第94話 「再会」
やっと、ここまで来た。
復讐が始まったのは……俺達の関係が終わったのは……あの日、あの教室で。
俺のクラスメイトを殺し、俺の愛する人を殺したグリミラズを、俺は絶対に許せない。
食い散らかされた皆の死体が、教室に充満した血の匂いが、どうしても忘れられない。奴を許すなと、俺に告げている。
「ミリーナ……」
俺が好きな人。俺を好きになってくれた人。
お前はグリミラズに裏切られた時、どんな思いだったんだ? 今となっては聞けやしない。でもきっと、恐ろしかったはずだ。絶望したはずだ。
だからこの復讐は、俺が果たさなくちゃいけない。
俺はハンドレド王国の古城に辿り着いた。大昔に遷都して以来、城としての機能を失った施設だ。今は観光地として管理されている。だけど、今日に限って誰も人はいなかった。まだ日中だと言うのに。
四色のネックレスを触った時に見えた光景と同じだ。やっぱり、グリミラズはネックレスに細工をして、俺が触った時だけこの場所を伝えるように仕組んでいた。本来なら四人のネックレスに触れてここを知る手筈だったんだろうけど、三人目にしてもう気付けてしまった。
ここにグリミラズがいる。そう確信して俺は進んだ。
「後少しだ、ミリーナ。俺の復讐は、やっと終わる」
ミリーナはここにはいない。天国にいるとしても、それは多分、俺がいた方の世界の天国だ。この異世界の死者の世界にはいないだろう。だとしても、俺は彼女の名を呼ぶ。この戦いへの決意を込めて。
「いらっしゃい、アレイヤ君。待ってましたよ」
案の定、グリミラズはそこにいた。吹き抜けの二階から俺を見下ろしている。ベランダへの扉を背にして、奴は廊下をゆっくり歩いた。
「……グリミラズ」
奴の姿を目視し、声を聞いた時。俺の心の奥底に眠っている憎悪の炎が再び燃え上がる。
「ここは昔お城だったそうですよ。いやぁ、広いですね。しかも、邪魔な一般人が誰もいない。まぁ、僕が追い払ったからですけど」
「殺したのか」
「まさか。か弱い有象無象を殺す意味なんてありませんよ。人術で人払いしただけです。コルクマン君も似たような人術を使ってましたね」
四色コルクマンは、《げにいみじ》という人術で野次馬を追い払っていた。手を叩くだけで人を驚かせ、逃げさせる技だ。四色に力を与えたのがグリミラズなら、グリミラズも同じ技を使えるのは当然という訳だ。
「僕と君、二人きり。因縁に終止符を打つにはお誂え向きだと思いませんか?」
「あぁ。思う存分戦えそうだ」
グリミラズが用意したこの舞台は、全力で戦うのに最適だった。広々とした空間で、周りに邪魔する人はいない。誰も巻き込まずに暴れられる。
「……強くなりましたね、アレイヤ君。『卒業式』の日よりもさらに。実に素晴らしい成長です」
「当然だ。俺はお前を殺さないといけない。お前に勝てるだけの力……そのためなら、どんな努力だって苦じゃなかった」
この世界で初めて手に入れた『魔術』の力も、俺は会得してみせた。最強の座を手にするために、必死に足掻いた。全てはこの日のため。復讐を果たすために。
「そうでなくては。ちなみに、知ってましたか? 君や僕が魔術を扱えた理由」
「何だと?」
「魔術は魔術六国の住人しか使えないそうです。ですが、外国……どころか異世界の住人である僕達が魔術を使えてしまっている。本来ならありえない現象だとは思いませんか?」
「この後に及んで授業か。まだ先生でいるつもりか?」
「まぁ聞いて下さいよ。人術と魔術は似ている。だから、人術使いである我々は魔術師としての素養があったんです。例外的にね。だから魔術師になれた。これって偉大な発見ですよ」
「何が言いたい」
「『魔人』。その存在は耳にしたでしょう? 魔の境地にあり、人なる者。僕はね、魔人の力に到達したいんですよ。魔人の文献を読んでから、それにばかり興味が向いてしまって」
グリミラズは一方的に喋った。耳障りだと思いたいのに、不思議とその言葉を無視出来ない。
「僕達なら辿り着けるかもしれませんよ。魔術と人術の両方を極めた人間であるならば、きっと」
「それがお前の目的か? 教え子を殺して、サナを殺して、ハナミさんまで巻き込んで!」
「いえいえ。僕の目的は生きる事。ただそれだけです。どの世界にいようと、どれだけの犠牲を払おうと……僕は絶対に死なない。死ぬ訳にはいかない」
グリミラズは静かに言う。奴は若い顔をして、100年以上生きている。人間を食って、《死食》の能力で不老を成し遂げていた。奴がここまで生き存えるために、どれだけの命が犠牲になったのだろう。
「君の命もいただきますよ。僕が生きるために」
グリミラズは口元を歪ませて笑う。捕食者の牙が、卑しく露出した。
「やれるものならやってみろ。死ぬのはお前の方だ」
殺意を磨き、集中力を高める。ただ一人の標的に向けて、俺の憎悪は剣のように。
今まさに殺し合いが始まろうとしていた。その時。
水を差すような足音が響いた。何故か、懐かしい音に聞こえた。
「……あぁ。ごめんなさいアレイヤ君。僕、嘘を吐きました。二人っきりではなかったですね。君に会いたい人がいるんですよ。お話してあげて下さい」
グリミラズは背後を一瞥した。奴の後ろから、小柄な少女が駆け足で近付く。
薄い黄色の髪がひらりと靡く。純粋さを映したような綺麗な瞳がこちらを向く。慈愛に満ちていながら、強さと優しさを兼ね備えている……彼女の美しさの本質が、全て表に出ていた。
何故そんな事が分かるか? 決まっている。俺が忘れるはずがない。見間違えるはずも……ない。
「ミリーナ……?」
ありえない、と理屈が答えた。
間違いない、と感情が答えた。
俺の中で矛盾が渦巻く。一瞬で思考が掻き乱されて、理解が追いつかない。でも、視線の先に立つ彼女がミリーナである事実は、どう足掻いても覆そうにない。
嘘だ。何故だ。そんな馬鹿な。
死んだはずのミリーナが……グリミラズに殺されたはずの彼女が……ここにいる。
「え……アレイヤ!? アレイヤよね!?」
ミリーナは俺を見つけ、声を弾ませた。俺を呼んで目を輝かせる彼女は、俺の記憶にあるミリーナと一寸の差も無かった。




