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復讐者はこの世界でも頂点を目指す  作者: くまけん
第六章 〜迫り来る四つの色〜
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第93話 「強さに溺れる」

 魔人。その単語を耳にして、フォクセルは不穏な空気を察した。

 以前、人術についての蔵書を漁っていた時に目にした単語だ。大昔のザファ民国は、『魔人』を自称する男に滅ぼされかけた。その男の使う妙な技は、人術に似ていた。ただの伝説に過ぎないと思っていたフォクセルだが……今再び魔人の名を聞いて、認識を改める。

 一国を滅ぼしかけた存在が、現実に?


「ラクゥネ。気を付けろ。来るぜ」

 フォクセルは金属探しを中断して『死にかけ』のラモーブに振り向いた。

「何が? まぁ注意はしておくわ」

 ラクゥネは拘束に使えそうな長ネジを拾いつつ、ラモーブから距離を置いた。フォクセルが警告する時は本当に危ない時だと知っているから。


 フォクセルの勘は今回も当たった。ラモーブは今、人を超えた存在へと変貌しようとしていた。

「ああ。ああああああ……!」

 ラモーブが腕を伸ばす。その腕が膨張し、まるで巨人の腕のようになった。腕から腕が伸び、足から足が伸び、首からいくつも頭が生える。

「……げぇっ!?」

 正気を疑うような光景に、フォクセルは思わず鈍い声を漏らした。フォクセルは古今東西のあらゆる魔術を知っている。魔術が使えなくても、魔術の知識は戦闘に役立つからだ。そんなフォクセルでも、今のラモーブの異形の姿は未知だった。

 魔術の効力でないとしたら、人術の効力か。不死の人術といい、体が化け物のようになる人術といい……。


「つくづく意味不明すぎるぜ」

 フォクセルは最後に残った一個の手榴弾を投げつけた。3メートル近くに膨れ上がったラモーブの体が、爆風で弾け飛ぶ。それがどうしたと言わんばかりに、ラモーブは再生した。それどころか、四肢や頭部が増殖してさらに大きくなる。

 こうなれば、剣の拘束など無意味だった。最早人間の定義を脱却した生命体に、心臓の傷は致命的になり得ない。剣ごと飲み込み、ラモーブの肉は天へ向かう。


「無意味な事続けちゃってさぁ……。僕ちゃんはもう、最強の魔人なんだよ!」

 無数の顔のうちの一つが口を開く。ラモーブの声色は低く、おどろおどろしかった。

 ラモーブは巨大な手を地面に叩きつけた。3メートルの高さから放たれる、六畳程の面積の掌は、計り知れない破壊力だった。家を潰し、通路を崩す。ここが廃墟街だから巻き込まれる一般市民はいなかったが、人通りの多い場所だったら既に5人は軽く死んでいる。

 フォクセルとラクゥネはすんでの所で避けた。だが直撃だけ避けても、衝撃はフォクセル達に届いた。風に押され、吹き飛ばされる。

「痛っ……!」

「くっ……!」

 フォクセルもラクゥネも落下の時に腰を強打し、すぐには立ち上がれなかった。ただ手を振り下ろしただけでこのダメージ。もし直撃すればぐちゃぐちゃにされるのは間違いない。


 これが魔人の力か。あまりにも異次元。魔術ならざる力によるそのエネルギーは、『魔術師狩り』のフォクセルにも手に負えなかった。

「そんな怪物になってまで強くなって……それでテメェは満足かよ!」

 フォクセルは倒れながら短剣を投げた。上空のラモーブの頭に刺さったそれは、かすり傷にもならなかった。

「強くならなきゃいけないんだよ。強くならなきゃ……みんな認めてくれない!」

 ラモーブは叫ぶ。彼の足がゆっくりと持ち上がる。今まさに、フォクセルとラクゥネが踏み潰されようとしていた。


「フォクセルさん! ラクゥネ姉さんも!」

 銃声が鳴り響いた。ラモーブの頭から足まで穴だらけになる。

 何事かとフォクセルは上を見た。屋根の上には、サブヴァータの構成員達が集まっていた。彼らは銃口をラモーブに向け、フォクセルへの攻撃を止めようと必死に銃を撃つ。


「テメェら……なんで来やがった」

 フォクセルは打撲した体を持ち上げ、部下達に「逃げろ」と命令しようとした。それを阻むかのように部下は叫ぶ。

「何か奇妙なものが見えたと思えば! 戦闘中じゃないですか! だったら早く教えて下さいよ水臭い!」

 サブヴァータ達の絶え間ない銃撃は、決してラモーブを絶命させるには至らなかった。それでも、射撃の量が多いと足止めされてしまう。傷を再生しないという選択肢が無いため、攻撃を受ける度に再生に時間を割かねばならない。

 総勢7人の一斉射撃。魔術でも人術でもない、些細な攻撃。それが今、魔人に届く牙と化す。


「雑魚共が……僕ちゃんを煩わせるな!」

 死にはしないとはいえ、流石に目障りに思えた。ラモーブは有象無象のサブヴァータ達をなぎ払おうと手を上げる。

 その時、ラモーブの全身は炎上した。『死んだ』訳でもなく、故に蘇生が始まった訳でもない。炎が上がるはずはないのだ。しかし、燃えている。

「……あ?」

 ラモーブ自身も現状を理解出来ていなかった。死んでいる間は痛覚が無いが、生きている間はある。本来ならラモーブを苦しめないはずの炎も、今だけは地獄の苦痛を与えた。


「がっ……あぐ……っなんで! ああああああ熱い! 熱いよぉ!」

 ラモーブは悶え、その巨体を震わせる。彼の絶叫は恐怖に満ちていた。

 燃えながら暴れるラモーブの周囲は危険だ。サブヴァータ達は銃撃をやめ一目散に逃げる。

 やがてラモーブは小さくなった。炎だけが勢いを増して、ラモーブ自身は人の姿へ戻っていく。


「おいおい。何が起きてやがるんだ?」

 意味の分からない現象に、フォクセルは頭を抱える。この場の誰も目の前の光景を把握出来ない。

 これは人術の暴走だ。イメージを確固たるものにしないと扱えない人術だが、『魔人』になれば一層制御が難しくなる。強い心を持っていない人間が魔人と化し、人術に頼れば、自ずと自壊へ向かう。

 人術は簡単に扱える力ではなかった。それをグリミラズは説明しなかったし、ラモーブはこの力が容易に制御可能だと勝手に思い込んでいた。

 強力な能力には代償が伴う。そんな当たり前の事にすら気付かずに。


 ラモーブの再生能力は『過大解釈』の影響を受けて極端になった。死んでもないのに体を治し、無意味に炎を生み出した。四肢や頭部を増やし、ぶくぶくと体を太らせた。過度な力は、持ち主さえも蝕んだのだ。

「があああああ……! 熱い! 熱い! なんでだよ! なんでだよおおおおお!」

 人の大きさに戻ったラモーブは、熱さから逃れるように地面に転がる。再生速度より炎が体を焦がす速度の方が速く、ラモーブはどんどん火傷に覆われた。

 蘇生を上回る炎の威力は、否応なしに『死』を連想させた。

「死ぬ! 死ぬのか……!? 嫌だっ! せっかく不死身になったのに!」

 ラモーブは地面を這って逃げた。どこに逃げようと、炎からは解放されないのに。

 無論、サブヴァータのメンバーは助けてくれない。突然苦しみ始めた敵を見て、ただ動揺するだけだった。


 這い蹲るラモーブを、皆が上から見下ろす。ラモーブはその視線に嫌な思い出しかなかった。

 ラモーブを馬鹿にした連中と似た視線だ。

「その目を……やめろ! なんでみんな……僕ちゃんを見下すくせに! 僕ちゃんが見下すのは許されないんだ! なんで上手くいかないんだ! 僕ちゃんの時だけ……くそ! クソクソクソぉ!」

 なまじ死ねないから、ラモーブの口は止まらない。再生を繰り返す喉で、ままならない世界への憎悪を吐き出す。

「……哀れな奴だな。テメェも」

 弱いが故に世界を恨み、戦う道を選んだ。ラモーブもフォクセルも、始まりは同じだった。『力』に甘えたか、『力』と向き合ったか、それだけの違いだ。

 楽に強くなろうとしなかったら、別の未来があっただろうに。その言葉を伝えるには、二人が出会うのは遅過ぎた。


「殺す……殺してやる! あいつらも……この社会も……グリミラズも!」

 ラモーブは立ち上がった。黒く焦げた、その体で。

 彼の復讐心は本物だ。憎しみに全てを委ねて生きてきた。その渇望を、グリミラズに利用されたのだ。感情に支配される人間は、操り人形に等しいのだから。


「あいつらが笑う……こんな世界なんて」

 それが最後の言葉だった。唐突にラモーブの再生は止まり、灰と化した肉体はボロボロに砕ける。不死の能力を失ったラモーブは、自らの復讐の炎で殺された。

 呆気ない終わりだった。呆気なさ過ぎて、ラモーブが本当に死んだかフォクセルは疑わずにいられなかった。

「よく分からねぇが……今は退くのが正解だろうな」

 灰の塊が動く気配は無い。何故『不死』の力が突然消えたのかは不明だが、とにかく今は安全に撤退するチャンスだ。


「おら! 行くぞテメェら! 衛兵が来る前にずらかるぞ!」

 騒ぎを聞きつけて来るのがサブヴァータ達だけとは限らない。この街の衛兵に見つかる可能性もある。怪我をした今、敵勢力に見つかるのは厄介だ。フォクセルの命令に反対する者はいなかった。

「イエッサー!」

 サブヴァータの部下達は声を合わせた。さっさと逃げようとするフォクセルだが、ふと何か落ちているのに気付いた。


「……ん?」

 灰の中に、ネックレスがあった。ラモーブが身に付けていたようには見えなかった。何故、ここにネックレスが?

 フォクセルは違和感を無視出来なかった。このネックレスはラモーブの体内にあったのが出てきたのだが、そんな事フォクセルには分かりようもない。


「何だこれ」

 フォクセルは短剣の刃先を使って、ネックレスを引き寄せた。熱せられたそれは素手で持てる物ではないが、ハンカチで包んで持ち運ぶのは出来そうだった。

 せめてもの戦利品として没収しておくか。そう思ってフォクセルはネックレスを奪った。普通のネックレスとは違う、何かが起こりそうな雰囲気があったが、ハンカチ越しに持っても何も起きなかった。当然と言えば当然の結果だ。


「どうしたんですか? フォクセルさん」

 部下の一人がフォクセルに尋ねる。フォクセルは「別に」と素っ気なく答えた。

 フォクセル達はここを去った。この勝利を、フォクセルは勝利だと思っていない。ラモーブが勝手に負けただけだ。

 結局の所ラモーブを『倒して』はいない。魔人の力に何も対抗出来なかった。今回はラモーブが力の暴走で死んだが、次に魔人が敵として現れたのなら……。


「きな臭くなってきたじゃねぇか。オレの知らねぇ所でよ」

 世界は、知らないうちに変わろうとしている。グリミラズが単なる賞金首ではないと、フォクセルは気付き始めた。

 黙って見ているだけでは、取り返しの付かない事になる。そんな予感がした。前持って手を打っておかなければ。


「ねぇ、これからどこに行くの?」

「今決めたぜ、ラクゥネ。ハンドレド王国だ」

「え? また? 何する気なのよ」

 ラクゥネは怪訝そうに首を傾げた。この言い知れぬ不安を拭う答えがどこにあるのか、フォクセルは知っていた。

「決まってんだろ? アレイヤん所行くんだよ」


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