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少年と魔法少女と三つの世界  作者: ドラゴン☆リンクス
10/40

9話

9話です。

3、4話後に本筋が動き出す予定ですので、どうかご期待下さい。

ネオンの煌めく中を、無数の自動車が走行する。総悟は夜の街の一角を、立橋の上から見下ろしていた。春とはいえ夜の外気は肌寒く、風が吹く度に総悟は身を震わせた。

 彼をこの場所まで連れて来た張本人であるマリベルは、彼の横で魔法少女の姿のまま煙草を蒸かしていた。煙がまだ立ち昇っているそれを足元の河へと投げ捨ててから、彼女は言った。

「さて、今回はさっきも言ったように移動の訓練をやって行くぜ」

 実戦では虚空から飛び出す無魔も数多く存在し、その場合は市街地での戦いになる。それおいて重要なものは標的を追い詰める追跡力、即ち高所から高所へと飛び移る跳躍力である。飛行魔法もあるが、魔力の消費が激しいため乱用は出来ないので、基本的には跳躍を用いての追跡になる。総悟が受けた説明は、要点をまとめれば大体こういった内容であった。

「それじゃ、先ず最初にここから向かい側に向かって跳んでもらう」

 そう言って彼女は橋の鉄柱を指差す。距離にしておおよそ、20メートル程だろうか。

「そら、あたしの後に続きな」

 マリベルは颯爽と跳躍し、鉄柱へと飛び移る。総悟は躊躇うことなく、彼女の背中を追った。

 冷たい風が頬を刺し、総悟は身を震わせる。ただでさえ肌寒さを感じる気温の中そこを高速で移動していくとなれば、体感する温度は真冬のそれと何ら変わらなかった。

「やるじゃないか。もっと躊躇うかと思ったぜ」

「いえ、こんなの全然平気ですよ」

 総悟は余裕綽綽といった様子で答えてみせる。

「そうかい。じゃ、次は連続で行くぜ」

 マリベルは左斜め前の鉄柱に跳躍、更にそこから右斜め前の所へと、桂馬跳びの要領で高速で移動してゆく。

「は、はい!」

 総悟もぎこちない動きながらも、彼女に続く。マリベルと比べると速度の安定に乏しかったが、それでも彼女に喰らい付いていた。

「へえ。これにも付いてこれるのか。ならハードル上げても問題無さそうだな」

 マリベルは鉄柱の中で最も陸地に近いものに向けてジャンプし、そこから距離にして10メートル程度のビルに飛び移った。そこから更にビルからビルへと、続け様に跳躍してゆく。

「マジですか…」

 総悟は戸惑ったもののマリベルに倣って、鉄柱からビルへ、ビルからビルへと飛び移って行く。途中何度か足が疲れて墜落しそうになったが、必死にこらえて続ける。

「や、やっとゴールだ…」

 この街の中で最も高いビルの屋上に到達した所で、総悟は頽れた。キツイ、兎に角キツイ。

「今日はここまでにしておくかね」

 肩で息をする彼を後目に、マリベルは給水タンクの上に座って煙草を蒸かしていた。彼に比べて、余力があるようだ。

 彼女はタンクから飛び降りると総悟の眼前まで歩み寄り、彼にペットボトルを差し出した。一見するに、中身はスポーツドリンクのようだ。

「ありがとうございます」

 総悟はそれを受け取ると、内容物を喉に流し込んだ。冷たい感覚が喉から全身に伝わるようで、疲労が消し飛ぶかのようだった。

「あ~生き返るわ~」

 まるで温泉に浸かる老人のような声を出す少年に、マリベルは苦笑して言った。

「おいおい。お前さん幾つだよ?」

「花の16歳ですよぉ」

 冗談には冗談で返しておく。「そうかい」と笑いながら、マリベルは手に持っていたビニール袋から湯気が立ち昇る饅頭を総悟に差し出した。

「これ、食うかい?」

 「ありがとうございます」と会釈し、両手で受け取る。口にすると、それが肉まんであると解った。

「前、見てみな」

 おもむろに顔を上げると、そこには絶景が広がっていた。ネオンの光が夜のビル群を照らす光景はとても美しく、総悟は眼を奪われた。

「綺麗ですね」

「ああ。こういう景色見ながら食べるのも乙ってもんだろ?」

 夜の街は光に満ち、ネオンの明かりが闇を照らす様は人々の営みを連想させた。

「な、ソーゴ」

「何ですか?」

「今更言うのもなんだが…お前、戦いには付いて行けそうか?」

 数日前の、住宅街での戦闘を思い出す。こちらを貪り喰おうと襲い掛かる蝙蝠の群れ。幾ら仲間が死のうとも攻撃の手を緩めず襲い来るそれらは、正に怪物と言う他なかった。

「怖くなったんならいつでも契約は解いてやる。安心してくれ、二度と襲われないようにアフターケアはやっておくさ」

「大丈夫ですよ。というより逃げたくないんですよね、俺。皆を襲う怪物なんて許せませんし」

 魔法少女の職務として無魔狩りを行うマリベルからしてみれば少年のその答えは喜ばしいものだった。しかし、彼女は彼に対して一抹の不安を覚えてもいた。彼女自身、それが何かは解らなかったが言うなれば「危うさ」だった。彼の正義感の強さに、マリベルは一種の歪さを感じていた。最も彼女はそういった精神学に精通している訳ではないため、確証は持てなかったが。

(ま、今の所はコイツが無茶しなきゃ問題ないか)

 マリベルはそう自分に言い聞かせ、星の見えない空を見上げた。


 風呂から戻った総悟は、ベッドの上に腰掛けた。シーツの柔らかい感触で疲労感が波のように押し寄せて来て、瞼が重くなる。

 自室に一人でいると、様々な事柄が総悟の脳裏に浮かんだ。今夜の特訓、ビルの屋上から見る夜空、そして

(神楽ちゃん…)

 アパートの一室で見た少女の涙が、総悟の心を刺した。彼は誰かが悲しむ光景を見るのが厭だった。喩えそれが赤の他人であっても、総悟は誰かが涙を流す姿を見たくなかった。

 力が欲しかった。皆を悲しませない、———としての力が。

(そのためにも、もっと鍛錬しなきゃな)

 総悟はおもむろにベッドから立ち上がると、机の引き出しを開けた。中に入っていた錠剤型の清涼菓子を三粒口に入れる。咀嚼するにつれてミントの清涼感が口内に澄み渡り、眠気が消える。

「…確かこの辺にあったよな」

 数分程度押し入れをまさぐり、木刀を一振り取り出す。

「さて、行きますか」

 総悟は寝間着からジャージに着替え、部屋から退出した。


 ぶんぶんと木刀が空を切る音が、夜の街に木霊する。数百回程素振りをした所で、総悟は額の汗を拭った。

「お、精が出るねぇ」

 背後から声を掛けられて、おもむろに振り向く。そこではマリベルが縁側に腰掛けて、チューハイを傾けていた。

「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」

「うんにゃ。ちょっくら晩酌しようかと思って下りて来た」

 マリベルは酔いを全く感じさせない顔で総悟に言う。

「お前さん明日学校じゃなかったか?自主練もいいが朝に差し支えないようにしとけよ」

「解ってますって。もうワンセットやったら切上げますよ」

 総悟はそう答えると再び素振りを始めた。マリベルから見てそれはまだ未熟であったが、徐々に上達していることが眼に見えて解るものだった。

「あたしはそろそろ休むよ。おやすみ」

「おやすみなさい」

 マリベルが階段に消えた所で、総悟はふと空を見上げた。満月が春の不鮮明な夜空に輝いている。手が届きそうに見えて、総悟は夜空に手を掲げた。


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