3話
中々モチベが上がらない…
更新頻度を上げられるよう努力する次第です。
鳴り響く目覚まし時計のベルで、総悟はまどろみから目覚めた。眼を擦り、時計を見る。時刻は七時丁度。起床の時間である。総悟は階段を下りて洗面所に向かい、洗顔と歯磨きを済ませた。それから台所に向かい、朝食を作り始める。
冷蔵庫を見ると、食パン、卵、ベーコンが入っていた。昨日は例の出来事があった影響で食料品の買い出しに行けず、夕食は戸棚に入っていたインスタント食品で済ませたのだったが、二人分の軽食を作る程度の食材は、幸いにも貯蓄されていた。
食パンを二枚、オーブントースターに放り込む。それから熱したフライパンに油を敷いてから、ベーコンをそれぞれ二枚置く。そして卵を割って落とし、塩・胡椒で味を付ける。中火で熱している間にパンが焼けたので、取り出して皿に盛りつける。そこに焼き上がったベーコンエッグを載せて完成。食材が足りない際に、よく総悟が作る料理であった。
「おはよー」
丁度完成した所で、二階からジャージ姿のマリベルが下りて来た。
「おはようございます。マリベルさん。よく眠れました?」
「ああ。ぐっすり眠れたよ。あたしの以前の生活からしてみたら極楽みたいだぜ」
あれからマリベルは、客室を使っていた。総悟の叔父は客人には親切にする性分だったため、客室の設備は質が高いのであった。
「へえ。旨そうじゃないの」
テーブルに並んだトーストのベーコンエッグ載せを見て、マリベルが感想を述べる。
「余り物で作ったんですけど…喜んでもらえて良かったです」
マリベルが洗面所で洗顔している間に、麦茶を二杯注ぎ、テーブルに並べる。彼女が戻ってきた所で、総悟は席に着いた。それに倣ってマリベルも、総悟の正面に着席する。
「頂きます」
「神よ我に祝福を…」
挨拶を言う総悟の一方で、マリベルは何やら祝詞とのような言葉を紡いでいた。彼女の世界での決まり事だろうか。祝詞を述べ終わった様子の彼女に、総悟は聞いてみることにした。
「あの、マリベルさん」
「何だい?ソーゴ」
「今の呪文みたいなの何ですか?」
「お祈りだよ。あたしの世界の宗教のな」
食後、総悟がコーヒーを淹れていると、マリベルが話しかけてきた。
「おい、ソーゴ」
「何ですか?」
「お前、今日学校休め」
「はい?」
唐突な話に、総悟は素っ頓狂な声で聞き返してしまった。
「心配無用だよ。欠席扱いにはならないように学校の方には手を回しておくからさ」
「えっ?いや、あの…何でです?」
「武器の扱いの説明と基礎訓練を受けてもらうからさ。お前さんのな」
そこまで言われて、総悟は昨夜のマリベルの発言を思い出した。どうやら今日一日を費やして、武具の説明を行うらしい。総悟としては、休日の方が好ましいのだが。
「…今日じゃないと駄目何ですか?」
「ああ。出来るだけ早い方がいい。無魔に襲われた時の最低限の護身方法は知ってて欲しいからな。あ、コーヒーはブラックにしてくれ。砂糖とクリームは入れなくていい」
マリベルの分のコーヒーを淹れていた総悟に、彼女は言う。
「重くないですか?ブラックだと」
「いや、丁度いいよ。癖がなくて飲みやすいからさ」
総悟は言われるがままに二人分のコーヒーを淹れると、それらを机上に置いた。
コーヒーを飲み終わった後、マリベルは庭で壁に魔法陣を描いていた。未知の言語が記されたそれは、マリベルが唱えたやはり未知の呪文により発光し、長方形の光を形成し始める。ものの数秒程で、それは錬成された。
それは扉だった。総悟の自宅にもあるような何の変哲もないノブが付いた扉が、突如として漆喰の壁に出現する。
「よし。問題なさそうだな。ソーゴ、ここに入ってみ」
「あ、はい」
謎の扉に内心慄きつつも、言われたままにそこに足を踏み入れる。
扉の向こうには煉瓦造りの、広さにして二〇畳程の空間が広がっていた。窓と呼べる穴はなかったが、数十にも渡る蝋燭が部屋中を照らしており、暗くはなかった。
「ここは…?」
「修行場だ。簡易的な奴だがな」
「簡易的」と彼女は言うが、総悟からして見れば、その空間は殺風景ではあるものの、修行上としては十分な物に思えた。
「おっと、こいつを渡すのを忘れてたな」
マリベルは虚空から剣を取り出すと、それを総悟に手渡す。
ソレは、見るからに奇妙な造形の剣だった。柄の長さに対して刃の面積が異常に広く、さながら出刃包丁のような剣だった。しかし、重量は外見に反して軽く、さながら手の込んだ玩具を持ったかのような感覚に総悟は陥った。
「これが俺の武器…ですか?」
「応よ。偽装錬器っつーんだが」
偽装錬器―どうやら、それが己の武器の名称らしい。
「先ずは使い方から教えるぜ。柄の先っちょ見てみ」
指示通りに柄の先端を見ると、総悟はそこに親指大の穴が開いているのを見つけた。
「じゃあ次にこいつを穴に入れてみてくれ」
マリベルはそう言って、USBのような形状をした物を取り出す。先端の造形から、総悟はそれを鍵のようだと思った。
鍵を挿入し、時計回りに回す。しかし手応えはあるものの、剣には何の変化も起きなかった。
「回す時はこう叫ぶんだ。『ライズアップ』ってな」
「『ライズアップ』?」
「ああ。こいつの力を引き出すための呪文さ。ほら、やってみな」
「…『ライズアップ』!」
ほんの少しの恥辱心を抑え、鍵を穴に差し込んで回しながら叫ぶ。刹那―
「うわっ!」
総悟の体に、電流のような衝撃が奔った。その衝撃は残留こそしなかったものの、総悟の体には異変が起きていた。
「体が…軽い…」
手を交互に開閉し、肉体の変容を実感する。外見は変化していないものの、身体の芯から熱がと力が漲ることが解る。
「装着は成功したみたいだな」
「装着?」
「ん?ああこいつを使用することを『装着』っていうんだよ」
マリベルは指で、上にある槍のような突起を示した。
「ほら、あそこに向かってジャンプしてみな」
突起物の真下まで行き、半信半疑の思いで跳ぶ。すると—
「痛てっ!」
総悟の肉体は数メートルもの高さを軽々と、突起物の高さにまで跳躍した。勢いが余って、頭をぶつけたが、痛覚はそれほど感じなかった。
「身体能力の強化、だ」
彼の心情を汲み取ったかのように、マリベルは言う。
「偽装錬器の使用中は肉体の全機能が上昇し、肉体的・精神的ダメージの軽減能力が付加される。まあ解りやすく言えば超人になれるっつーことさ。申し訳程度のものだがね」
彼女の説明を聞きながら、総悟は気分の高揚を隠せないでいた。この力があれば、———になれる。あの日の約束を果たせる。
「言っておくがこれはあくまで自衛・サポート用の武具だかんな。過信は禁物だぜ」
総悟の内心を知ってか知らずか、マリベルが忠告を口にする。それから彼女は何やら印を結び虚空に淡く輝く、長方形の端末を展開した。すると間もなくして石畳の床から光と共に丸太と木製の的のようなものが、それぞれ一〇個程出現した。
「さて、次は武器の構え方についてだ。アームモードの時は…」
「アームモード?」
総悟が小首を傾げる。
「偽装錬器には近接武器と銃の二つのフォルムがあるんだ。今の状態が見ての通りのアームモードだ。じゃあ今度こそ構え方の指導に入るぜ。身体の力抜いてくれ」
「あ、はい」
マリベルは総悟の背中に密着し、彼の右手—武器を持った手—にもう一方の左手を添えさせる。そして背中に胸を押し当てるように、自身の身体を彼の背にくっ付け、背筋を正す。
「手の構えはこうで背筋はこんな感じだ。体を硬くし過ぎちゃ駄目だぜ」
丁寧な指導だったが、総悟は全く集中出来なかった。何故なら小さいけれども確かに柔らかい二つのモノが、しっかりと当たっていたからで…
小恥ずかしくて言い難かったが埒が開かないので、指摘する。
「あ、あのーマリベルさん」
「ん?何だい、ソーゴ?」
「あの…その…当たってるんですけど…」
「当たって…?ああそうかい」
総悟の言葉の意を察したのか、マリベルはにやにやと笑いながら軽口を叩き出した。
「お前さん、あたしで興奮しちまったのかい?そういう趣味だったのか」
「そういうのじゃ…」
「気にすることはないぜ。何なら犯らせてやろうか?」
マリベルは身を屈ませ、なだらかな胸元を少年に見せつける。黒い下着に包まれた小さな谷間が、総悟の眼に焼き付いた。
「っ⁉だ、だからそういうのじゃ」
「嘘嘘。冗談だよ。気を悪くしないでくれ」
口調が熱を帯びて来た所で、冗談だと明かす。けらけらと笑う少女に、総悟は何故だか心臓の鼓動が速くなった。
「よし。じゃあ再開するか。次はこれをやるぜ」
結局、この日は説明と特訓にあらかたの時間を費やすことになった。特訓の後の彼女曰く総悟は体格こそ小さいものの、運動神経は悪くはなく、雑魚程度ならまず殺されることはない、とのことだった。
「ハア…ハア…」
回避訓練、という名目で放たれた光弾の群れを全て躱し切った所で、総悟は床にどっかりと座り込んだ。
「よし。今日はひとまずの所ここまでにしておくか」
タオルで汗を拭いながら、マリベルは総悟に言う。疲弊しきった総悟とは対照的に、まだまだ余裕があるようだ。
「初日にしては上出来だったぜ、ソーゴ。何かスポーツでもやってたのかい?」
「…小中通して陸上を。今はやってないですけど」
へたり込んでいる少年に向けて、マリベルはスポーツドリンクが入ったペットボトルを投げ渡した。宙を不規則に回転しながら落ちてくるソレを、彼はかろうじて両手でキャッチする。
「ありがとうございます」
総悟は礼を一つ述べ、キャップを外すと中身に口をつけた。スポーツドリンク特有の清涼感が、五臓六腑に染み渡る。
「あ、そうだ。このタイミングで言うのも何だけど」
マリベルは床に横になり、彼に向けて言う。
「あたし、もう学校辞めるから」
「はい?」
さり気無い調子で話された唐突な話に、総悟は素で返す。
「元々高校に通ってたのは契約者を探すためだったからな。契約者を見つけた訳だし、もう退屈な時間を過ごす必要もないのさ」
マリベルは煙草を咥え、紫煙を吐き出す。そしてその吸い殻を、ぐりぐりと石畳にこすりつけた。
「もう手続きは済ましてあるから、明日からは学校に行かねーぜ。つーことで無魔見かけたら至急連絡してくれ。出来るだけ電話でな」
彼女は淡々と言いながら、もう一本の煙草に火を着ける。
「…それなら学校にいた方がまだ連絡しやすいんじゃ」
「あたしもあたしでやることがあんのさ。無魔探しだったり魔法界への定期報告だったりね」
マリベルはまたしても煙草を石畳に擦りつけると、おもむろに立ち上がり「そら、出るぞ」と、総悟を唆した。
二人が部屋から出ると、マリベルは先程のように印のような物を結んだ。それに呼応して、木製の扉が光の粒子に包まれ、跡形もなく消失する。
ふと見上げた空は黄昏に染まり、今にも夜になりそうだった。携帯のディスプレイは18と2つの0を表示している。
「…あーもうこんな時間だし外に食べに行くか。何か食べたいものあります?」
「ファミレスに行きたいぜ。ガッツリと肉が食いたい」
「よし、じゃあそこにしますか。出かける前にシャワー浴びなきゃ…」
「一緒に浴びるかい?ソーゴ」
「い、いや…その…」
「冗談だよ」
今はまだな、とマリベルは少年に聞こえないように呟いた。