114_だれかのせい(Чья-то вина)
――我は王なり。誰が混沌の者であり、誰が陰府の者であるか。【『三体のプローテンノイア』、第10節】
「こんにちは」
“花嫁の間”で朝食を摂り終えたフランチェスカは、部屋を抜けてすぐに、呼び止められた。振り向いてみれば、窓辺に寄り掛かって、リテーリアが煙草を吸っている。
「こんにちは」
今は朝なのだから、おはよう、だろう――と、フランチェスカは思う。
窓からの陽射しを背にしているせいで、リテーリアがどんな表情をしているのか、フランチェスカには分からなかった。
サリシュ=キントゥス帝国軍は、予定どおりの進撃だった。三十分もしないうちに、最初の隊列が、シャンタイアクティ市街の北面の山の勾配に顔を見せるだろう。
星誕殿に残った者たちは、それまでに配置に着かなければならない。フランチェスカは、シュムとともに、地上戦で中衛を務める予定だった。
「何をしているの?」
「今日はね、命日なの。私の弟の」
リテーリアは言う。
「死んだのは去年よ。“黒い雨”に打たれてね。人を庇おうとして、失敗した。放っておけば良かったのに。どうせみんな死ぬ――」
フランチェスカは黙って聞いていた。
「ひとつ訊かせて、フラン」
リテーリアが尋ねる。
「大切な人が奪われたら、どうする?」
リテーリアの気持ちを、フランチェスカは想像してみた。大切な人が死んでしまったら、悲しいだろう。
ミカイアが死んだときのことを、フランチェスカは思い出す。あのときフランチェスカは、ミカイアを救えなかったことにふがいなさを覚え、自分を責めた。
リテーリアもまた、弟を救えなかったことを責めているのではないか。フランチェスカは、そう考えた。
「大切な人が奪われたら、悲しい。けれど、あなたの弟が死んだのは、あなたのせいではない」
フランチェスカの言葉に、リテーリアはすぐには答えなかった。
リテーリアの指に挟まれた煙草から、一筋の煙が、天井までまっすぐ伸びる。
聞こえなかったのではないか。そう考え、フランチェスカはもう一度、同じ言葉を繰り返そうとする。そのとき、
「じゃあ……だれのせいだって言うの?」
と、リテーリアが訊いてきた。声は震えていた。
フランチェスカは、リテーリアの表情を確かめたかったが、逆光のせいで、やはり分からなかった。
「だれのせいだって言うの?」
「だれのせいでもない」
フランチェスカは、床に目を落とす。陽射しを受けて、リテーリアの影が大きく、黒く、フランチェスカの下までたなびいていた。
「もしあなたが、あなたの弟をみずから奪ったのなら、あなたが悲しむのには理由がない。あなたが悲しむ理由を、ほかならぬあなた自身が作ったことになるから」
頭の中で、論理のツリーを描きながら、フランチェスカは続ける。黒板があれば良いのにと、フランチェスカは思う。
「もしだれかが、あなたの弟を奪ったのなら、あなたが悲しむのには理由がある。その人は、あなたが悲しむ理由を作ったことになるから。しかし、あなたはだれかに、弟が死んだ理由を帰すこともできない。“黒い雨”はだれにでも降ってきて、だれかが降らせたものではないから――」
リテーリアからの返事はなかった。
「リテーリア?」
「もういい」
天井を見上げながら、リテーリアは煙草の煙を吐き出した。
「行ってちょうだい」
「あ、うん」
フランチェスカは、そのまま外へ出た。