31話
結局その後風呂場で何戦もしてしまい、寝坊してしまった総悟は、朝食も食べずに家を飛び出した。大急ぎで学生服に着替え、学校への道を全速力でダッシュする。15分程度で学校に到着し、そのまま大急ぎで階段を駆け上がる。教室に飛び込んで机に着席するのと同じタイミングでチャイムが鳴った。
「何だ。珍しいな。如月が遅刻ギリギリに来るなんて」
担任の教師は物珍しい表情で言った後、沈痛な面持ちになって黒板の前に立った。
「ホームルームの前に悲しいお知らせがある。既に知っている奴もいるだろうが、隣のクラスの道野と松田が2日前に起きたバスの失踪事件に巻き込まれたことが解った」
一瞬の静寂の後、動揺が波紋のようにクラスに広がる。唖然とする者、泣き出す者、ざわつく者。教室の中は騒然としていた。
「静かに!」
担任が一喝し、雰囲気を沈静化させる。声が静まり、重たい沈黙が教室を支配した。静かになった教室に、他のクラスから騒めきが響く。当然ながら、他のクラスにもこの知らされているらしい。
「2人は地方にいる友人に会いに行くためバスに乗った所事件に巻き込まれたと思われている。昨夜2人の家にその友人から「2人がいつまで経っても家に来ない」と連絡があった。不審に思ったご家族の方々が警察に届け出た所、事件当日に行方不明になったバスに乗車していたことが解った。警察は今2人を含めた行方不明者全員の行方を追っているそうだ」
それから担任は不要の外出を控えるよう呼びかけた後、出席を取り授業を開始した。
しかし、総悟は授業の内容は全く頭に入らなかった。脳内を支配するのは、後悔と自責の念。
(俺が…もっと必死になって止めてれば…)
全てが甘かった。何故あいつらがこちら側に出て来ることが少ないと納得した?魔法界で説明された通り活動は活発化しており、虚空から頻繁に出て来るようになったというではないか。ただただ説得出来そうになかったから諦めた、そのせいで防げたはずの犠牲を出してしまったではないか。
昼休みになってから総悟は、鋼牙の席に向かった。しかし席の前まで来たは良いものの、何を言えば良いか解らずに硬直してしまう。
「…何か用か?如月」
先にその沈黙を破ったのは鋼牙だった。昼食も取らず、赤く泣き腫らした顔で椅子に座る姿は、まるで幽鬼のようだった。
「…ごめん」
少し顔を上げ、彼は掠れた声で言う。
「何でお前が謝るんだよ」
「だって…俺が止めなかったからあの2人は…」
その言葉に鋼牙は総悟をきっと見据えて言った。
「お前に非はねえよ。むしろ悪いのは俺だ。あいつらは俺の言うことなら聞き入れた。俺が忠告しておけばあいつらはライブになんか行かなかったんだ」
違う。それは俺もなんだ。俺はこの地域で起こっている行方不明事件の犯人が
何なのかを知っている。知っていたのに彼女たちを止められなかったんだ。
「…暫く独りにさせてくれ」
「…解った」
罪悪感を胸に抱き、総悟は少年の前から立ち去った。
迫る木の刃を手にした木刀でいなしつつ、反撃を試みる。隙を見つけて踏み込んだ所で———額をこつんと軽く叩かれた。
「筋は悪かねえ。だが踏み込みはまだまだだな。速さが足りない」
総悟は帰宅して早々、マリベルに稽古をつけてもらっていた。石畳の部屋に、渇いた音が響き渡る。
「相手の隙を見つけたらそこをすかさず叩け。一瞬の躊躇いは死神の誘惑だぜ?」
「…隙が無い時は?」
「その時は体術や銃撃で作りだすんだ。足払い掛けたり閃光弾撃ったりしてね」
「あの…少し気になったんですけど」
「何だい?」
「マリベルさんがやってるマーシャルアーツ、教えてもらえませんか?」
するとマリベルは、首を振って言った。
「先ずは基本的な体術をマスターしてからだ。焦りは禁物だぜ?」
「は、はい!」
「さて、次はその体術をやって行くぜ」
マリベルは木刀を地に置くと、拳法のような構えを取った。それから総悟の正面に立ち、拳を突き出す。
「うわっ」
慌てて仰け反り、間一髪の所でそれを回避する。
「手始めにあたしの攻撃をどれだけ流せるかやってみな」
回し蹴り、掌底、アッパー、と様々な攻撃が立て続けに繰り出される。しかし、その動きは総悟にも見切れる程度に遅い。
「段々スピード上げて行くからな」
「ちょ…!」
速度を増す攻撃に、回避とガードが次第に間に合わなくなる。そして…
「うわっ!」
顔面に向けて突き出された拳が、直撃する寸前で止められた。
「40発目で被弾、か。まだまだだな」
次に彼女は、総悟に彼女自身を攻撃するよう指示した。
「…女の子殴るのは抵抗あるんですが…」
「一昨日やりあったのは男だったが、その内女の虚将とやり合うかもしれんぞ。甘ったれたことを言うんじゃねえ。大体木刀で殴り掛かるのと大差ねえだろ」
「それはそうですけど…」
渋々マリベルと同じ構えを取り、彼女に襲い掛かる。先ず足払いを仕掛けマリベルがそれに気を取られた所で胴体に拳を突き出した所で———腕を捻られ、首に腕を回されて拘束された。
「一度気を反らしてから本命を叩き込む。やり方は悪くなかったがまだまだだな。攻撃は相手に反応されないぐらいの速度でやらなきゃならねぇ」
総悟を開放し、飲み物を手渡す。
「今日の所はここまでだな。お疲れさん」
「…お疲れ様です…」
ペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲み、溜息を吐く。
「お前、少しずつだけど強くなってるんじゃないか?この前よりも動きが洗練されてきてるよ」
「そうですか?へへ…。ありがとうございます」
照れ臭そうに笑いながら、頬を掻く。それからマリベルはふと、総悟に言った。
「所でソーゴ、学校で何かあったのか?」
「何で解ったんです?」
怪訝な顔をして、総悟が応える。
「お前、帰って来てからどことなく暗い顔してたからな。ほれ、おねーさんに話してみ」
「…実は」
総悟は、今朝の出来事を説明した。とうとう自分のクラスにも犠牲者が出てしまった、俺が止められていれば犠牲を出さずに済んだかもしれないのに、と彼は悲痛な面持ちで語った。
「確かに。お前にも責任の一端はあるかもな。けど」
マリベルは、暗い顔で俯く総悟に言う。
「ただ後悔するだけじゃ何も始まらねえ。ただくよくよ悩むだけってのはガキのすることだ」
「厳しいことを言うようで悪いが」とマリベルは前置きし、総悟の眼を見据えて言った。
「失われた命はもう二度と元には戻らない。お前が出来るのは十字架背負って前に進むことだけなんだよ」
「そう、ですね…」
そうだ。ずっと悔やんでいちゃいけない。今の俺に出来ることは、二度と同じ失敗を繰り返さないよう精進することだけなのだから。
「さて」
手を軽く叩き、立ち上がる。
「ここで話してるのも何だし、そろそろ家の中に入ろうか」
「はい!急いでご飯作りますね!」




