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ラヴ・アンダーウェイ(LOVE UИDERW∀Y)  作者: 囘囘靑
第5章:時間と自由(Опыт о непосредственных данных сознания)
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107_異邦人(Язычники)

――異邦人(アロゲネス)よ、(なんじ)は大いなる権能(ちから)を与えられたる者なり。その権能(ちから)は万物の父、永遠(とわ)に続く方より、(なんじ)(ここ)に至らざるより前に、(なんじ)に与えたるものなり(異邦人よ、あなたには大いなる力が与えられている。その力は万物の父、永遠に続く方が、あなたがこの場にまだ来ていなかった以前から、あなたに与えたものである)。【『アロゲネス』、第3節】

「クニカ様、(シン)(シア)の説得に、力を貸していただけないでしょうか」


 イリヤが口を開く。


 答える代わりに、クニカはイリヤを見つめる。イリヤの視線はまっすぐで、クニカに見つめ返されても、ひるむそぶりはなかった。


「お力添えいただければ、(シン)(シア)もきっと、私たちの言葉を聞き届けてくださるはず。あなた様に、この歳星の間にお残りになられるよう(シン)(シア)がおっしゃったのも、ひとえに私たちの本心をつまびらかにされたいという(しん)()によるもの」


 イリヤの言葉に、クニカははっとなった。”使徒騎士(パラディーン)”と”準騎士”の対立。それはジイクの言うとおり、内輪のもめごとかもしれない。だからこそ、ひとたび膠着してしまえば、永遠に脱け出せないおそれがある。ペルガーリアはクニカに、異邦人(アロゲネス)としての役割を託したのだ。


――覚悟はできている――キミだってそう言ったはずだ。


 ”花嫁の間(ニユンフオーン)”で聞いた言葉を、クニカは思い出す。ペルガーリアは覚悟を決めている。もしかしたら、覚悟を決めることで成し遂げられるであろうすべてのことがらだけでなく、覚悟を決めたがために成し遂げることができなくなったすべてのことがらさえも、ペルガーリアは引き受けようとしているのかもしれない。それこそが、ペルガーリアの背負う十字架であり。十字の一端にはクニカがいて、もう一端にはイリヤがいる。


 パーカーのポケットに、クニカは手を入れる。ポケットの中に短剣を収めていたことを、クニカは思い出す。使徒騎士への昇叙に当たって、ジイクとアアリから受け渡されたものだ。


 短剣の柄に、クニカは触れる。自分の手が、いつにも増して汗で湿っていることに、クニカは気付いた。


 ペルガーリアの覚悟を受け容れるか、それを拒むか。――クニカは考える。あのときのクニカは、使徒騎士としての地位を拒むことができた。


「戻れなくなるぞ」


 というリンの忠告に従い、掲げられた短剣から、手を引っ込めることができた。


 しかし、クニカはそれらのことをせず、短剣を手に取った。ペルガーリアに強いられたからではない。短剣を手に取ったのはクニカ自身の意思だ。クニカはすでに、ペルガーリアの背負う十字架の一端を、ともに担っている。


 では、もう一端は? それは、クニカが決めることではない。イリヤの問いは、徹頭徹尾、イリヤの問題なのだ。


「イリヤ、わたしには何もできないよ」


 クニカは言った。自分でもびっくりするくらい、クニカは気負いなく、口を開くことができた。


「そんなことは――」

「銃を貸して」

「え?」

「銃。手に持ってるやつ」


 イリヤは目を見開いたが、それでもおずおずと、クニカに銃を差し出した。


 シリンダーから弾を抜き取ると、クニカは一発だけ装填しなおした。残りの弾は、“歳星の間”の床に散らばり、星のように光った。


「不思議だね」


 クニカは言う。イリヤに向けた言葉ではなく、しかし、みずからに向けた言葉でもなかった。


「シリンダーを回して」

「クニカ様……?」

「いいから」


 クニカの語気に圧され、イリヤは銃のシリンダーを回す。シリンダーが回りきると、クニカは銃口を、こめかみにあてがう。


「何やってんだ……!」


 後ろから、リンの声が聞こえる。“歳星の間”にひしめく準騎士たちも、みな、クニカの行動に息を呑んでいる様子だった。


「やめてください!」

「止めないで」


 人差し指で、クニカは引き金を撫でる。指先ひとつで、みずからの命が、どこか遠くへ連れ去られることになる。しかし、どこへ連れ去られるというのだろう? 指先に感じる引き金の小ささの(うち)に、死の深みが開けている――その壮大さを前にして、クニカはなぜか、奇妙な興奮を覚えていた。


「引き金を引いて、わたしが死んだら、イリヤたちは星誕殿(サライ)に残る。ペルジェたちと一緒に戦う。あなたは希望で、そのときこそが、前に進むべきときだから。だけど、もしわたしが生き残ったら、イリヤたちはここを離れる。あなたは希望で、希望は生き続ける義務があるから。どうかな?」

「できません……!」


 イリヤは首を振った。


「そんなことは……あなたは、私たちの希望なのに……!」

――イリヤは、あの子は”希望”なんだ。


 ”花嫁の間(ニユンフオーン)”で聞いたペルガーリアの台詞を、クニカは思い出す。自分も、イリヤも、それぞれが違ったやり方で、未来に向かって希望を(つむ)ぐことができる。


 ありがとう――心の中でそう呟くと、クニカは引き金を引いた。脳裏に、銃声がこだまする。遠くから、ガラスの割れる音と、準騎士たちの悲鳴が聞こえてきた。頭にものすごい衝撃が走って、クニカの身体は、床に叩きつけられる。


 弾は確かに放たれ――しかし、クニカは死ななかった。発砲の直前、イリヤは手を伸ばして銃をつかみ、リンもまた、クニカを後ろから殴りつけたからだった。


「ばか……!」


 耳元でさく裂した銃声に、クニカは呆けたようになる。しかし、次の瞬間にはリンに胸倉をつかまれ、目と鼻の先で、大声で怒鳴られる。


「どうかしてるぞ?! 本気で撃つなんて――」

「イリヤ……!」

「イリヤ、ひどいケガ――」


 残響にめまいを覚えながらも、準騎士たちの声を聞いて、クニカはその方向に目をやる。イリヤは床に膝をつき、左手をかばっている。


 照準を反らすため、イリヤは銃をまともに掴んだ。シリンダーから噴き出した火薬のガスを、イリヤの手はまともに受けてしまったのだろう。指こそ無事だったが、手のひらは、無残に焼けただれていた。


 そのとき。“四天女の間”に繋がる扉が開け放たれ、ペルガーリアと、使徒騎士たちが戻って来た。


「何があった?」


 うずくまっているイリヤを凝視しつつ、オリガが尋ねる。


「何もなかったよ」

「撃ったろ」

「何もなかったんだってば。ね、イリヤ?」

「はい」


 イリヤはうなずいた。


「何もありませんでした」

「もういい」


 口をぽかんと開けているオリガをしり目に、ペルガーリアが言う。


「二人を信じよう」

「ペルジェ……答えは?」


 今度は、クニカが尋ねる番だった。


「イリヤたちに、ちゃんと答えてあげないと」

「そうだな」


 そう言うと、ペルガーリアは一歩退く。代わりに、使徒騎士たちが、全員前に出た。――次の瞬間、使徒騎士たちはいっせいに、長剣を鞘から抜き放った。


 長剣を介して放たれた使徒騎士たちの魔力は、“歳星の間”に充満し、空気を一気に塗り替えていく。霊験(アウラ)に気圧され、準騎士たちは息を呑み、後ずさりする。


「残りたい者は、残っていい」


 ジイクが口火を切る。男性的処女であるジイクは、男性のように声が低い。その声は、“歳星の間”全体に染みわたっていくようだった。ジイクの長剣は魔力を受け、輪郭が青く光っている。


「ただし、私たちと戦い、勝った者だけが、それを許される!」


 ジイクの双子の妹・アアリが、歌い上げるような高らかな口調で、後に続いた。アアリの抜き放った長剣は、ジイクとは対照的に、黄緑の光を帯びている。


「キミたちを(いざな)うのは、私たち使徒騎士の務め。しかるに、キミたちはみずから死を選ばんとし、不滅の王国(バルベーロー)からみずからを遠ざけている」


 シノンが続く。立ち尽くしている準騎士たちのひとりひとりに対し、シノンは射すくめるようなまなざしを送っていた。シノンの長剣もまた、青色の光を帯びていたが、ジイクの長剣とは異なり、その光は空の色のように明るかった。


「あなたたちの(プシュケー)を、迷わせるわけにはいかない」


 続けて、ルフィナが言った。


「もし、どうしても聞き入れないというのなら、私たちの前に来なさい。これまでにあなたたちが学んできたこと、これまでに、私たちが教えてきたこと――そのすべてを、私たちにぶつけなさい」


 ルフィナの握りしめる長剣は、陽の光とも、樹の幹の色ともとれるような、鮮やかなオレンジの光を帯びている。まなざしも、口調も穏やかだったが、そうであるがゆえに、ルフィナの言葉は鬼気迫るように、クニカには聞こえた。


「キャー!」


 ルフィナの声に動揺する暇は、準騎士たちには与えられなかった。紫の光を帯びた長剣を携え、ミーシャが鋭く叫んだからだった。叫びは、それこそ警笛のようになって、“歳星の間”にこだます。


「――と、以上が、連署に対するあたしら使徒騎士の回答さ」


 使徒騎士で、事務総長のリテーリアが言う。リテーリアは、ステッキを振り回すような気軽さで、長剣をもてあそんでいる。その長剣は、黄色い光を帯びている。


「この回答は、ペルガーリア・トレ=シャンタイアクティの(しん)(めい)により、正式に決裁されました。団長、最後に一言」

「イリヤ、これが(シン)(シア)と、あたしら使徒騎士の総意だ」


 赤い光を帯びた長剣を掲げ、騎士の筆頭、騎士団長のオリガが締めくくる。


「イリヤ?」


 周囲の準騎士たちに支えられ、よろめきながらも、イリヤが立ち上がった。イリヤの瞳からこぼれた涙が、歳星の間のわずかな光に照らされ、輝いた。


「お答え……承りました……」


 イリヤは泣いていた。その涙声に触発されたのか、準騎士たちのすすり泣く声が、ぽつりぽつりと、“歳星の間”から聞こえ始める。


「みんな、ありがとうね」


 涙をぬぐいながら、後ろを振り向くと、イリヤは仲間の準騎士たちに言った。


「信じよう」


 奥の扉が開け放たれ、イリヤたち準騎士は、互いをかばうようにして、“歳星の間”を去っていった。最後のひとりがいなくなるまで、ペルガーリアも、使徒騎士たちも、クニカも、彼女たちを見守り続けた。

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