26話
駐車場では、神楽が先程の母子と共に待っていた。総悟の肩に担がれたアリエルを見るや否や、駆け足で近づいて来る。
「先輩!傷だらけじゃないですか…」
「『虚将』って奴にやられた。俺たち、手も足も出なかったよ…」
マリベルはアリエルを仰向けに寝かせ、自身の装束を破り止血を始める。
「神楽はさっきの人たちに付いていてやってくれ。ソーゴはあたしの手伝いを頼む」
「マリベルさんだってすごい怪我じゃないですか…。手当は俺がやりますから休んでいて下さい」
総悟の勧めに、マリベルは頭を振った。
「このぐらい軽傷だよ。それよりこいつを医療隊が来るまで手当しないと…」
「何ですか?その医療隊って」
「ん?ああ。そういえば説明がまだだったな。非魔法界に派遣されているのはあたしら征伐隊だけじゃなくてな。後方支援として大怪我をした魔法少女や契約者の治療を行う医療隊と物資を届ける物資隊、被害を受けた場所一帯の修復と記憶処理を施す戦後処理隊の3つの班があんのさ」
「そう何ですか…。あれ、でもその医療隊ってのにいつ連絡入れたんです?」
「あたしらが使う魔導錬器には使用者の体調を測定する機能が付いていてな。それが大幅に乱れた場合医療隊に連絡が行く仕組みになってるんだよ。そろそろ到着する筈だが…」
止血が終わった所で顔を上げると、総悟たちから5m程離れた所の空中に、半径2m程度のゲートが開いていた。青く輝くそこから、白い装束に身を包んだ数人の少女が現れる。その中で隊列の最前にいた少女がこちらに歩み寄ってきた。
「はーい来ましたよー。患者さんはどちらですかー?」
その少女は、マリベルよりも30cm程背が高く、ピンクの長髪にリボンを付けていた。体型はアリエルよりも幾分グラマラスでおしとやかな雰囲気を醸し出しており、端正な顔にはピンクの眼鏡を掛けている。
「こっちだ。応急処置は済ませてある」
少女を横たわるアリエルの元へと連れて行く。少女は魔法陣を出現させ、中心から光をアリエルの体に向けて照射した。照射し終えた後、「ふむ」と軽く頷いてから変わらずおっとりした口調で言った。
「全身の骨が粉砕骨折している上に内臓が5割破裂してますねー。外傷も酷いですしあと数時間遅れていたら危なかったですー」
「……!」
素人でも解る症状の深刻さに、総悟は絶句した。彼の顔色を見た少女はにこりと微笑んで宥めるように言った。
「大丈夫ですよースタッカートさんの魔人さん。これぐらいの怪我でしたらすぐに治りますから」
そう言うと少女は部下と思しき白衣を引き連れ、床に魔法陣を描いた。魔法陣の中心から大きさにして2m前後の円錐の形をしたテントのような物体がせり上がる。さらに、どこからともなく取り出したキャリヤー付きのベッドにアリエルを乗せ、少女は少しばかり凛とした声音で言った。
「オペの開始です!皆さん、やりますよ!」
白衣の少女たちを引き連れ、彼女はテント内にベッドを運び込んだ。
最後の人影がテントに消えたのを見届けてから、総悟はマリベルに呟いた。
「…大丈夫ですかね…」
「まあ心配はないだろう。あんな口調だが医者としての腕は確かだ」
「何で…何であの人が死ななきゃならなかったのよ!」
ふと神楽がいる方から、女性の怒鳴り声が響いた。ふと見ると、母親が泣きながら神楽に喰って掛かっていた。
「お、落ち着いて下さい!」
「いや…嫌よ…!何で私たちがこんな目に…」
泣き腫らして赤く染まった眼で、母親は神楽を見据える。
「お前か?お前のせいか…」
胸倉を掴み、虚ろな視線を向ける。
「お前たちが来たからあの人は死んだのか…?」
「く、苦しい…」
首を絞め出した母親を見て、2人は慌てて駆け寄る。
「ちょ…止めて下さい!」
「離せ!お前たちのせいで…」
マリベルは溜息を吐くと、母親の額に掌を翳した。途端に彼女は頽れ、眠りにつく。
「…魔法で眠らせておいた。後は処理隊に任せておこう」
「大丈夫?神楽ちゃん」
「は、はい。危うく失神する所でしたけど…」
総悟に支えられて立ち上がった神楽は、マリベルに向かい直って言った。
「助けてくれてありがとうございます。あの…マリベルさん」
「何だ?」
「処理隊って失われた物を修復するんですよね?だったらあの家族のお父さんも…」
僅かな希望を口に出すが、魔法少女は沈痛な表情で首を振った。
「無理だ。どんな魔法であっても死者は生き返らねえ」
マリベルはおもむろに懐から煙草を取り出し、火を着けた。紫煙が、公園から立ち昇る黒煙と共に空へ昇って行く。
「あたしらにも限界はある。魔法は万能じゃないんだよ」
「じゃああの家族は…」
「ああ。父親を失ったまま生きて行くだろうな」
「…!」
総悟は拳を握り絞めた。まだ幼い子供を女手1つで育てていくなど、非常に困難なことが容易に想像出来る。
「無魔と戦うってのは今みたいな光景を散々見る羽目になることでもある。辛くてやり切れないんなら、契約を解除して一般人に戻ることを勧めるぜ」
煙草を蒸かしながら、顔を背けて冷酷に言い放ったマリベルに、しかし2人は頭を振った。
「そんなことする訳無いじゃないですか。俺はあんな…人を平気で殺すような怪物を許せないんです。だから、ここで止める訳にはいかない」
「私もです。みこっちを殺した奴等なんて…許せる訳無いじゃない…!」
2人は拳を強く握り締め、歯を食い縛る。
(やはり、な)
マリベルは、義憤に燃える総悟を見て確信した。『何か』がある。この子は何かしらの信念を抱えている。
(話、夜にでも聞いておいた方が良いな)
今夜総悟の部屋に向かうことを決めた所で、テントから白衣の少女が現れた。
「治療が完了しましたー。これでもう大丈夫ですよー」
「そ、それで、怪我の具合はどうなんですか?」
神楽がテントに駆け寄り、容体を確認する。
「すっかり完治されましたよー」
ニコニコと笑いながら答える少女に、マリベルは礼を言った。
「いつもすまないな。フローレンス」
フローレンスと呼ばれた少女は、ぱたぱたと顔の前で手を振りながら言う。
「いえいえ。これが私の仕事ですから」
テントの中から、ベッドに横たわったアリエルが連れ出される。マリベルの前にまで運ばれた所で、彼女はおもむろに眼を開いた。
「う…ん…?ここは…」
「デカントさーん。私のこと、解りますかー?」
数刻の間の後、アリエルは答えた。
「フローレンスか…。いつも世話になるわね」
「記憶障害は無いみたいですねー。これなら入院の必要もなさそうですぅ」
無事を確認した所で、フローレンスはテントの片付けを行っているメンバーに向かい直った。
「では皆さん、患者さんをご自宅までお送りしますよー」




