表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第1章:終わりのない平和みたいに(Мост над неспокойной водой)
11/165

011_暗くて冷たくて(Темно и Холодно)

「脱走? どういうこと?」


 お腹に腕を回された姿勢で、クニカはリンと空を飛ぶ。クニカの魔力は、リンの両腕を伝い、背中に生えた翼へと行きわたる。二人で飛ぶとき、クニカとリンは、いつもこの姿勢だった。


 南からの冷気を、クニカは感じる。南の空、サリストク川の向こう側に連なる山の(りょう)線から、雲が吐き出されている。雲はウルトラに迫り、上空をなめ取ろうとしていた。


 クニカたちの身体を、風が撫でる。湿気から、クニカは雨の臭いを嗅ぐ。


「“お昼寝の時間”だったんじゃないの?」

「それで分かったんだ。まず、セヴァがいなかった。寝る前ウルサイからな、アイツ」

「ミーナは?」

「おーい!」


 リンが答えるより先に、地上から声が届いた。ジュリだった。クニカたちとは反対の方向から、ジュリはトゥクトゥクを走らせ、ウルトラ中央病院まで向かってきたようだった。


 街路に植えられているシダの木の根元に、ジュリはトゥクトゥクを停める。クニカは地上に降り立ったが、リンは勢いあまって、トゥクトゥクの屋根に足をつく。トゥクトゥクの屋根が「べこん」と音を立てた。


「ちょっと、リン!」


 ジュリが唇をとがらせる。


「壊したら、クニカちゃんの身体で払ってもらうかんね」

「うるせえな」


 肩をすくめると、リンはトゥクトゥクから降りる。いとこ同士で、年齢も同じのため、リンとジュリは互いに遠慮がない。


「二人は?」


 クニカの質問に、ジュリは首を振る。


「ご近所さんに、子供の面倒は見てもらってるけれど」

「あのセヴァってガキ」


 右手のげんこつを、リンは左手に打ちつける。


「男のやることじゃないよ。女の子を連れてくなんて」

「違うんだなァ、これが。ミーナなんだって、先に言い出したの」

「ミーナが?!」


 クニカは驚いた。“ディエーツキイ・サート”の中でも、ミーナは大人しく、聞き分けがよい。幼馴染とはいえ、ミーナがセヴァを誘うのは、クニカには意外だった。脱走ともなれば、なおさらである。


「ミーナがねえ……」


 ジュリは肩を落とす。


「ほかのちびっ子たちにビンタして聞き出したんだけどさ、セヴァとミーナが、一緒になって塀を乗り越えたんだって」

「で、どうすんだよ」


 リンが言った矢先、市街全体にサイレンが鳴った。雨雲の到来を伝える“第一の警報”である。


〈発達した雨雲が、ウルトラに近付いています〉


 二回のサイレンの後、女性の声が流れた。


〈市民の皆さまは、落ち着いて、屋根のあるところに退避してください。家主は、出掛けの人のために軒先を貸すよう、ゆずり合いの精神をもって臨みましょう。まもなく、市中全域に結界を展開します。発達した雨雲が――〉

()()っててもしょうがねえな」


 リンが腕を組む。


「手分けして探すぞ。オレは“サラワイ三世通り”を、クニカは“告死天使通り”を、ジュリは“六月通り”を探す。どうだ?」

「わかった!」

「よろしくね! 頼んだかんね!」


 リン、ジュリと別れると、クニカは“告死天使通り”に向かう。



   ◇◇◇



 “告死天使通り”とは、その名のとおり、告死天使(アズライル)に因んだ通りである。ウルトラの古い言伝えでは、始祖男性・アダムを形作ったのは告死天使(アズライル)とされているが、正式な教義とはされていない。


 南大陸の教義において、死は忌むべきものとは捉えられていない。むしろ、「死もまた人生の一部」と、積極的に解釈されている。とはいえ、(スミェールチ)はやはり不気味なものだった。墓地が多いために“告死天使通り”と呼ばれるようになったのか、“告死天使通り”と呼ばれるから墓地が多くなったのか。どちらが先かは分からない。とにかく“告死天使通り”の路地に一歩踏み込めば、そこはもう、死せる者の楽園だった。


「セヴァ! ミーナ!」


 (ひと)()のなくなった通りを駆け、ときには枝分かれした路地の入口でつま先立ちをしつつ、クニカは二人の名前を叫ぶ。ひとりで通りを歩いていると、自分が世界から疎外されているかのようにクニカは感じた。


 こうなったら、と、クニカは目を閉じ、まぶたの裏から“光”を探ろうとする。


 クニカが探すのは、ただの光ではない。“心の色”とでも呼ぶべきものだ。誰かの感情が高ぶっているとき、または、クニカ自身が意識を集中させているとき、クニカは他者の情緒を、色として識別することができた。視界が遮られていても、“心の色”は見通すことができた。


 まぶたの裏側に、クニカは意識を集中させる。(かたまり)となった“灰色”が、建物の外形に沿うようにして、周囲に散らばっている。“黒い雨”から避難した人たちが、「不安」を抱きながら、屋内で雨宿りしているのだろう。


 クニカが探していたのは、動きを持った“黄色”だった。黄色は「焦り」を現している。それが動いているとなれば、二人の可能性が高い。


「クニカ!」


 そのとき、クニカの背中に声がかかる。クニカのよく知る人物の声だった。


「シュム?!」

「よかったです」


 声は、仲間(キャラバン)のひとり・シュムだった。ウルトラを目指す冒険の途中で、チャイハネと一緒に仲間に加わったのが、シュムである。


 クニカはすぐに、シュムが女の子を背負っているのに気付く。ミーナだった。


「ミーナ!」

「おねえちゃん……」


 シュムの背中から降りると、ミーナはクニカのシャツにしがみつき、泣きべそをかく。


「街をパトロールしていたら、偶然出会ったんです」

「シュム、ありがとう」

「フフン、『“お散歩の時間”ではないから、きっと迷子だろう』という、私の勘は当たりました」


 うずくまるミーナを、クニカは()でる。リンが“幼稚園”をクビになる前は、シュムが“幼稚園”でアルバイトをしていた。だからシュムは、“幼稚園”のスケジュールを知っている。


「セヴァは知らない?」

「いいえ。見ませんでした」

「ミーナ、セヴァは?」


 泣いているミーナの顔を、クニカは覗き込む。


「お堂に……行ってる」

「お堂?」


 ミーナの言葉に、クニカとシュムは顔を見合わせる。この辺りで“お堂”といえば、。アンナハンマン聖堂(フラーム)しかない。


「まずいですね」


 ミーナをあやしながら、シュムが言う。


「あの聖堂、中州にあります。“雨”が降ってきたら――」


 結界に遮られるため、雨が直接、市街に降ることはない。その代わり、雨の黒さに塗りつぶされ、街は闇に覆われる。いくらセヴァが向こう見ずといえども、暗さと冷たさを、ひとりで乗り切れるとは思えない。


「ミーナ。どうしてお堂に行こうとしたの?」

「セヴァと約束して……でも、サイレンが怖かったから……そしたら、『ここで待ってろ!』って……」


 聖堂へ行くために、セヴァとミーナは“幼稚園”を脱出した。だが、途中で警報が鳴り始め、ミーナは怖くなってしまったのだ。そんなミーナを待たせ、セヴァはひとり、聖堂に向かっている。


「どうします、クニカ?」

「聖堂に行ってみる」


 水色のパーカーの裾を、クニカは()くる。


「シュムはさ、ミーナと一緒に“幼稚園”まで戻ってて」

「いいですけど、もっと感謝してくれてもいいんですよ?」

「はい?」


 ななめ上からのシュムの言葉に、クニカは思わず、変な返事をする。


 ミーナと手を繋いだまま、シュムはクニカににじり寄ってくる。


「ええっと」


 言いよどんでいるクニカに対し、シュムは上目づかいで、クニカをじっと見つめてくる。シュムの紫水晶(アメジスト)色の瞳の中に、たじたじになっている自分の姿が映り込んでいるのに気付き、クニカは落ち着かなくなった。


 クニカの仲間(キャラバン)の中で、唯一クニカよりも背が低いのが、シュムである。だが、シュムは決してか弱い乙女というわけではない。シュムは体を鍛えるのが趣味で、褐色の肌は筋肉質であり、それでいながら引き締まり、女性らしい稜線(りょうせん)がある。


 もしクニカが男の子で、こんな上目遣いをされようものなら、イチコロだった。ただ、今でこそクニカはシュムと同性だが、シュムの仕草にどぎまぎしてしまうことだけは、どうしようもなかった。


「シュム、近くない?」

「フフン。今はいいです」


 思わせぶりに言うと、シュムはさっと、ミーナをおんぶする。(パンテーラ)の魔法属性であるシュムは、俊敏な上、力も強い。


「幼稚園まで、ミーナを送ります」


 クニカに振り向くと、シュムはウィンクしてみせる。


「“おおさじ亭”に戻った後、きっとクニカが、あんなことやこんなことを――」

「あのさ、シュム」

「何です?」

「反対だよ、そっち」


 “そっち”方面の通路を、シュムは一瞥する。も


「わ、分かってますよ、もちろん私は、大丈夫です!」

「うん。あとさ」

「何です、クニカ?」

「シャツなんだけどさ、表裏、逆になってるよ」

「え?」


 表裏が逆になっているだけではない。シュムは、前後も逆にシャツを着ていた。背中についているタグが、シュムの喉元の辺りにぶら下がっていた。


 “猫”や“豹”といった魔法使いは、日常生活ではポンコツなことが多い。シュムも例に漏れなかった。左右違う靴を履いたまま外出しようとしたり、電池のプラスとマイナスを平気で間違える。


 シュムが“幼稚園”をクビになったのも、そのあたりが理由だった。


「にゃーん……」

「それ、確かチャイからもらったやつだよね? 怒られるんじゃない?」

「にゃーん……」


 しおらしくなったシュムだったが、“チャイハネ”の名前が出た途端、ますます小さくなった。シュムは、チャイハネとは同性愛の関係にある。力関係はチャイハネが上だった。


「ちゃんとミーナを送り届けてよね。あと、チャイハネにバレないうちに着替えるんだよ!」


 シュムを励ましつつ、聖堂(フラーム)までの道のりを、クニカは駆けていく。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ