第95話 「失われた愛が戻るとしたら」
ミリーナは吹き抜けからふわりと飛び降りる。重力が職務怠慢したかのように、彼女の落下はゆっくりだった。空中を跳ねるように歩くその人術は、ミリーナの得意だった《天使散歩》に互いない。
ミリーナは着地し、俺の目の前に駆け寄る。二度と見れないはずの愛しい姿が、次第に解像度を上げて俺の視界に。
「っ!」
心臓が止まるかと思った。これは夢か? ありえない光景なのに、現実だと思いたくて仕方がない。
「アレイヤ! あぁ、良かった! あなたもいたんだね! もう会えないかと思って、どうしようって……」
ミリーナは顔を明るくさせて嬉し涙を流した。泣いている。笑っている。生きている。ミリーナが。
「もう会えないかもって、それは俺も……。いやそれより! なんで……」
「えっ?」
「お前、なんで生きてるんだ……? あの時死んだはず……」
「ちょ、ちょっと! 何それ! 冗談だとしても酷いよ! 私がいつ死んだの!?」
ミリーナは眉をひそめて怪訝そうな顔をした。嘘や誤魔化しは感じられない。俺の方が間違っているようにさえ思えてしまう。
でも、あの地獄のような光景は間違いなんかじゃない。共に暮らしてきた仲間達は無残な肉塊になって、ミリーナも首を落とされ絶命していた。ミリーナが生きているはずがないんだ。
「ねぇ、アレイヤ。様子おかしくない? やっぱり、こんな世界に飛ばされちゃったら平気でいられないよね」
ミリーナは俺の目をじっと見た。優しい瞳で心配する彼女に、懐かしい面影がある。
「ミリーナ、知ってるのか? ここが俺達のいた世界と違うって」
「うん。グリミラズ先生が教えてくれたの。私達、異世界に来ちゃったんだって。みんなに会えなくなっちゃったのかな……? どうしよう……。でも、アレイヤがいてくれて、私本当に安心したんだから!」
信頼しきった声で、ミリーナはグリミラズを「先生」と呼ぶ。そして、クラスのみんながまだ生きてるかのように語る。
俺がおかしくなったのか? 本当は誰も死んでなくて、全て夢だったらどれだけ嬉しいか……。
いや、違う。
あれは紛れもない現実だ。最悪な過去を無かった事にしようなんて、虫が良すぎる考えだ。
俺は忘れちゃいけない。目を逸らすな。復讐の始まりを。
「……! ミリーナ! それは!」
ミリーナが首飾りを下げているのが見えた。四色が着けていたのと同じネックレスだ。
「あ、これ? グリミラズ先生がくれたの。お守りだって。綺麗だよね」
ミリーナは首飾りに手を触れた。怪しく光るそれが、忌々しい物に思えて仕方なかった。
「駄目だミリーナ! それを外せ!」
咄嗟に俺は、ミリーナの首飾りを掴んだ。その瞬間、視界が揺らぐ。誰のものでもない声が頭を埋め尽くす。あるはずのない記憶が我が物顔で入り込んで、ただひたすらに主張するんだ。
「憎め」と。
「あ……あ、ああ、あ」
「アレイヤ? どうしたの?」
そうか。分かってしまった。俺は騙されていた。なんて事だ。真実が見えてしまった。
「ねぇ、アレイヤってば。顔が怖いよ? お腹痛いの?」
これこそが真実だ辻褄が合ったから間違いないそうだったのか許せない何とかしなくては俺が動かないと怒らないとこのままじゃああああああああああああああああああああああああああああ
「ね、ねぇってば! 聞こえてる? 本当にどうしたの!?」
はははははははははははははははははははははははははははははははははははは殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!! 憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め憎め!!
「おやおや。感動の再会じゃないですか。僕がいては野暮ですね。思う存分感動を分かち合ったら、その時に顔を出すとしましょう」
グリミラズは『アブダクト・ブラックミスト』の腕に包まれて姿を隠す。心にもないような薄っぺらな言葉を残して。
「待てよ」
俺が言ってもグリミラズは聞きやしない。転移魔術の発動速度は素早い。あっという間にグリミラズは何処かへ消えた。
逃げるなよ。まぁいいか。いずれあいつは殺す。まずは目の前の敵を殺さないとな。
「アレイヤ? 目が怖いよ……」
『ミリーナ』は怯えた顔で俺を見る。いや違うだろ。この女はミリーナじゃない。
「お前……偽物だな?」
「えっ?」
「ミリーナは殺されたんだ。生きてるはずがない。だからお前は偽物だ。あるいは幻覚魔術でも使ったのか。どうだっていい。ふざけやがって。そんなに俺をおちょくりたいのか?」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるの? 意味分かんないよ」
「ハナミさんに続き、ミリーナまで……。俺の知ってる人間を利用して、俺を惑わせるつもりか。姑息なやり方しか出来ないのか? そんなんで、俺が手を止めると思ったのかよ」
「ねぇどうしたのアレイヤ! なんで怒ってるの?」
「黙れよ。全部潰してやる。お前ら四色がグリミラズの味方をするなら、俺の敵だ!」
そうだ。動かぬ証拠があるじゃないか。四色のネックレスを着けていたこいつは四色だ。そんな当たり前の事に何故気付けない?
この偽ミリーナが四人目の『四色』だ。そうに違いない。
だったらここで死ね。ミリーナの姿を騙った事を後悔して地獄に落ちろ!




