第96話 「その『本心』を信じるな」
先手必勝。逡巡する時間すら必要ない。《疾》で偽ミリーナの前へ近付き、首を掴んだ。後は《握》でその首を握り潰すだけだ。
「っ……!? アレ……イヤ……!? やめ……て」
偽物は苦しげな表情で俺の腕を掴む。俺の情に訴える作戦か? そんなものに俺は絆されない。絶対に。
「い……たい、よ!」
偽物は俺を蹴飛ばして俺から離れた。俺の《握》に耐え、腕を引き離すなんて。とんでもない力だ。
「かはっ……かはっ……! どうしたのアレイヤ!? 私だよ! ミリーナだよ! 忘れちゃったの!?」
首元を押さえ、息を整えつつ偽物は言う。黙れ。お前はミリーナじゃない。俺を騙そうとするな。
「『サンダー・グローブ』
俺の両手に電気が走る。人殺しに適した雷魔術だ。
「アレイヤ……なんで」
「うるさいな。偽物のくせに、俺の敵のくせに、ミリーナのふりをするな!」
消えろ。消えろ消えろ! 俺の前から。
「……もしかして、これがグリミラズ先生の言ってた『魔術』? アレイヤ、魔術師に何かされたの?」
何を言っているんだ。俺が誰に何をされたって? 俺は何もされていない。俺は正常だ。
「そっか。そうだよね。そうじゃなきゃ、優しいアレイヤがこんな事する訳ないもん。大丈夫だよ、アレイヤ。私が今助けるから。少し大人しくしててね」
偽物は立ち上がる。何だこいつは。俺を心配している? ミリーナの偽物のくせに。
それにしても首を絞めたのにダメージが薄いな。人術の強化の効力か。四色はグリミラズの《姿植》で才能を植え付けられている。こいつも例外じゃない訳だな。
「先生! グリミラズ先生! 先生ならアレイヤを元に戻す方法を知ってますよね? 私がアレイヤを抑えておきますから、その隙に……」
偽物は背後に向けて叫んだ。しかし視線の先にグリミラズはいない。
「ってあれ!? 先生どこ行ったの!?」
グリミラズは『アブダクト・ブラックミスト』で何処かへ転移した。俺達だけを残して。
「もー、こんな時に! 仕方ないな……私一人で何とかするっ!」
偽物は腰を低くして構えた。スマートな繊維が鋭く光る。
さっきからこいつの所作がミリーナと瓜二つだ。偽物なのに真似事の完成度が高すぎる。
何故だ? どうやってミリーナの印象を学んだ? ミリーナは死んだのに。
おかしい。いやおかしくない。おかしくない、はずだ。
「行くよ、アレイヤ! 《疾》!」
偽物はぴょんと床を蹴り、目にも留まらぬ速さで走り出す。《疾》は人術の基本中の基本だ。そして、そのスピードについていくために《光追眼》はある。
俺の目なら対応出来る。人術対決で負ける訳にはいかない。俺はあの教室で一番の人術使いだったんだ。
「《剛》!」
偽物の腕が俺を襲う。腕力強化の《剛》を上乗せしたパンチだ。だが、遅い。
俺は眼前の腕を掴んだ、物凄い力だが、押さえきれない程じゃない。握った箇所が袖だったから『サンダー・グローブ』の電流が流れていないが、少し手をズラせば電気が届く。
「流石だねアレイヤ。でもっ!」
偽物はニヤリと笑い、手首をくるりと回転させた。そして俺の襟を掴む。そのまま腕を曲げて、俺の体を引き寄せた。
「せーのっ!」
偽物は俺を背負い投げした。打撃かと思いきや投げ技。完全に意表を突かれた。受け身は何とか間に合ったが、思いっきり背中を打ってしまった。
そして、体勢が悪い。倒れた状態で上を取られた。これでは攻撃され放題だ。
「もっと行くよ!」
畳み掛けるように偽物は腕を振るう。流石に何度も食らってやる気は無かった。
体を転がして、俺は追撃を避けた。すぐさま立ち上がり、体勢を整える。
「調子に乗るなよ」
これ以上、ミリーナの姿でミリーナのように戦うな。目障りだ。偽物なのに。偽物なのに。偽物の……はずなのに。
『ファイア・バレット』。魔術名は名乗らない。言葉より先に殺意を乗せて火球を放つ。
「!?」
偽物は大振りな動作で火球を避ける。魔術に慣れていないのか、所作に動揺が混じっている。
「何、今の……? 魔術!? アレイヤが!?」
偽物は震えた声で言った。何を驚いている? 俺が魔術師である事はグリミラズから聞いてるんじゃないのか? 敵である俺の情報だぞ。知らずして戦えると思っているのか。
「…………」
もう一度だ。指先に魔力を集中させて、『ファイア・バレット』を撃つ。弾速は上げたつもりだったが、今度は向こうが的確に対応してきた。炎の軌道を見切り、余裕を持って回避される。
「アレイヤ……いつの間に」
偽物は俺から距離を置いた。俺を観察するように見つめ、深呼吸する。
「そっか。やっぱり凄いねアレイヤは。何でも出来ちゃうんだ。昔からそうだったよね。人術でも結局、私はアレイヤに届かなかったな……」
黙れ。黙れ黙れ黙れ。ミリーナみたいな事を言うな。お前が俺の何を知っている。
「でも、今だけは負けない! 今度は私がアレイヤを助ける番だから!」
やめろ。
その懐かしい優しさを、俺に向けるな。




