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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第6章:神の子は都(みな)沓(くつ)を履く(Каждый ребенок Божий носит обувь.)
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114_だれかのせい(Чья-то вина)

――我は王なり。誰が混沌(カオス)の者であり、誰が陰府の者であるか。【『三体のプローテンノイア』、第10節】

「こんにちは」


 “花嫁の間(ニユンフオーン)”で朝食を摂り終えたフランチェスカは、部屋を抜けてすぐに、呼び止められた。振り向いてみれば、窓辺に寄り掛かって、リテーリアが煙草を吸っている。


「こんにちは」


 今は朝なのだから、おはよう、だろう――と、フランチェスカは思う。


 窓からの陽射しを背にしているせいで、リテーリアがどんな表情をしているのか、フランチェスカには分からなかった。


 サリシュ=キントゥス帝国軍は、予定どおりの進撃だった。三十分もしないうちに、最初の隊列が、シャンタイアクティ市街の北面の山の勾配に顔を見せるだろう。


 星誕殿(サライ)に残った者たちは、それまでに配置に着かなければならない。フランチェスカは、シュムとともに、地上戦で中衛を務める予定だった。


「何をしているの?」

「今日はね、命日なの。私の弟の」


 リテーリアは言う。


「死んだのは去年よ。“黒い雨(ドーシチ)”に打たれてね。人を庇おうとして、失敗した。放っておけば良かったのに。どうせみんな死ぬ――」


 フランチェスカは黙って聞いていた。


「ひとつ訊かせて、フラン」


 リテーリアが尋ねる。


「大切な人が奪われたら、どうする?」


 リテーリアの気持ちを、フランチェスカは想像してみた。大切な人が死んでしまったら、悲しいだろう。


 ミカイアが死んだときのことを、フランチェスカは思い出す。あのときフランチェスカは、ミカイアを救えなかったことにふがいなさを覚え、自分を責めた。


 リテーリアもまた、弟を救えなかったことを責めているのではないか。フランチェスカは、そう考えた。


「大切な人が奪われたら、悲しい。けれど、あなたの弟が死んだのは、あなたのせいではない」


 フランチェスカの言葉に、リテーリアはすぐには答えなかった。


 リテーリアの指に挟まれた煙草から、一筋の煙が、天井までまっすぐ伸びる。


 聞こえなかったのではないか。そう考え、フランチェスカはもう一度、同じ言葉を繰り返そうとする。そのとき、


「じゃあ……だれのせいだって言うの?」


 と、リテーリアが訊いてきた。声は震えていた。


 フランチェスカは、リテーリアの表情を確かめたかったが、逆光のせいで、やはり分からなかった。


「だれのせいだって言うの?」

「だれのせいでもない」


 フランチェスカは、床に目を落とす。陽射しを受けて、リテーリアの影が大きく、黒く、フランチェスカの下までたなびいていた。


「もしあなたが、あなたの弟をみずから奪ったのなら、あなたが悲しむのには理由がない。あなたが悲しむ理由を、ほかならぬあなた自身が作ったことになるから」


 頭の中で、論理のツリーを描きながら、フランチェスカは続ける。黒板があれば良いのにと、フランチェスカは思う。


「もしだれかが、あなたの弟を奪ったのなら、あなたが悲しむのには理由がある。その人は、あなたが悲しむ理由を作ったことになるから。しかし、あなたはだれかに、弟が死んだ理由を帰すこともできない。“黒い雨”はだれにでも降ってきて、だれかが降らせたものではないから――」


 リテーリアからの返事はなかった。


「リテーリア?」

「もういい」


 天井を見上げながら、リテーリアは煙草の煙を吐き出した。


「行ってちょうだい」

「あ、うん」


 フランチェスカは、そのまま外へ出た。

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