるが、燃え広がる炎までは、制御できない。風向きによっては、南にいるクニカたちまでもが危なかった。


 ただ、さすがのオリガも、行動を中止せざるを得なかった。地面全体の“揺れ”を感じ取ったからだった。


 シャンタイアクティは、南大陸でも地震の多い地域である。しかしオリガは、それが地震でないことが、すぐに分かった。深い海の底から、何か巨大なものが、みずからの意思をもって、海面へ這い出そうとしている――。


 地面の浅いところを“泳ぎ”ながら、市街の勾配を、オリガは一気に駆け上がる。聖塔(パゴダ)の頂上まで、オリガは登りつめる。ここからならば、水煙も立ち込めておらず、海までを見はるかすことができる。


 湾に目を細め、オリガは息を呑む。


「あれは……!」


 ルフィナに熱を奪われ、凍結していた湾全体が、大きく盛り上がっている。氷の下に、白い塊が迫っていた。白い塊は、分厚い氷に頭突きを食らわせる。氷の層が、砂糖菓子のように、粉々に砕け散る。


 氷に埋まり、身動きが取れないでいた航空母艦の一隻が、オリガの見る前で、突然垂直になる。――白い塊が、航空母艦の舳先を、口に咥えたのだ。


「ああ、やばい、やばい――」


 オリガの見守る前で、シャンタイアクティの湾全体が、白い塊に席巻される。太陽は遮られ、白かったはずの身体が黒く点滅したようになる。その大きさを前に、中空に浮かぶ月が、やけに大きく見えるときと同じ錯覚を、オリガは味わう。


 背後からの陽に照らされ、白い塊の、肥大した先端部が、まだらに光った。肉の中に埋まる青い眼球が、市街全体を(へい)(げい)する。隆起した背ビレの脇から、潮が噴き上げられ、市街の上空に、破砕音が響き渡った。


精液鯨(カシャロット)……!」


 白鯨の威容を前にして、オリガは声を上げる。海の王者、海中に(うごめ)く巨大な天体――。


 そして、具体(ビトン)系最強の魔法使いとして、シャンタイアクティ騎士団においても名の知れ渡っている、西の巫皇(ジリッツァ)、プヴァエティカ・トレ=ウルトラの、真の姿だった。



◇◇◇



〈おかしい、おかしいって――〉


 やっていられないと言わんばかりのマルタの念話が、シノンの脳内に響き渡る。


 海の異変に気付いてから、白鯨が湾に姿を現すまでは、一瞬のことだった。巻き上げられた海水と、白鯨の質量を前に、シノンたちは、直ちに軌道を変える。


〈すごい――〉


 遅れて、レイラの念話が聞こえてくる。同時にシノンは、レイラの視線が、自分の翼と白鯨の身体とを交互に行き来していることに気付いた。白鯨を前にしては、シノンの翼でさえも、花びらのように小さい。


 軌道を変えきれなかった戦闘機と爆撃機が、白鯨の肉体に衝突する。白鯨に、痛みを感じる素振りはなかった。大理石のように硬い表皮の前には、打撃も火炎も、絵筆の先端で撫でられた程度の意味しかないのだろう。


〈あれを見ろ!〉


 マルタの念話と同時に、シノンたちの頭上から、奇妙な音がこだました。白鯨の頭頂部は、シノンたちの頭上にある。目算からして、その鼻面は成層圏にまで届いているだろう。


 木の枝のはぜるような音とともに、シノンたちの空域まで、金属片や、重油のしずくが降り注いでくる。


〈歯だ……!〉


 音の正体に気付き、シノンは呟く。次の瞬間、ひときわ大きな音とともに、真っ二つにへし折られた航空母艦の残骸が、シノンたちの傍らを通り過ぎ、湾へと落下していった。


 海から現れた、新たな標的を前にして、“相手”の動きが切り替わる。不規則な軌道で隊伍を形成していた戦闘機が、白鯨めがけ、一斉に殺到する。


「あっ!」


 シノンは叫ぶ。戦闘機が一機、躊躇なく白鯨に突進し、衝突する。それを皮切りに、戦闘機や爆撃機が、白鯨に突っ込んでいく。


 すぐ側を通過した戦闘機のコックピットを、シノンは見切る。コックピットには人が乗っていたが、酸素吸入のためのマスクはしていなかった。


〈死んでるんだ〉

〈え?〉

〈初めから死んでるんだよ、相手は〉


 炎の柱と化した白鯨を見やりながら、シノンが呟く。


 シノンの念話に、マルタも、レイラも、黙ったままだった。


 さすがの白鯨も、熱には耐えかねたようだった。天に向かって鋭く叫ぶと、白鯨は頭部を傾け、湾内に潜り込もうとする。白鯨の尾を狙い、艦砲射撃を続けていた駆逐艦の一隊が、その巨体の下敷きになり、沈没していく。下敷きにならなかった戦艦も、規格外の大波を間近に浴び、木の葉か何かのように、海にひっくり返った。


 しかし、ある戦艦だけは無傷だった。白鯨の、全く射程外にいたためである。それどころか、その戦艦は、白鯨のことを砲撃しさえしなかった。


 戦艦の中で、何が起きているのか。

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