5話
投稿に再び間が空いてしまって申し訳ありません。
ある程度書き溜めを作っていたのと、大学の授業がWeb授業になるので投稿ペースはそこまで下がりはしないと思います。
賑やかな音楽と家族連れの和気藹々とした声が、明るい室内に響き渡る。総悟は普段よりも四割程安価な牛肉を手に取って吟味し、籠に入れた。今日は食品がかなり安かったので、出来るだけ買い溜めをしておきたかった。
日用品は今の所買い溜めする必要がなかったので、肩に負担がかからなくて幸いだ、と総悟が考えていると
「あ、先輩じゃないですか」
背後から、少女のものと思しき声に呼び止められた。
振り返るとそこには、一人の、総悟の学校のものとは違う制服に身を包んだ少女が立っていた。
背丈は総悟よりも10センチ程高く、髪型は肩までのショートカットの少女。彼女は総悟もよく知る人物だった。
「神楽ちゃん」
「えへへ。先輩、ここで会うのは久しぶりですねー」
天川神楽。奈須山中学に通う、総悟の後輩である。総悟が星友中学に通っていた際、同じ委員会に所属していた後輩であり、趣味が総悟と共通していたのと、住居が総悟の自宅裏のマンションでよく朝顔を合わせるということもあり、中学卒業後も交流が続いている女友達の一人だった。
「今日特売やってるからさー、たまには奮発しようかと思って牛肉買っちゃったよ。今夜はビーフシチューにでもしようかな」
「そうなんですか。私は刺身が安かったんで、鰤と鮪のを一パックずつ買おうかと」
「あー刺身か。それもいいなぁ」
「所で…先輩」
神楽は不意に、何かを思い出したかのように総悟に向けて言った。
「噂知ってます?最近ウチの学校で話題になってるんですけど」
「何の噂?」
次の瞬間、総悟は彼女の言葉に絶句することとなった。
「真っ白な化け物の噂です」
「っ……!?」
「?どうしましたか、先輩?」
動揺を隠すために、即座に聞き返す。
「いや、知らないな。どんな話なの?」
「みこっち…私の友達にゴシップ好きの子がいるんですけど、その子が休み時間に言ってたんですよ。帰宅中に路地裏で全身真っ白で蝙蝠みたいな羽が生えた怪人を見たって」
「特撮か何かの撮影じゃないのかな?」
戸惑いこそしたものの、念のために探りを入れてみる。
「はい。私もそう思ったんですけど…その子、やたらと真剣な顔で話してたんですよ、絶対にあれは撮影なんかじゃないって。普段はこういうゴシップはもっと軽いノリで話すのに」
神楽が話続けている間にも、総悟は思考を巡らせていた。単純にその「みこっち」という子の見間違え・もしくは出鱈目か、或るいはマリベルの言う「記憶処理」から逃れたのか、彼が思い浮かぶ結論としては、それが限界の範疇だった。
「あのー、先輩聴いてます?」
神楽が自身の顔を見下ろすようにして覗いているのに気付き、総悟は慌てて思考を中断させた。
「ん?あぁごめん、ちょっとボーっとしてた、寝不足かな?」
「寝不足は身体に悪いですよー。まあ私も徹夜でネトゲやってるんで人のこと言えませんけど」
「あはは。今日からは早めに寝ることにするよ。所でその、化け物の話だったけ?」
神楽は「そうでした」と、ポン、と手を叩いて話を再開した。
「で、みこっち他にも見たんですって」
「他にもって…何を?」
神楽は、声のトーンを少し落として言った。
「女の子です」
「女の子?」
「はい。怪物と一緒にいて、何かその怪物に指示を出すみたいなことをしていたらしいんです。みこっちがいる方に顔を向けそうだったから慌てて逃げ出したんで、顔は解らなかったらしいんですけど」
無魔に指示を出す人間。総悟はそれが何なのかは全く解らなかった。解らない以上は、マリベルに聴くしかないだろう。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ。今日から早めに帰らなきゃいけないんだ」
マリベルさんを待たせちゃうからな、と内心で付け加えておく。
「…バイトでも始めたんですか?」
「まあそんな感じ。じゃ、また明日」
適当に話を切り上げて、総悟はレジへ向かった。
「と、まあそんな話を聴いたんですけど…」
総悟は夕食を卓上に並べながら、マリベルにスーパーでの出来事を説明していた。彼女は彼が話終えると少しの間眼を閉じ、考える素振りを見せた後、口を開いた。
「まず最初にそのカグラって子の同級生が見た化け物は十中八九無魔だろうな。普通なら無魔との市街戦の後は本部の方で一帯の記憶処理を行うんだが…稀にそれから逃れちまう人間がいるんだ。まあそこら辺は誤差の範囲だし、本部の方に報告しておきゃ記憶処理が実行されるだろうよ。小規模ならすぐって訳でもねーが」
マリベルはそう答えた後、ビーフシチューをスプーンで掬って口元に運ぶ。そして、「旨い」と感嘆した。
「そうだったんですか…じゃあ無魔を指揮していた女の子ってのは…」
「虚主、だ。恐らくだがな」
「虚主?」
「無魔達の親玉だ。普段は別の姿に擬態していて、無魔みてーな畜生と違って高い知能と魔法少女十人でも敵わねえ力を持つ。まああたしも奴らのことに関しちゃそんなに詳しくないんだがな」
敵の幹部、或るいは親玉といった所だろうか。
「何か企んでるのかね、あいつら。このことも本部に伝えておくとしますか。ご馳走さま、旨かったよ」
「ありがとうございます。珈琲飲みます?」
「ああ。ブラックで頼むぜ」
総悟はコーヒーメーカーに豆を入れ、ハンドルを回す。手慣れた一連の作業をこなしながら、総悟は今しがたの話を整理していた。神楽のクラスメイトが無魔のことを知っていたのは記憶処理から漏れ出たからで、無魔たちを統率していたのは虚主という無魔の上位種である。異世界の事情に疎い総悟でも、何かしらの陰謀が進んでいるであろうことは推測出来た。だからと言って、特に何か出来る訳ではないが。総悟はそれが歯痒かった。そう考えている内に、コーヒーが淹れ終わる。
「珈琲淹れ終わりましたよー、マリベルさん」
「おうセンキュ」
湯気が立ち昇るカップを手渡す。一口飲んでから、彼女は言った。
「なあソーゴ。お前明日何か予定はあるか?」
「特に無いっす」
「そうか。なら明日デートでも行かないか?」
「デート…ですか?」
「ほら、あたしら会ってまだ間も無いだろ?親交を深めようと思ったんだが」
内心恋人としてのそれを期待していたのだが、その線は無さそうだ。
「…どこに行きますか?」
「映画でも見に行こうぜ。丁度チケット持ってるんだ」
マリベルは懐から割引券を1枚取り出し、総悟に見せた。最近テレビでも紹介している、ホラー作品だった。
「あたしの知り合いが余ってたからってくれたんだ。お前さんホラーは平気かい?」
(マジですか…)
総悟はホラーが苦手だった。心霊・オカルトの類を扱った番組を見て、夜寝つけなくなるぐらいに、彼はホラーが苦手だった。
「大丈夫ですよ」
しかし、総悟は他人に弱みを見せたくなかった。異性相手に見栄を張りたい、というのもあったが彼は苦手なものを見る程度であれば、我慢する腹積もりでいた。
「そうかい。安心したよ。何時ぐらいに出発する?」
「8時過ぎにでも」
「OK。解った」
(デートかぁ…中学の頃に神楽ちゃんと何回か行ったっけなぁ…)
無論恋人としてではなく、友人と遊びに行く時のそれに近いものだったが。
「今日は早く休めよ?寝坊されたら困るからな」
「はい」
総悟はマリベルから渡されたカップを、容器に溜めた水に付けた。