第48話 「ここで区切りを付けさせて」
「デート!? なんで!?」
率直に出た言葉がそれだった。予想だにしなかった要求に、俺は思わず顔をしかめてしまう。エムネェスは不服そうに頬を膨らませた。
「もう! こんな妖艶な美人が誘ってんのよ。ハッキリ『はい』って頷きなさいよ男なら!」
いや当然のごとく言われましても。『アルコホリック・パーティー』で精神を弄られてる時ならともかく、素面の俺がエムネェスの誘いを二つ返事で受け入れなければならない理由は無い。
「だって、唐突すぎるだろ」
「何よぉ。手取り足取り順序よく教えなきゃデートの一つも出来ないの? あ、でもそーゆーのも可愛いかもね。……もしかして、ワタシの事嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
「じゃあ好き?」
「ずるいぞその聞き方ぁ!」
最初に否定しづらい質問をして、都合のいい二元論に持ち出すやり方! 交渉の常套手段! この女、酒が無くても人を操るのが上手いぞ!
「いい女はずるいの。で、答えは?」
「お前の事は嫌いじゃないけど……でも俺には」
復讐やグリミラズの話はエムネェスにも伝えたけど、まだ話してない事もある。
「俺には、好きな人がいるんだ」
ミリーナについてはこの世界の誰にも教えていない。俺が初めて愛し、これからも愛しつづける彼女。ミリーナがこの世からいなくなろうと、俺はずっと忘れられない。
「……そう。そうだったのね」
エムネェスは俺の腕から離れた。俯くエムネェスは、すぐさま声を大きくして両手を上げた。
「なっ何本気になってんのよ、もう! たかがデートで固く考えすぎでしょ!」
「えー? そういうもんか?」
「そう! 今ちょうど昼休みでしょ。一緒にご飯食べましょ。それだけでいいから。……ね? ダメ?」
エムネェスは目蓋を少し下ろして誘った。昼休みというか今は休日で、チャイムは昼に自動的に鳴るだけだ。でも、お腹が減ったのは紛れもない事実だった。
遊んでいる暇は無い。今日は修行のために学校に来た。でも、食事は大切だ。せっかく最近の俺はまともに食べられるようになってきた。今日を頑張るためのエネルギーを補給しなければならないし、そこにエムネェスが同行するのも何の問題も無い。
そう俺を納得させ、俺はエムネェスと一緒に食堂へ向かった。
魔術学校の食堂は何種類もあり、その一つ一つの広々としていた。内装はオシャレで食事も美味しい。本格的なレストランに引けを取らない、文句無しの食堂だ。
当然ながら席は空いていた。休日の食堂は普通、職員しか利用しない。
「おお? 今日学生さんのお客さんとは珍しいのな。しかも男女二人っきり。もしやデートなのな?」
この食堂の料理長であるハナミさんがフライパンを洗いながら俺達に目を向けた。彼女は長いコック帽を整えてコンロへ向かう。
エムネェスは元気よく返事した。
「うん! デートよ!」
「あーまぁそれでいいです」
面倒臭いので俺は否定しない。メニューを見て適当に選ぼうとすると、ハナミさんは「君らちょっと座って待っとくのな」と俺らを席に案内した。
「今日はあっしがオススメメニューを作ってやるのな。そこで談笑でもしてるがいいのな。若い二人の邪魔はしないのな」
ハナミさんはいつにも増してやる気になり料理を始めた。何か気を遣わせてしまったか。
「気遣わなくていいですよハナミさん」
「うるせえ喋んな。今のあっしは学生を腹いっぱいにして帰す事しか考えられない料理マシーンなのな」
ハナミさんに変なスイッチが入った。こうなってはハナミさんは止められない。彼女は無心で食材と向き合い、最高の料理を提供するだろう。邪魔してはいけない。
「そ、そうですか……」
俺はエムネェスと向かい合わせで座った。何か気まずい。何を喋ればいいんだろう。
「ふふ。アレイヤ、緊張してる?」
「いや緊張はしてないけど……」
エムネェスと食事するだけなら何も感じないだろうに、デートだと思うと変に意識してしまう。いや、それを『緊張』と呼ぶのか。
何を考えてるんだ俺は。エムネェスは「本気の恋はした事ない」と言っていた。俺との『デート』だって、深い意味は無い。言葉の綾だ。きっと。
「ねぇ、アレイヤ。あなたが好きになったっていうその子の事、教えて?」
水を飲みながらエムネェスは尋ねた。彼女が酒以外を飲んでる光景は久々だった。
「ミリーナの事か?」
「ミリーナちゃんって言うのね。アレイヤが好きになるくらいだから、きっといい子なのよね」
なんでエムネェスはミリーナの事を聞きたがるんだろう。まぁいいか。このまま黙っているのも耐え難い。ミリーナの話ならいくらでも出来るから、間を持たせるには丁度いい。
「あぁ! ミリーナはとっても優しいんだ! それでいて賢くて、俺が困った時なんかいつも……」
俺は語った。語りに語った。ミリーナと過ごした思い出を取り戻すかのように。失われたものの大きさを再認識するかのように。
言葉はほぼ無意識に飛び出ていた。言葉を取り繕う必要なんて無かったからだ。このままずっと話ていたいくらいだった。
「……そう。そうなのね。アレイヤは本当に、その子が好きなんだ」
エムネェスは俺から目を逸らし、水を指で掻き混ぜた。その動作で俺は我に返る。一方的に捲し立てられてエムネェスは困ったんじゃなかろうか。
「あ、あの、エムネェス」
「いいのよ。分かったから。分かるしかないじゃない。あぁ、本当に……」
その先の声は聞き取れなかった。《千里耳》を使い損ねた。
「え? 何て?」
「良し! 吹っ切れたわ! むしろ清々しい気分よ!」
エムネェスは急に立ち上がって叫んだ。脈絡の無い言動に俺は困惑する。
「へ?」
「ねぇ、アレイヤ。一つ聞いていいかしら? ミリーナちゃんの事が忘れられなくても、あなたはワタシの側にいてくれる?」
変な質問だと思った。そんなの答えは決まってる。
「そりゃそうだろ。これからも俺達は一緒だ」
クラスメイトなんだし。また登校日になればいつも通り教室に集まって、いつも通り授業を受ける。少なくとも一年間、そして二人とも優秀な成績を残せば来年も再来年も、同じ1組で学び続ける。一緒にいるのは当たり前だ。
何でそんな事をわざわざ聞くんだろう。俺が不思議に思っていると、エムネェスは顔を明るくして嬉しそうな笑みを溢した。
「ふふ。ふふふふふっ。ありがとうアレイヤ。やっぱりあなた最高にかっこいいわ!」
え? なんか褒められたんだけど。俺かっこいい事なんてしたか?
エムネェスが何故笑顔なのかは分からない。彼女は徐にゴミ箱へ近付いて、酒瓶を捨てた。
「エムネェス。それ、捨てていいのか?」
彼女にとっては大切なもののはずだ。いつでも手放さず、事あるごとに飲んでいた酒。それを易々と捨てるなんて。
「いいのよ。もう要らなくなったから」
そう言ってエムネェスは戻り、俺の隣に座った。
「ねぇ、アレイヤ。ワタシあなたの事好きよ。年下だからとか関係なくね」
「それって、どういう……」
「さぁ? どうでしょうね?」
エムネェスは普段通りに、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。それはまるで思考や理屈をごちゃ混ぜにして誤魔化す、アルコールの魔術のようだった。




