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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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118_神は「光あれ」と言われた(Бог сказал, да будет свет)

 だれかに名前を呼ばれた気がして、クニカは星誕殿(サライ)を振り向いた。名前を呼ばれることなどないと、頭の片隅ではわかっていた。にもかかわらず、振り向きたいという衝動を、クニカは抑えることができなかった。


 海岸沿いの崖に立つ、星誕殿(サライ)の殿堂を目にした瞬間、クニカはまるで、景色全体が一枚の絵のようになって、自分の網膜に飛び込んでくる錯覚に襲われた。それを防ごうと、クニカはしきりに瞬きしたが、瞬きするたびに、網膜に景色は切り取られ、星誕殿(サライ)は容赦なくクニカに迫ってくる。


 次の瞬間――何が起きたか? クニカには、それがわからなかった。まぶたの裏に積み重なった景色は、ドミノのように一斉に倒れ、その隙間から、だれかが声を上げた。ニフリートだった。


耀(ひかりあ)れ」


 クニカの脳裏で、ニフリートが叫ぶ。日常の世界から、クニカはまっさかさまに、二つの世界のはざまへと落ち込んだ。そこは、天地創造がはじまるより前、まだ世界が混沌に包まれていたとき、“うすあかり”が世界の全てであったときのところだった。


 悲鳴を上げようとして、クニカは失敗する。音もなく、言葉もなく、不気味な崩壊の瞬間が、クニカの身体を、どこか遠くへ運び去ろうとする。それまでにクニカが生きていた世界の太陽はくだけ、血と骨とが漂白されていった。もうひとつの世界、鉛色の光が渦まく世界では、死は岩壁の裡にひそみ、クニカに迫っていた。


 痛い――!


 (アフツァー)が叫んでいた。クニカの脳裏に、影像(イメージ)が舞い込んでくる。ニフリートが、クニカに手を伸ばす――。


「――負けるんじゃない!」


 そのとき、クニカの右腕が、何者かによって掴まれる。


 混濁していた世界が、クニカの脳内で(しゅう)(れん)する。クニカの精神は、シャンタイアクティ市街の議事堂にまで舞い戻った。


 世界に引き戻されるときの、重力のようなものを全身に感じ、クニカはたまらず、その場で吐いた。朝食で摂った米麵(フオー)が、胃液とともに吐き出され、地面に飛び散る。


 駆け寄ってきたアアリが、クニカを介抱する。


「エリーが……!」


 介抱され、意識がはっきりするにつれ、脳裏に響いた叫び声の意味を、クニカは遅ればせながら理解した。


「エリッサが!」

「分かってる」


 かたわらから聞こえてきた声に、クニカは振り向く。クニカの右腕を、ペルガーリアが抱きしめていた。先ほどの「負けるんじゃない」という言葉が、ペルガーリアによるものだと、クニカも気付いた。ペルガーリアの右半身は輝いており、周囲に光を投げかけていた。


――家族だったのに……!


 クニカの脳裏に、夢で繰り返したイメージが、とつぜん現れた。あのとき叫んでいた者が、だれだったのか、今のクニカなら分かる。


「リテーリア……!」


 クニカが叫ぶより前に、アアリが言った。声は震えていた。


「どうしてあの子が……!」

「まずい……!」


 ジイクの視線を、クニカも追う。ジイクは、前線の反対側、星誕殿(サライ)に目を向けていた。


 星誕殿(サライ)を見て、クニカは息を呑む。星誕殿(サライ)全体が、ドーム状の結界に覆われようとしていた。結界は青白く、クニカが錯視したのと同じ、鉛色の光を放っている。


「閉じこもるつもりだ……!」

「裏切ったのよ! あの子が!」

「――はじめから、リティだったんだ」


 ジイクとアアリのやり取りに、ペルガーリアが答える。


「ニフリートと内通しているのは、アイツだった。オレの失敗だ」


――親友だ……って、あたしは思ってる。


 チカラアリで、ミカイアと交わした言葉を、クニカは思い出す。


――けれどさ、あるとき、そいつに怒鳴っちまったんだ、その考え方は間違ってる、人の心はもてあそぶもんじゃない、って。


 ミカイアは、リテーリアのことを言っていたのだ。ミカイアが生きていれば、星誕殿(サライ)に戻ったとき、リテーリアの心の隙に、早いうちから気付くことができたのかもしれない。


 ただ、ミカイアはもういない。気付くためのすべてのきっかけを、クニカも、ペルガーリアも、ほかの全員も、見逃してしまっていた。


「気分はどうだ、クニカ?」


 ペルガーリアの言葉に、クニカは頷いてみせる。


「ハハ、最悪だな」


 自分の身体を、半分光に変化させたまま、ペルガーリアが言った。ここでクニカは、ペルガーリアが何かに持ちこたえようとしていると気付いた。


「ペルジェ?」

「リテーリアは……お前の精神に侵入しようとしている」


 ペルガーリアの額から流れたあぶら汗が、地面に吸い込まれていく。


「リテーリアは……お前が忘れかけていた記憶や無意識を、むりやり顕在化させて、お前の脳に殺到させている」

「わたし……どうすれば……」

「脳に流れる電気を、光に変えている」


 ペルガーリアの半身が、光に変化している意味を理解し、クニカは奥歯を噛みしめる。


「いいか? オレから離れるな。手ェ放した瞬間、リティに呑み込まれちまう」

星誕殿(サライ)に戻るわ!」


 長剣を構えると、アアリが言った。


「リティを叩く! それから――」

「違う」


 ペルガーリアが叫んだ。その声は、いつになく鋭かった。


「前を向き続けるんだ。来るぞ――!」


 ペルガーリアの言葉どおりだった。すわり込むクニカの目の前で、楽園函数が蒸発を始める。北部の山並みから、サリシュ=キントゥス帝国の軍団が、津波のようになって、市街へと押し寄せはじめる。

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