4話
投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。
20日から大学が始まるので4月後半からは更に更新ペースが遅くなりますが、ご理解頂けると幸いです。
翌日の昼休み。総悟は教室で鋼牙と談笑していた。彼の取り巻きの女子達も、共に話に花を咲かせている。
「なあ、知ってる?如月。二年の音川先輩いるだろ?」
「ああ、うん」
「あの人退学したらしいぜ」
「…そうなんだ」
「何でも自主退学だったらしいけど…如月」
そこまで言うと鋼牙は、眼を細めて総悟を見据えた。
「お前、それについて何か心当たりある?」
「…何で?」
「お前昨日あの人に呼び出されたって言ってたろ?告白かと思ってたんだが…一体何を話されたんだ?」
真相は知っていたのだが、総悟は言わなかった。話した所で、あのSFチックな展開を
信じてもらえるとは思わなかった。
「…友達になって欲しいって言われたんだ。一人も友達がいないからって。俺が言われたのはそれだけ」
咄嗟に吐いた嘘。それを聞いて鋼牙は顎に指をやって考えた後、破顔一笑して言った。
「そうかい。悪かったな、疑ってよ」
後で彼女に謝っておこう、総悟は深く思った。
「ねえねえ如月君。音川先輩ってどういう人だったの?私見かけただけで話したことは1度もないんだけど」
取り巻きの女子の一人が、総悟に問い掛ける。それに同調して、鋼牙も少年に問い掛けた。
「ああ俺も気になるな。如月、どんな感じの子だったんだ?」
「大人っぽい人だったな。色々と」
「大人っぽい、ね。具体的に言うならどんな風に?」
「飄々としてて掴み所がないというか…クールだけどノリがいい感じの人だったな」
「へえ。女友達としちゃあ最適じゃねーか。上手いこといけばセフレ、あわよくば彼女になってくれるかもよ?」
「もう鋼牙君ったらスケベー!」
女子がいるにも関わらず、下世話なワードを口に出す鋼牙。それでも取り巻きの女子から愛想を尽かされないのは、彼の人徳のなせる業だろう。総悟は常々そう考えていた。
「セフレて…。まあ期待はしないでおくよ」
それから取留めもないことを駄弁っていると、予鈴が鳴った。教卓側の扉から、クラスの担任が入ってくる。
「ああ、もうこんな時間か。如月、また後でな」
「じゃあねー鋼牙くーん」「如月君もまたねー」
それを皮切りに、鋼牙とその取り巻きが各々の机、教室へと戻って行く。
総悟はおもむろに、机から教科書を取り出した。
昼休み。総悟は教室で、鋼牙と談笑していた。
「なあ如月ぃ」
「何、鋼牙?」
「お前いつも弁当持って来てるけどよー、自分で作ってたりすんの?」
コンビニで購入したパスタを啜りながら、鋼牙が言う。おかずの卵焼きを咀嚼した後に、総悟は答えた。
「うん、大体は夕食の余りなんだけどね。今日のは一から作ったんだけど」
「はえー」、と鋼牙が感嘆する。彼は親が自宅にいる、ということもあり、家事は余りやらないらしい。
「料理出来る奴って憧れるなー。俺なんか炒飯か焼きそばぐらいしか作れねーぜ」
「はは。俺も最初はそういうのぐらいしか作れなかったよ」
そこまで話した所で、総悟の携帯に着信が入った。「ちょっとごめん」と鋼牙に一言断りを入れて、携帯を耳に当てる。
「あたしだ。無魔が出た。コーポ星南の屋上まで来い」
それだけ告げられて、通話が切れる。直ちに目的の場所まで来い、ということだろう。
コーポ星南とは、総悟宅の裏に聳えるアパートの名称である。
総悟はおもむろに立ち上がり、鋼牙に告げる。
「ごめん。次の授業の先生に、保健室で休んでるって伝えてくれない?」
総悟の言葉の意図を察したのか、鋼牙はにやにやと笑った。
「ほうほう。珍しいですなぁ、如月君がズル休みするなど」
胡散臭い口調でからかう鋼牙に、総悟は苦笑いで返す。
「はは。ちょっと急用がね…用事が終わり次第戻るから、じゃ」
総悟は、駆け足気味に教室を飛び出した。
春の日差しが包み込む屋上に、マリベルは居た。フェンスに寄りかかって煙草を蒸かしていたいた彼女は、総悟を見るなり開口一番に言った。
「遅え」
真顔のマリベルに、総悟は慌てて謝る。
「す、すいません…」
「次からはもっと早く来いよな」と注意した後、マリベルは総悟に望遠鏡を手渡した。
それは何の変哲もない望遠鏡だった。所々に、ルーン文字のような記号が記されていること以外は、市販されている黒い望遠鏡と何ら変わらない造形だった。
「これは?」
「無魔鏡。無魔探しのための魔道具さ。これで上見てみ」
言われた通りに望遠鏡を空に向け、レンズを覗く。するとそこには、奇妙なものが映り込んでいた。
雲一つない青空。しかしそこには、黒いナニかがいた。ソレは数十程の群体を成していて、不規則な動きを繰り返している。その様子はまるで、孵化直前の魚の卵のようだ。
「もしかして…アレが無魔?」
「その通り。影だけ見るにCランクが一体、Eランクが一群って塩梅かね」
マリベルはそう嘯くと印を結び、魔法陣を錬成した。そして総悟に、陣の中に入るよう目配せをする。
「あ、そうだ」
マリベルは、何か思い出したかのように呟く。
「お前、偽装錬器は持ってきたよな?」
「あ、はい。ここに」
総悟は、剣型のアクセサリーを一つ取り出した。それを垂直に軽く振ると、たちまちの内に元の剣に変化する。プログラムされたシステムの、擬態機能である。
マリベルもアクセサリーを懐から取り出し、一振りする。
「さて、行きますか」
マリベルを中心にし、赤い光が渦巻く。魔力の本流が、彼女の身体に収束する。
「ウェイクアップ」
マリベルの身体が光に包まれ、みるみる内にドレスが彼女に装着される。
総悟も得物を構え、柄にキーを差し込む。
「ライズアップ!」
マナが光を伴い、彼の肉体に充填される。衣装は変わらないものの、その肉体は超人と化していた。
「気引き締めていけよ、ソーゴ」
「は、はい!」
マリベルが印を結ぶと、光が二人を包み込む。それは柱と化し、遥か上空へと突き抜けていった。
光が晴れると、二人はあの空間にいた。昨日のマリベルの説明曰く、虚空という空間で、ヨーツンガルドとアースガルドの境目らしい。
無限に続くかの如く広大な場所に、やはりソレらはいた。
ソレは背に被膜の翼を、顔には鋭利な牙が生えた口、細長い耳を持ち、全身が純白の体毛で覆われた「蝙蝠人間」とでも言うべき外見だった。そしてソレの周囲には、数十匹にもわたる、大きさにして三メートル程の白い蝙蝠が乱れ飛んでいる。
きいいいいいいいいいいいいいぃ…
ソレは総悟達を発見するなり、耳障りな甲高い咆哮を上げる。
「コイツはイキの良いことで」
マリベルは軽口を叩きながらも、得物を構え、蝙蝠の群れを睨みつける。
「援護、宜しく」
彼女は総悟にそう言い残すと、颯爽と眼前の敵に踊りかかった。マーシャルアーツを生かしての蹴りでよろめいた所を、剣で斬り付けていく。白刃が閃く度に、白い粒子が舞った。
「す、すごい…」
昨日も間近で見たものの、彼女の剣技はやはり「流麗」の一言に尽きなかった。思わず見とれてしまうが、頭を振って気合を入れる。
蝙蝠達は、さながら統率の取れた軍隊だった。規則正しく並んだ編隊が、旋回しつつ迫り来る。
(えっと…確かこういう時は…)
総悟は偽装錬器を銃の形態に変形させ、赤い魔法陣が刻まれた銃床に、マガジンのような黒い長方形の物体を差し込む。
覚束ない構えで、編隊に向けて銃を構える。
「当たってくれ!」
発射された銃弾は直線的な軌道を描き、白い帯に吸い込まれた。刹那ダイナマイトのように炸裂し、蝙蝠達を一網打尽にする。
爆裂弾―――初級の爆裂魔法が込められた弾丸であり、掃討戦の際によく用いられる弾丸である。
「よ、よし!やった!」
思わずガッツポーズを取ってしまったが、マリベルから「喜ぶのは幕が下りてからにしな」と窘められて、気を取り直す。
今だに統率の取れた群れに銃弾を撃ち込み、一掃していく。爆発が起きる度に、白い粒子が雨のように降り注いだ。
「お、やるじゃん」
一方でマリベルも、善戦していた。蝙蝠人間の肉体には幾重もの傷が刻まれ、ソイツが動く度に粒子を散らしていた。それに連れて、動作も緩慢になってゆく。
「蝙蝠には十字架ってね」
マリベルは剣を青眼に構えると、指と刃で十字を切った。すると刃から光が溢れ、十字架の形を成して行く。
「さあ、フィナーレだ」
マリベルの背丈の倍ほどまでに巨大化した十字架が、蝙蝠人へと飛翔する。蝙蝠は迫り来るソレから逃れようと飛び上がったが、ソレは蝙蝠を追尾して行く。
「聖なる(オブ)懲罰」
着弾すると同時にソレは蝙蝠をさながら磔刑のように捕らえ、その肉体を焼き焦がして行く。蝙蝠も最初は甲高い悲鳴を上げ、ソレから逃れようと必死になっていたものの徐々に大人しくなって行き、最終的には白い靄のようになって消滅した。
靄が粒子へと散会して行く様を横目で見つつ、総悟は剣を振るっていた。大勢で編隊を組んでいた蝙蝠の群れは残す所数匹となり、ソレらは総悟の体に齧りつこうと躍起になっていた。
「これで終わりだっ!」
正面から襲いかかる最後の一匹を、袈裟掛けに叩き斬る。ソレはか細い鳴き声を残し、跡形もなく霧散した。
純白の霧が舞い落ちる中マリベルは総悟へと歩み寄り、片手を顔の位置にまで上げる。ハイタッチを求めていることが、一目瞭然だった。
それに応えて総悟も右手を挙げ、マリベルの掌に軽く己の掌を叩きつけた。
それから総悟は荷物を取りに、学校まで戻った。当然ながら授業の真っ最中であったが鋼牙が口添えしてくれたのか、咎められることはなかった。
「それでよー如月、結局何だったんだ?その急用って」
放課後。総悟は教室で鋼牙やその取り巻き達と談笑していた。1日の授業が全て終了した後は彼らと雑談に興じるのが、総悟の習慣だった。
「ちょっとウチのことでね。ほら、俺の叔父さん色々と変わった仕事してるだろ?」
昼休みの時と同様に、適当な嘘を吐いて誤魔化しておく。
「…あーそういやそうだったな。お前の叔父さん」
「えっ何々、どういうことなの?」
話を聴いていた取り巻きの一人が、興味津々に総悟に問いかける。
「俺の叔父さん冒険家でさ。エッセイ書いたり遺跡の調査とかやってるんだよ。今回メール来たのもエッセイのことでさ…執筆に当たって俺に色々聴きたいことがあったんだって」
「何で聴く必要あるの?」
至極当然の返しを受けたが、総悟は頭を振った。
「第三者の意見を取り入れたいんだってさ。それに行けばご褒美くれる話だったし」
「ご褒美って…どんな?」
「諭吉様が二枚」
「すっごい大金じゃん!」
実際に彼の叔父は冒険家だし、変わり者だが気前のいい人物であることはは事実だ。しかし彼は滅多に帰って来ず、エッセイについて総悟から話を聴くことは皆無だった。
「へーってことは如月、お前今そこそこ金持ってるんだよな?何なら何か奢ってくれよ~」
冗談めかして言う鋼牙。しかし総悟は笑いながらやんわりと断りを入れた。
「あはは。まあ今日は無理かな。買い物行かなきゃならないし」
壁に掛けられた時計の長身は六を、短針は四と五の間を指している。この時間帯は彼の行きつけのスーパーマーケットでセールが行われているということもあり、ある程度の買い溜めをしておきたかった。
「じゃ、俺は帰るよ。また明日」
「おう。また明日な」
「如月君またネ~」
教室から出た所で、総悟はふう、と溜息を吐いた。先程学校に戻って来た際には余り気にはならなかったが、彼は著しく疲弊していた。昨日のマリベル曰く変身に慣れない内は肉体への負担が倍かかるらしく、それらは訓練や経験によって均していかなければならないそうだ。
軽く腕を振ると、肩に、石か何かで無理矢理押さえつけられているかのような鈍痛が奔った。その感覚に、思わず顔を顰める。
保険室で湿布を貰おうと校舎の一階まで下りた所で、下校を促す校内放送が流れ出した。この時間帯では、保険室はもう閉まっているだろう。湿布は貰えそうにない。
「…そういやマリベルさん、筋肉痛になったら回復魔法を掛けてやるとか言ってたな。別に湿布貰う必要も無かったか」
総悟は歩みを、保健室とは真逆の方向に向けた。