8話
連続投稿です。
サブタイトルを一括変更しました。頻繁に編集を行い申し訳ありません。
翌朝。総悟はテレビから流れるニュースに見入っていた。普段なら取留めもない情報。しかし、今流れるソレは彼にとって決して無縁ではない話だった。
「昨夜11時頃。奈須山商店街にある路地で、血塗れの人の生首が転がっている、と路地を通りかかった男性会社員から110番通報がありました。警察が駆け付けた所その路地は血だらけで、生首の他には通学鞄が転がっていたそうです。警察によると生首は奈須山中学校に通う真中美湖さん14歳のものと見られ、大型の動物に食い千切られたかのように荒く切断されていたそうです」
神楽が通う学校の生徒が、物言わぬ姿となって見つかった。これが以前なら「最近物騒になってきた。神楽は大丈夫だろうか」と思うだけだったが、今は違った。
「ねえマリベルさん。コレって…」
「ああ。可能性は十分にあるな」
総悟は思考を巡らせる。この街の殺人事件・死傷事故は、今まで何件か新聞・ニュースで報道されてきたが、ソレが怪物の仕業であるとは彼は全く考えなかった。しかし、今なら解る。彼らは無魔に喰われたのだ。全員が餌食になった、とは考えていない。だが確実に、犠牲者は出ている。総悟は、無意識の内に手を強く握りしめていた。
「ソーゴ」
マリベルが、真剣な眼差しで見据える。それはまるで、総悟の心境を覗くかのようだ。
「気にするな…とは言わんがこれだけは言っておく。お前のせいじゃないさ」
違う、違うんです。という言葉を総悟は呑み込んだ。これ以上の犠牲者を出すことは——としての矜持が許さない。
「…ちょっと、コンビニ行って来ますね。何か欲しいものあります?」
「…特にはないな」
総悟は支度を済ませると、逃げるようにして家を飛び出した。
気持ちを落ち着けるために町を練り歩いて10分。ようやく頭が冷えてきたので、自宅に戻ることにした。
「あ、先輩」
路地を曲がった所で、背後から声を掛けられた。その声の主は、昨日彼が話した少女のものだ。
「神楽ちゃん」
彼女はまるで、先程まで号泣していたかのように真っ赤に泣き腫らした眼をしていた。
光の無い眼で総悟を見据えながら、神楽は言う。
「…時間、ありますか?」
「あ、うん」
「ウチ、来てくれませんか?話したいことがあるんです」
ただ事ではなさそうだったので、了承する。
「解ったよ」
「ありがとうございます」
そう言葉を交わすと、二人は同じ方向に歩きだした。
マンションの一室に入るなり、神楽は泣き崩れた。何故なのか、理由を問う。
「…今朝のニュース、見ましたか?」
「ああ、あの猟奇殺人事件の…」
「…あの被害者、みこっちなんです…」
衝撃的な事実に、言葉を失った。神楽は、嗚咽混じりに続ける。
「今朝ニュースでやってて…何かの間違いだと思ったら学校から緊急メールと連絡網が回って来て…」
神楽の口調はしどろもどろで、まるで未熟な幼児が泣きながら物事を伝えているかのようだった。
「神楽ちゃん…」
実は俺も、と続けようとした所で、総悟の身体を、柔らかいものが包み込んだ。それが神楽であると理解するのに、少しの時間を要した。
「ね、先輩」
神楽は、総悟の華奢な首元に顔を埋めて、言った。
「暫く、このままでいさせてくれますか?」
「…うん、気が済むまで泣けばいいさ」
その言葉を皮切りに、神楽は声を上げて泣き出した。それはまるで親を亡くした小さな子供が泣きじゃくるかのようで、聴く者の心に突き刺さるかのようだった。泣き声は段々と大きさを増し、それに比例して背中に回された手の力も強くなる。
総悟は赤子をあやすように、彼女の背中を叩いていた。今の彼女にはどのような慰めもチープに思えて、総悟は今しがた口に出そうとした言葉を呑み込んだ。
マンションの一室を、嗚咽と小鳥の囀りが満たしていた。
おおよそ30分に渡って、神楽は泣き続けた。一頻り泣いた後彼女は真っ赤に腫れた眼をしながら、微笑んだ。
「ありがとうございます、先輩。少しすっきりしました」
「それは良かったよ。また辛くなったら俺に話してね。力になるから」
「はい、先輩」
そう言って頷く彼女の眼にはまだ涙が浮かんでいたものの、その奥には光が戻っていた。胸を貸してあげただけの効果はあったようだ。
「俺はそろそろ行くよ。人を待たせているんだ」
「…また来て下さいね、先輩」
寂し気に神楽は微笑んだ。その顔は友人を失った悲しみと、何かしらの喜びが入り交ざった儚い表情だった。
(…もっと一緒にいてあげたかったな…)
少しの後悔を残し、総悟は部屋を後にした。