第97話 「愛する者を殺した者」
『ミリオン・ワンド』に魔力を込めて、鎖鎌の形へ変える。全力で投擲した鎌は、さらっと躱された。だが構わない。本懐は鎌じゃなくて鎖の方だ。
鎌に繋がれた鎖が伸び、慣性に任せて偽ミリーナに絡みつく。大した拘束にはなりはしないが、ほんの数秒、動きを止めるだけで十分だ。
「うぇっ!?」
偽物は鎖の束縛を解こうと暴れる。俺から意識が離れた、その隙が致命的だ。
「死ね」
『サンダー・グローブ』はまだ発動している。俺の手に直接触れたら最後、雷の刃が死に至らしめる。
俺は偽ミリーナの頭を掴んだ。高電圧が容赦無く彼女の全身で暴れ回る。人体に直接通すこの魔術は、たとえ防護魔術を使っても殆ど軽減出来ない。
「あっ、あっ、あ……」
目を大きく開いて、偽物は短く声を漏らす。俺の手を引き剥がそうとするが、俺の手を掴んだせいで一層電撃が激しく貫く。
「あぅっ……! うぁあぁあぁっ!」
そうだ。苦しめ。痛みに悶えろ。ミリーナを騙った罪を自覚しながら絶命しろ!
「やめ……て……アレイヤっ」
偽物は目をあちこちに向けて、口から涎を垂らす。争う力も次第に弱くなっていった。
「お願……い……。死んじゃう、よ……」
うるさい。黙れ。お前が何を言おうとこの魔力を止めるものか。
「あっ、だめ……だめっ……うっ」
全身から汗を流し、鼻血を溢して、偽物は声を途切れさせた。焦げた匂いが充満し、力を失った偽物は倒れる。それからピクピクと痙攣するだけで、起き上がる様子は無かった。
やっと死んだか。目障りで不愉快な奴が消えて清々する。四色のわりには弱かったな。
「……どこだ、グリミラズ」
呆気なく死んだ偽物なんかにもう興味は無い。俺の憎悪の行先は、結局のところグリミラズだ。奴はどこだ。お前の刺客は殺してやったぞ。さっさと戻って来い。
「おやおや。物騒な事になってるじゃないですか。アレイヤ君はすっかり不良になっちゃいましたね」
俺の神経を逆撫でする声。グリミラズは、黒い腕に包まれながら俺の前へ出現した。当然のように『アブダクト・ブラックミスト』の転移で現れ、偽物の死体をじっと見つめる。
「酷いな、アレイヤ君は。せっかく愛しのミリーナさんと再会出来たのに。自分の手で殺しちゃうなんて。あぁ、なんて悲しい」
「白々しい。わざわざ偽物なんて用意して、俺を困惑させようって魂胆だったんだろ?」
「偽物? 何の話をしているんです?」
「とぼけるな! ミリーナはお前が殺したんだ! 生きてるはずがない!」
平然と嘘を吐くグリミラズに苛立ちが募る。全てお前が仕組んだんだろうが。人の死を冒涜しやがって。絶対に許せない。
「んー、君は勘違いしてるようですね。生徒の誤りは先生が正してあげないと」
グリミラズはクスクスと笑った。何が可笑しいのか、意味不明だ。
「僕らがこの世界へ飛ばされた時、ミリーナさんはまだ死んでませんでしたよ。僕が食べたおかげで、僕の中で生きてたんです。せっかく肉体を与えて自由にしてあげたのに、アレイヤ君のせいで今度こそ死んじゃいました。あー、可哀想なミリーナさん」
何を。こいつは何を言っている? 冗談にしても下手くそだ。ただ気分が悪くなるだけだ。
ミリーナが死んでない? グリミラズの中で生きていた? 理解出来ない戯言を、ベラベラと。
「黙れよ、この外道が!」
これ以上グリミラズの悪ふざけに付き合ってられるか。この狂った殺人鬼にトドメを刺してやる。
俺は全力でグリミラズに向かって走った。拳を引いて、突き出す。最大の力を込めて放った拳は、グリミラズの心臓を貫いた。
やけに柔い感触だった。《鋼被表皮》を使ってなかったのか? どうだっていい。俺の《剛》は今までに無いほどの洗練さを得て、ついに奴の命に食らいついた。
「……っ!」
グリミラズは吐血し、胸元を貫く俺の腕を見た。それだけだ。動こうとしない。心臓を潰されているのに、何事も無いかのように。
「なんと素早い。攻撃の所作も効率的でお見事です。強くなりましたね、アレイヤ君」
冷静に、グリミラズは俺の評価をした。俺の一撃が効いてないのか? そんなはずはない。だって心臓を貫いたんだぞ?
俺は腕を引き抜き、奴の傷口を空気に晒した。血はドバドバと溢れ、みるみるうちにグリミラズの命を削っていく。どこからどう見ても、死ぬ寸前なのは明らかだった。
「それ……でこそ」
短く呟いて、グリミラズは倒れた。《千里耳》で耳を澄ましてみたが、やはりグリミラズの心音は聞こえない。当たり前だ。グリミラズの肉体活動は停止し、完全に息絶えた。目の前には血溜まりに倒れる死体があるだけだ。
真っ赤な光景も、静寂も、グリミラズの死を証明していた。殺した。俺が殺した。やっと憎き敵を殺したんだ。
「終わった……のか?」
胸の高鳴りが収まらない。俺は復讐を果たせたのだろうか。こんなにあっさりと? いや、だとしても現実は現実だ。俺の見聞きしている現実こそが本物のはずだ。グリミラズは死んだ。あの強敵でさえ、死ぬ時は呆気なかった。
次第に高揚を感じた。達成感が全身を包む。俺は勝った。燃えたぎる憎悪の炎が、小さく小さくなっていく。
「はは、はははは。ははははははははははははははははは!」
俺は笑う。二人の死体に挟まれて、歓喜の叫びを解き放つ。
笑い声が古城に反響して、俺の声が幾重にも重なって、いつしか……。
笑い声は二人分になっていた。
「はははははは!」
「はははははは! 面白いですね、アレイヤ君!」
至極当然の結果の如く、奴はそこにいた。けろりとした表情で俺の隣に立ち、笑う。
グリミラズが、笑う。
「…………は?」
目を疑った。耳もだ。俺が世界と繋がる全てを、大嘘吐きだと罵倒したいくらいの衝撃だった。
グリミラズは死んでいなかった。炎を肩や腕に纏わせ、立ち上がっている。
「なんで……」
「あの程度で僕を殺したと思いました? まぁ殺せてはいましたけどね。あくまで、一回分の命を奪っただけですよ」
グリミラズが纏う炎はすぐに小さくなり、消えた。焼け焦げた服で体を覆うグリミラズは、指を鳴らした。すると無数の繊維がグリミラズの周囲に広がり、新品の衣服が出現した。それを着て、優雅に奴は歩く。
「前にも教えましたよね? これが僕の人術、《死食》。食事という『命を食べる』行為を過大解釈して会得した技です。僕が人を食べれば、その栄養はタンパク質でもビタミンでもなく『命』として消化・吸収される。食べた『命』は、こうやって使う事も出来るんですよ。死んだ自分を蘇らせたりとかね」
不老を現実にした、グリミラズの人術。その力の真髄を、奴は語る。
「死んだ人間が……生き返る?」
「そう。まさしく食べ物ではなく『命そのもの』を食べる能力。補充した『命』のエネルギーがある限り、僕は不老不死だ。肉体だって、生命エネルギーを消費していくらでも作り出せる。一度死んだくらいじゃ死にませんよ。蘇生の際に体が燃えちゃうのが難点ですけどね」
そんな人術があっていいのか。そんなの人より神の領域……。いや、『だからこそ』か。
人術はそもそも神に近付くためのプロセス。グリミラズの人術が、本来の目的に近いのだとしたら、奴の力は神にも及ぶ。信じがたいが、グリミラズは不死身の存在になっていた。
それって、それってつまり……。
信じがたい……というより、信じたくない仮説が頭を過ぎる。やめろ。考えるな。
その残酷な真実だけは、俺に理解させないでくれ。
「ふふふふふ。分かっちゃいました? アレイヤ君は賢いですからね。ミリーナさんは僕に食べられただけで、実は僕に殺されてはなかったんですよ。彼女の『命』はまだ僕の中で健在だった。文字通り、僕の中で生きていた。《死食》で肉体を作って、そこに彼女の『命』を吹き込めば、ほら簡単。ミリーナさんは生き返った訳です。……まぁ、でも」
グリミラズは影の中で微笑む。
「せっかく生き返ったのに、アレイヤ君が殺しちゃいましたけどね。あー残念。もう彼女の『命』は消えたので生き返れません。勿体ないなー」




