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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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120_太陽がまぶしい(Солнце ослепительно сияет.)

 みずからの腹部を、エリッサはまさぐる。長剣の刃が触れ、指先が、自分の血で湿った。


 何千何万という感情や思考が、エリッサに押し寄せる。どうしてよいのか、エリッサは分からなかった。


「痛い……」

「痛くない」


 エリッサの背中に右腕を回すと、リテーリアは、その身体を抱きしめる。抱きしめられたはずみで、エリッサの腹部からは、血が更にあふれ出した。血は長剣を伝い、リテーリアの左手を濡らし、リテーリアの着る橙色の長衣(アオザイ)の袖に、赤黒い染みを作る。


「大丈夫よ、怖がらなくて」


 エリッサの黒髪を、リテーリアは撫でる。リテーリアの言い方は、赤子をあやすかのようだった。


「痛くないのよ? 長剣には麻酔が塗ってある。急所は外した。あなたは苦しまなくていい」

「どうして」


 エリッサの胸を押し潰そうとしているのは、死の恐怖ではなかった。自分の命を、大切にしてくれない誰かが、この世界にはいた。そして、これまでの人生で、自分を大切にしてくれた人たちの思いやりに、今の自分は応えられていない。エリッサの胸に迫るのは、その悲しみだった。


「どうして――」


 リテーリアの長衣(アオザイ)の袖に、エリッサはすがる。


 その瞬間、エリッサの脳内に、影像(イメージ)が流れ込んでくる。影像(イメージ)の中で、“うすあかり”の中で、リテーリアは泣いていた。


――家族だったのに……!


 リテーリアの叫びが、エリッサの脳内に響く。影像(イメージ)は渦を巻いて、今度は星誕殿(サライ)の廊下が映し出される。日暮れ前、海辺からの風を受けて、手のひらで踊る、白いひなげしの花――。


――フランに告白されたんです。

――「愛してます」って、言ってもらえて。


 エリッサ自身の言葉だった。


「憎いんですか……?」


 リテーリアの二の腕を、エリッサはつかむ。すでにエリッサは、自分の脚に力を込められなくなっていた。エリッサと目が合いそうになった瞬間、リテーリアは顔をそむける。背中に回されたリテーリアの腕の力が緩む。


 しかし、今度はエリッサが、リテーリアを掴んで離さない番だった。ふるえる指に残された、わずかばかりの力が、今のエリッサにとっての生きる意味だった。


「わたしと、フランが羨ましいから……それで……憎むんですか……?」

「そうよ」


 顔をそむけたまま、リテーリアは言う。答えを得てなお、エリッサはリテーリアに視線を送りつづけた。それがリテーリアの本心ではないこと、おそらくはリテーリア自身も、その答えに納得していないだろうことを、エリッサは感じ取った。


「フッ……」


 そのとき、リテーリアはうつむくと、小さく息を漏らした。唇の端がゆがんでいた。


 リテーリアは笑っていた。


「リテーリアさん――」

「ハハハ」


 リテーリアは笑いながら、エリッサの腕を振りほどき、長剣の柄から手を離した。頼るべきものを喪って、エリッサはその場にくずれ落ちる。


「あーあ」


 夢遊病者のように歩を進めると、開け放たれた窓から、リテーリアはシャンタイアクティ市街を見つめる。虹色も、鐘の音も、いまは見えず、聞こえない。楽園函数は自壊し、“歳星の間”には、エリッサとリテーリアが残された。


 エリッサを振り向くと、リテーリアは


「わかんないな」


 と笑う。


 エリッサは、リテーリアを見つめることしかできなかった。


「そんな――」

「なんで裏切ったりなんかしたんだろうね」


 きびすを返すと、鼻歌を歌いながら、リテーリアは“歳星の間”を抜けていく。追いかけようとしたエリッサは、自分の両足がしびれたようになっていて――追いかける余力が、みずからに残されていないと気付く。


 死が迫りつつある。


――エリーのことを……愛して……います……。


 頬を赤らめながら、(とつ)(とつ)と告白をしてくれたフランチェスカの姿が、記憶によみがえる。


 もう二度と、フランチェスカには会えないかもしれない――。


「フラン……!」


 フランチェスカを呼ぶと、エリッサは倒れ込む。倒れる間ぎわ、エリッサの視界に映り込んだのは、北部の山並みからほとばしった極太の光線が、シャンタイアクティの空を焼く、その瞬間だった。

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