行列の出来る女
「…つーかーれーたぁ…」
ため息と共に漏れでたその言葉は、物質であればゴトリと音がしそうなほど重みを含んでいた。
時刻は23時。
終電も近づき、人がまばらになった駅前のロータリー付近では、たむろする酔っぱらいのサラリーマンや、大声ではしゃぐ若者の群れが徘徊している。
そんな中、ゾンビよろしく疲れた体を引きずりながら、駅の改札口へと向かう私がいた。
佐藤 小夜、22歳。
今年の春に大学を卒業し、何とか内定をもぎとった今の会社に就職して、あともう少しで半年。会社説明会の様子とは打って変わってブラックもブラックな会社で今日も何とか生き延びたところ。
一緒に入った同期は10人程いたはずなのに、今ではその半分になっていることが会社の闇の深さを表していると思う。
私も先に辞めていった同期のように、一日でも早く見切りをつけて転職活動に取り組むべきなのだろうが、連日の残業のおかげ(?)で休日も空いた時間も頭が回らない。
ぶっ倒れるのが先か精神を病むのが先か、はたまたゾンビになるのが先かのDead or ゾンビの状態である。
いまだに履きなれないパンプスを悲鳴をあげる脚を引きずり、長時間のデスクワークで凝り固まった肩の痛みに内心悲鳴をあげながら帰路を進んでいた。
特に肩のこわばりは尋常じゃない。
筋肉が凝り固まってるのはもちろん、ズシリと重い。そのうえ、背中や腰にまで違和感が広がっている。つい数日前に整体に行ったばかりなのに異常じゃないほど体が痛い。
これはまた、予約して整体に行かなければならないのか…時間が…どこにも…ない。
「もし…」
不意に背後から女の声がした。
振り返ると、そこにはよく駅前で見かける占い師がいた。
小さなテーブルにパイプ椅子。テーブルには黒い布をかけ、ご丁寧に「占い」という文字の書かれた白い紙が張りつけてある。
声をかけてきた占い師も、これまた絵本から飛び出したように黒い服装に黒い布で口元を隠し、妖艶な瞬きをしながらこちらに視線を寄こしていた。
何度か見たことがあったが、占いを頼んだことも、ましてや声をかけられたことも今の1度までなかった。
周囲を見渡すが、私以外に彼女の近くにいるものはいなかった。
「…私ですか?」
自分を指さしながら、彼女の確認を取ってみた。
「……………」
そうです、とも言わず彼女は含みを持った視線を私に向けるだけだった。
数秒の沈黙の後、彼女は指をきちんと揃えた右手で私を指し、スルリと椅子の方へ促した。…え、座れってこと?
なんだか無視することが出来ず、促されるまま私は彼女の目の前にある椅子に座った。小さなテーブルはそこまで幅があるわけじゃないので、顔と顔が向き合う距離がとても近い。ジッと彼女は見つめてきたが、あまりの気まずさに顔を少ししかめて私は視線を逸らした。
「あの…別に占いしたい気分じゃないんですけど…」
むしろ早く帰って寝っ転がりたい。中途半端に座ったんじゃ、立つのが億劫になるじゃない。そんな嫌々オーラを含ませながら私は口にした。
しかし、占い師は気に止めることなくジッとこちらを見つめてくる。
というより、なんだか私じゃなくて後ろの方見てない?
そんなことを思っていると、占い師は私の方に向けていた視線を私の左肩を見るように移し、なんとそのまま左側の遠くを見つめ始めた。…は?どこ見てんの?
私も気になったので、恐る恐る左の後ろ側をチラリと振り向いてみる。
しかし、そこにはガランとしただだっ広い道と、遠くに客待ちに飽きたのか欠伸をするタクシーのおじさんしかいなかった。
「あの…何を見てるんですか?」
気になって私は占い師に声をかけた。
すると、ゆっくりと視線を戻し今度は私をじっと見つめた。占い師は口を開く。
「………あなた」
「………………つかれてるわよ」
は? と思わず声が出た。自分でも驚くほど間抜けな声だった。
いやまぁ、確かに疲れてるけど。
見てくれ気にせず帰路につくくらいには疲れ果ててますけど。わざわざ引き止めて言う必要ある?
私はあまりのバカらしさに呆れてため息をついた。…アホらしい。
気が抜けた自分を起こすために顔を少し叩き、改めて占い師に向き直した。
「あのですね、わざわざ言われなくても私自身、自覚はありますよ。疲れてるって。そんなこと言うためにわざわざ引き止めたんですか?」
少しキツめの口調で私はまくし立てた。
こちとら少しでも早く疲れを癒したくて帰ってるっての。
「あら、気づいてたんですね」
占い師は少し驚いた様子で返事をした。
間の伸びた感じや、おっとりした雰囲気が疲れて短気な脳みそにイラつきを与える。
「気づいてるも何も、自分で言うのもアレですが見ればわかるじゃないですか!」
「ええ、確かに。見れば分かりますね」
そう言うと、占い師は左側に視線をずらした。…もう、なんなのよこの人!
「あの……」
「もう特に用がないようなら、帰ってもいいですか!? 私、明日も仕事があるので!」
ダンッとテーブルを少し叩きつけ立ち上がる。中途半端に休んだことで脚のダルさが増していた。
私はそのままの勢いで脚を動かし、改札口へと向かって歩き出した。
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言うかどうか悩んでいるうちに、私が引き止めたOLさんは立ち上がって、駅に向かってしまった。
少し苛立ったように足を鳴らして進んでく彼女。
その後ろにはピッタリとくっつく黒い影があった。そして、その影の後ろにもまた1人、そのまた1人の後ろにもまた1人…。
まるでオープンしたばかりのラーメン屋さんに並ぶかのように、黒い影がズラリと20人ほど行儀よく並んでいた。
先頭の彼女が歩けば、まるで古いRPGのキャラクターのように一定間隔で20人がついて行く。
…………本当に彼女はこの行列に気づいてたのかしら?
初の投稿です。
小説を書いたことがなかったので、コテコテの古典話を書いてみました。
たった2000文字でもすごく大変なんですね。