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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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123_マナ(Манна)

「そんな……」


 キーラはこれ以上、目を閉じていられなかった。冷たい直感に、心は切り刻まれていた。リテーリアは星誕殿(サライ)(そむ)き、エリッサは(たお)れ、アニカは殺され、アアリは深手を負い、今、ジイクの意識が消え去った。


 親友のエリカの方を、キーラは向く。エリカの表情は、紙のように白い。


 祠に集う他の準騎士たちも、様子は同じだった。口を開く者はおらず、めいめいが、周囲を見回したいという欲望を堪えていた。気のせいだ、勘違いなのだと誰かが言い出すのを、誰しもが待っていた。


 星誕殿(サライ)の騎士たちの中で、超常的な強さを誇る者だけが、使徒の名を(なの)る。使徒騎士の強さに下限はあっても、上限はない。このため、最上位の使徒騎士が、ほかの使徒騎士たちを全員合計しても、なお強いということが起こる。天井知らずの強さを誇る者は、伝統的に“巨人(ギガーント)”と呼ばれる。


 今の世代で、“巨人”は二人。ペルガーリアとニフリートだけだった。それでも、緒戦でここまであっけなく、ほかの先輩たちが葬り去られるなど、誰も思ってもみなかった。


 もう誰も、助からないのではないか――。


「諦めちゃダメだよ」


 そのとき、イリヤの声が、祠に響き渡る。イリヤの言葉は、つむじ風のように素早く、準騎士たちの心を吹き抜けていった。


「先輩たちは諦めてない。私たちが先に諦めちゃダメだよ!」


 蓮華座を組んだまま、イリヤが顔を上げる。


「イリヤ……?!」


 居並ぶ準騎士たちは、息を呑んだ。イリヤの頬は、血の涙で濡れていた。


 “常識の園”は、発動する者の思念(エンノイア)を、人倫の外へ迷わせる。自分たちの霊気(アウラ)をシャンタイアクティに送りながら、イリヤはひとり、孤独な戦いを戦っているようだった。


「私は大丈夫だよ」


 イリヤはほほ笑んでみせる。大丈夫なはずがない、と、あえて口にする者はいなかった。先輩たちが諦めないかぎり、イリヤは希望を捨てないだろう。そうである以上、諦める理由はない。


 皆は再び目を閉じると、シャンタイアクティに残った騎士たちに向かって、思念を送り続ける。



   ◇◇◇



 崩れかけた公文書館の屋上から、ニフリートは目を細める。東南東の方角に、光が見える。元老院議事堂のあるところだった。


 輝き方についても、ニフリートは見覚えがある。ペルガーリアの光だ。理知による光であり、優しさによる光ではない。砂漠の夜に抱かれるような孤独を知る者だけが、体得できる光である。


 ここまでは、ニフリートの打算したとおりだった。サリシュ=キントゥス帝国の軍隊は、数で圧倒しようとも、使徒騎士たちの前には、象に群がる蟻ほどの値打ちもない。たとえニフリートが“巨人”であったとしても、結集した使徒騎士を相手にして、がむしゃらに勝つことはできない。


 すると、ニフリートも策を弄するしかない。篭絡したリテーリアは、よく働いていた。エリッサは無力化され、“楽園函数”は崩壊した。リテーリアは続けざまに、クニカに精神攻撃を浴びせている。クニカを助けるために、ペルガーリアはリテーリアの魔法を、光に変えている。その間、ペルガーリアは無力化されている。


 ペルガーリアが動けない今、残りの使徒騎士たちは丸裸も同然だった。“神の鉄槌”を前にして、白鷹隊は制空権を放棄せざるを得ない。先ほどアアリには競り勝ち、ジイクも無力化した。


 戦いの中で、みずからがなすべきことを、ニフリートは頭の中に並べる。リテーリアが稼げる時間は、そこまで長くない。何よりリテーリアは、精神的に不安定である。この先、突飛な行動を取らないとも限らない。気まぐれで、精神攻撃の矛先をニフリートに変える可能性もある。


 いずれにしても、クニカはまもなく、リテーリアの魔手を逃れるだろう。ペルガーリアは自由を取り戻し、真っ先に自分を狙ってくる。


 それまでの間に、ニフリートはことを優位に進めなければならない。ペルガーリアを優先して叩くか、あるいは、ペルガーリア以外の使徒騎士たちを、優先して叩くか――。


 そのときだった。強い霊気(アウラ)が自分に向けられたことに、ニフリートは気付く。熱線の到来を予見し、ニフリートは左手を南東に突き出す。白い熱線が、手に籠められた魔力に緩衝され、中和される。余熱は周囲に飛び、公文書館に散らばっていた紙片が発火する。


「ルフィナか……!」


 熱線から伝わる魔力を感じ取り、ニフリートは相手の名前を口にする。“蜥蜴(ヤーシリツァ)”の魔法属性であるルフィナは、炎と熱を、自在に操ることができる。


 左手に力を籠め、ニフリートは熱線を押し返そうとする。ジイクとアアリの姉妹よりも、ルフィナは弱い。熱線を逆流させることなど、ニフリートには造作もない。


 しかしニフリートは、熱線の片鱗から、霊気(アウラ)以外のものを感じ取った。それは、浜辺の砂が太陽に照らされる臭い、塩の焼ける臭いだった。


 と同時に、ニフリートの耳に、稲妻が空を打ち鳴らすような音が聞こえてくる。音は海から聞こえてくる。――東から吹く風が、一気に冷たくなった。


 シャンタイアクティ湾の方角を、ニフリートは見る。海から遠すぎるために、海上の変化は分からない。しかし、これまでの五感と直感が、ニフリートに事実を告げ知らせていた。


 ルフィナの放った熱線は、海からの熱を奪って生成されたものだ。そのために、海は凍てつき、シャンタイアクティ湾全体が、氷漬けになろうとしている。


〈ニフリート!〉


 ニフリートの脳裏に、念話が響く。シノンの声だった。


 湾の方角から地鳴りが響く。市街全体が、小刻みに揺さぶられる。ニフリートの位置からでも、氷漬けになった海が隆起し、巨大な氷塊が持ち上がるのが見える。シノンが、翼を腕のように駆使して、海から氷の塊を切り出したのだ。


〈止めてみろ……!〉


 シノンの念話が、脳内に響いた刹那、ニフリートめがけ、氷塊が投げつけられた。


 中空に投擲された氷塊により、太陽は遮られる。市街全体が、影に覆われた。街全体が氷河に陥没してしまったのではと錯覚するほど、氷塊は大きい。まばゆいのは、元老院議事堂から放たれるペルガーリアの光と、ルフィナの熱線だけだった。


 氷塊をかわそうとすれば、ルフィナの熱線に全身を焼かれる。となると、熱線を氷塊に偏向させるしかない。


 闇の引力で熱線をたぐり寄せると、ニフリートはそれを氷塊に解き放つ。熱線は鞭のようにしなり、氷の表面に触れる。


 次の瞬間、氷塊は水煙に変わり――市街全体が、雲に包まれる。


 押し寄せる雲の塊を前にして、ニフリートは腕で、自分の頭をかばう。全身は濡れ、凝結した水分が雨のようになって、散発的に降り注ぐ。魚たちが天から降ってきて、勢いよくあちこちを跳ねまわる。


 雲全体が、金色の光に包まれる。光の正体に気付き、ニフリートは目を細める。ペルガーリアの光が、水煙の中を乱反射している。


「これが狙いか!」


 ニフリートは言った。


 市街が水煙に覆われている間、ニフリートは“神の鉄槌”を行使できない。水煙を前に、光は攪拌される。クニカに届いたころには、ほぼ無力だろう。


 同じ理由で、ニフリートは闇を生み出すこともできない。水煙を前に、ペルガーリアの光が常に乱反射している。この中で闇を生み出そうにも、影は食いつくされ、いたずらに魔力を消費するだけだった。


 それでは、相手は次に、何をしてくるか。――それを予見しようとした矢先、ニフリートの直観が、危機の訪れを告げる。


 本能に促されるまま、ニフリートは長剣を抜き放つと、みずからの背後めがけて、それを振りかぶる。刃と刃とが触れ合い、甲高い音がこだまする。


「また会ったな」


 長剣の向こう側で、相手がにやりと笑う。ペルガーリアだった。その輪郭は虹色に輝き、周囲に光を放っている。


 市街全体に乱反射するほどの光を、ペルガーリアは生み出さなければならない。そのために、ペルガーリアはすべての魔力を用いるだろう。その状況下でニフリートを斃すには、剣の実力に頼るしかない。相手のたくらみを、ニフリートは理解する。


「懐かしいな! 昔の稽古を思い出す」

「しばらくは」


 ペルガーリアの長剣を押し返そうとしながら、ニフリートは言う。


「退屈しなさそうだ!」

「ハ、ハ! オレも退屈は苦手なんだ」


 長剣を構え、二人の“巨人”が対峙する。

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