37話
戦闘パートある分今回は長いです。
黄昏に染まる街で、総悟たちは虚将と対峙していた。先程まで魔法少女ウートガルザだったそいつを、マリベルは問い詰める。
「いつから…いつからあたしらの中に潜り込んでやがった!?」
卑しく笑い、ロキは言う。
「お分かりでしょ?失踪事件が初めて起きた頃よ。あの体はその時に貰ったの」
脱ぎ捨てられた服と皮を指差し、彼女は言う。『貰った』という言葉に違和感を覚えたアリエルが口を開いた。
「貰った…?妙な言い方ね」
「『貰った』のよ。皮を剥いで、ね」
その言葉に、魔法少女は青ざめた。震える声音で、ロキに問い掛ける。
「お、お前…まさか官長を…?」
「ええ。お命と…それと一緒に姿、知識、官長としての地位を少し拝借させてもらったの」
「…まさかあの人に限ってと思っていたが…そうか。成り代わっていたのか…」
マリベルとアリエルは、手元に魔導錬器を転送した。それに遅れて、総悟と神楽も偽装錬器を実体化させる。
これ以上の御託は無用だった。眼の前にいる輩は仲間でもなんでもない。その皮を被った外道だ。
「下種が…覚悟しろ」
「官長を殺した罪、償ってもらうぜ?」
獲物を横に回し、構える。
「「ウェイクアップ!」」
「「ライズアップ!」」
戦闘形態に変身する4人に対抗して、ロキはどこからともなく黒い剣を出現させた。
「良いことを教えてあげる」
刃が閃き、黒い渦がロキを包む。
「変身出来るのは魔法(貴女)少女だけじゃないってこと」
禍々しい魔力が渦を巻き、ロキの体を覆い尽くす。彼女は剣を空に向けて掲げると、その言葉を唱えた。
「ウェイクアップ」
大気が鳴動し、地面が振動する。多大な魔力の奔流に、マリベルたちは眼を瞑った。
闇が晴れると、そこには1人の魔法少女がいた。しかし、その身を包む衣装は水着と鎧を合わせたような際どく、かつ荘厳なものであったが、その色合いは一切の光を弾くかのように黒い。
淫魔のような姿に転身したロキは、剣を袈裟掛けに構える。
「さあ。遊んであげるわ、かかって来なさい」
睨み合う中、先制したのはアリエルだった。杖で魔法陣を描き、振り翳す。
「先ずは動きを止めさせてもらおうかしら」
ロキの手足付近に幾つもの小型の魔法陣が出現し、鎖を放つ。鎖はロキの手足に巻き付き—澄んだ音を立てて砕け散った。
「何!?」
驚愕するアリエル。ロキは小馬鹿にした顔で、彼女に言った。
「私と貴女じゃ格が違うの、格が」
するとロキは剣を杖に変形させ、くるりと一回転させた。すると総悟たちの足元に巨大な魔法陣が出現する。
「…!?不味いっ…!」
咄嗟に魔法陣の範囲から外れようと飛び上がるが—
「遅い」
ロキが陣を切ると共に、魔法陣から強大な重力が発生した。マリベルたちは地面に叩き伏せられ、地を這う。
「ぐっ…あああああ!」
骨が音を立てて軋み、内臓が悲鳴を上げる。苦痛に顔を歪める一同を、ロキは薄ら笑いを浮かべて見下ろす。
「拘束魔法はこうやって使うものよ?アリちゃん」
朗らかな口調で笑いかけるロキを、アリエルは烈火のような視線で睨みつけた。今すぐこの女の喉元に喰ってかかりたい。しかし、全身に掛かるGがそれを許さなかった。
「ぐ…この野郎…」
マリベルは歯を食い縛りつつ手に魔力を込め、光球を錬成する。そしてそれを、ロキがアリエルに気を取られている隙に放り投げた。
「!」
光球は爆発を起こし、ロキにたたらを踏ませた。それによって重力が弱まった所で、魔法陣から離れる。
「まだまだ行くわよ」
ダメージからすぐに回復したロキは、杖を空に向けて振り翳す。マリベルたちの頭上に暗雲が出現し、そこから幾本もの雷が降り注ぐ。
「う、うわああああああああ!!」
直撃こそしないものの、電熱と衝撃波に揉みくちゃにされる。体力が少ない神楽に至っては、グロッキー寸前になっていた。
「う、うう…」
ふらふらと覚束ない足取りで立ち上がる。ロキはその様子を、妖艶な顔で嗤った。
「もう終わり?」
つかつかとマリベルに歩み寄り、剣を振り上げる。振り下ろされたそれをマリベルは自身の剣で防いだ。
「まだショーは終わっちゃいないさ」
ふてぶてしく笑う彼女に、ロキは眼を細めて言う。
「ふふ。あの子にそっくりね」
「あの子…?まさか官長か」
「ええ。命の糸が切れる寸前まで生意気に笑ってたわ。信頼出来る部下に裏切られた、というのにねぇ」
剣に込められる力が、強くなる。マリベルの心に、怒りがマグマのように込み上げて行く。
「貴様…!」
「ま、その部下も私が変装したものなんだけどね。勿論姿を頂いた上で、ね」
ロキは力を込めてマリベルを突き飛ばすと掌を翳した。圧縮された空気の塊が打ち出され、マリベルの体に直撃する。
「うあああああああっ!」
「マリベルさん!」
衝撃に吹き飛ばされ、叢の中に突っ込む。柔らかい音と枝が折れる音とともに、土煙が舞い上がる。
「この…よくも!」
総悟は剣を構え、ロキへと切りかかった。大きく振りかぶって剣を叩きつけ、それが躱された所で距離を取って銃弾を放つ。フェイントを入れてのコンビネーションは、しかし容易くいなされた。
「はあ…。契約者如きが私を傷付けられる筈無いじゃない」
銃弾を掌でキャッチし、呆れたように嘆息するロキ。しかし、攻撃の手は止まなかった。
「先輩、離れて下さい!」
神楽は銃床にマガジンを込めて両手で発砲する。銃弾はロキの足元に着弾し、豪快な爆発を起こした。
吹き上がる豪炎を、ロキは手を軽く振るだけで鎮火する。
「だから言ってるでしょ?貴方たち契約者如きが、私を傷付けられる筈が無いって」
だが、攻撃はまだ終らない。火が消えたのと同時に、ロキの眼前に魔力の光球が迫っていた。それを放った主は、不敵に笑う。
「魔法少女の攻撃、ならどうかしら?」
しかしそれは容易く打ち返され、地面にぶつかり爆発四散した。
「言い忘れてた。生半可な魔法少女の攻撃でも私は傷付かない」
ロキは剣の切っ先をアリエルに突き付ける。直後彼女の姿がブレた。アリエルは刹那の内にアリエルの懐に飛び込み、水平に斬り付けた。
「がはっ」
咄嗟に身を捩り致命傷は避けたものの、血を流して地面を転がる。
「はあっ!」
アリエルと入れ替わる形で、マリベルがロキに攻撃を仕掛ける。
回し蹴りを仕掛け、それが躱された所で剣檄。剣でガードされたが、構わずサマーソルトで追撃する。ロキは顎目掛けて放たれた足を顔を引いて躱し、マリベルが着地するタイミングで回し蹴りを繰り出した。
「ぐああっ!」
爪先がこめかみにクリーンヒットし、地に叩きつけられる。
「まだだ!」
続けて総悟がロキの前に踊り出る。剣を両手で構え、彼女目掛けて突進を繰り出す。
「…無駄だって言ったじゃないの」
ロキはそれを冷めた目で見据え、棒立ちで受け入れた。余裕を見せる彼女の様子に、総悟はほくそ笑む。
「それはどうかな?」
ロキの眼前に迫った所で偽装錬器をガンモードに変形。彼女の眼を目掛けて弾丸を放った。弾丸は彼女の眼の前で破裂し、強力な閃光を放つ。
「くっ!」
眼前で放たれた強烈な光に眼を焼かれる。眩暈が回復してから周囲を見回すと、4人の姿は消え失せていた。叢を見ると、ウートガルザの魔導錬器までもが姿を晦ましている。
「逃げたか…」
ロキは溜息を吐くと、手で印を結んだ。虚空に魔法界に繋がるものとは異なるゲートが出現する。
「フェンちゃんは伸びしろあるって言ってたけど…まあ今の段階ならこんなものか」
彼女は1人呟きゲートに入って行った。彼女が撤退したのを見届けた所で、マリベルは地面から顔を出す。
「行ったか…」
咄嗟に魔法で開けた穴から、外に出る。穴の中では総悟と神楽がアリエルの手当をしていた。
腹部にシャツを巻いて止血し、楽な姿勢で寝かせる。そこまでした所で総悟はマリベルに言った。
「マリベルさん、医療隊が到着するには後どれぐらい掛かりますか?」
「恐らく後5分もすれば来るだろう。ここはゲートが近い」
「そうですか。マリベルさんは大丈夫ですか?思いっきり頭蹴られてましたけど」
するとマリベルは眼を瞬かせながら言った。
「正直に言うと頭がボーっとする。脳出血したかもしれん」
穏やかでない症状に総悟は慌てて諫める。
「駄目じゃないですか!楽な姿勢で横になってないと…」
「うんにゃ。平気だよ。後ちょっとで来るから。お、噂をすれば」
マリベルの視線の先には、丁度ゲートより出現した白い服装の人々がいた。彼女らはこちらの姿を見つけると、速足で駆け寄って来る。
先頭にいたフローレンスが、呑気な口調で言った。
「また虚将と戦ったんですねー」
「ああ。アリエルが特に重症だ」
「いやマリベルさんさっき自分で脳出血してるかもって言ったじゃないですか!」
フローレンスは顔を顰め、マリベルを窘めた。
「駄目ですよー。症状はちゃんと報告しないと」
それから設営されたテントの中に入り、手当を受けた。総悟は特に外傷を負ってはいなかったが閃光弾の影響か眼に酷くダメージが入っていたため、投薬による治療を受けることとなった。
「あの…フローレンスさん」
「何ですかー?」
「何で俺膝枕されてるんですか?」
総悟は、現在フローレンスの膝に頭を乗せていた。目薬ぐらい自分で差したかったのだが、フローレンスは『目薬と言えども治療は医者がやるべき』と言って聞かなかった。
「この方が差しやすいからですー」
「そ、そうですか…」
総悟の眼の前には二つの大きな丘が広がっていた。柔らかなそれはフローレンスが動く度に揺れていた。
「じゃ、差しますよー。ちゃんと眼を開けて下さいねー」
そう言ってフローレンスは親指程の大きさのボトルを開け、中に入っている透明な液体を総悟の右目に垂らした。清涼感が、眼の奥にまで染み渡る。
「眼、パチパチしましょうねー」
言われた通りに、右目を瞬かせる。総悟は、まるで幼稚園に戻ったかのような気分で小恥ずかしかった。
「次は左目行きますねー」
もう片方の眼にも薬を垂らされ、眼を瞬かせる。両目への点眼を済ませた所で、フローレンスは絹のハンカチで総悟の目元を拭った。
「どうですかー?はっきり見えるようになりましたかー?」
「はい。すごく冴えてます。前より視力が良くなったみたいです」
フローレンスは、天使のような笑顔を浮かべて言った。
「良かったですー。あ、でも何かあったらすぐに私たち医療隊まで連絡して下さいね。これ、連絡先です」
そう言って、電話番号が記された名刺を手渡される。バンダナを付けていなかったが、名刺の文字は判読出来た。どうやら、元々この世界の言語に翻訳されたものらしい。
「ありがとうございます」
ぺこりと一礼してテントから出ようとしたが、フローレンスに静止された。
「あ、まだスタッカートさんたちの治療が終わっていないみたいなので、ここでお待ち下さいねー」
「あ、はい」
引き返し、椅子に腰掛ける。
「後2,3時間もあれば終わると思いますよー」
「そうですか」
「ソウゴ君、でしたね。少しお姉さんとお話しませんか?」
「ええ。俺でよければ」
フローレンスは総悟の対面に腰掛け、優しい声音で語り掛けた。
「スタッカートさんとの生活にはもう慣れましたかー?」
「はい。1人暮しだった頃より楽しいです。家族がいるのってあんな感じだったんだなって、久しぶりに思いました」
事情を察したフローレンスは声を落とす。
「あっ…その、ごめんなさい」
「いえ。もう昔のことですから」
気まずい雰囲気になってしまったので、フローレンスは慌てて話題を切り替えた。
「戦いには慣れましたかー?」
「まだまだ精進中です。早くマリベルさんみたいに強くならないと…」
「良いですよね。スタッカートさんの戦い方。見ていて惚れ惚れしちゃいますー」
「解ります。俺もあんな風にマーシャルアーツ使えるようになりたいです。そのためにももっと強くならなきゃ…」
「ねえ、ソウゴ君」
掌を握り絞める総悟を、フローレンスは窘めた。
「頑張るのは良いことですけど…思い詰めちゃ駄目ですよー?焦りは禁物です」
「…解ってますよ」
徐にフローレンスは立ち上がり、総悟に向けて言う。
「お茶、飲みますぅ?お菓子も出しますよー」
「あ、はい。頂きます」
フローレンスはカップに茶葉のような緑の粉を入れると、指先で描いた魔法陣から熱湯を注いだ。




