第7章 想い出
しばらくして茜のマンションに着くと、茜が二人を出迎えてくれていた。
「沙紀、今日の昼の電話、あれあまりにもひどくない?あっ、ハヤケン!!。昨日、今日とご苦労様。丁度、夕飯が出来たところだったからハヤケンも一緒に食べよ♪」
茜はそう言って部屋へと案内した。
「今日はお世話になりまーす。」
沙紀は靴を脱ぎ早速リビングへと入っていった。
「いやー、女の子の部屋に入るのに汗臭くて悪ぃな。」
健一は謝りながらリビングへと入った。
「気にしないで、野球どうだった?」
「早川凄いよ!!紅白戦でサヨナラHRやったんだから。」
「凄いね!?もしかして決勝の時以来?」
「うん、そうだね。イヤー、もう一度サヨナラ HR 打てるとは思っても見なかったよ・・・。」
健一は照れながら少し自慢していた。
ふと茜は沙紀が袋を持ってるのに気付いた。
「あれ?沙紀、何買ったの?」
「浴衣。早川が私の誕生日プレゼントに買ってくれたの。」
沙紀はかなり嬉しかったのか大はしゃぎしていた。
「あっ!?ごめん、すっかりプレゼント買うの忘れてた・・・」
茜はバイトがある晃と別れた後、夕飯の支度をする事で頭がいっぱいになり完全に忘れていた。
「ううん。私も早川に言われるまで気付かなかったから。さぁ料理食べよ。」
沙紀は茜をフォローするも少し寂しかった。
三人は沙紀の誕生日を祝った。
『沙紀、誕生日おめでとう!!』
健一は烏龍茶。沙紀と茜は赤ワインで乾杯した。
「美味しい!!夕飯まだ食べてなくて良かった~しかし、まぁ長山は幸せ者だな。」
冗談を言って笑う健一に茜はかなり照れた。
「もう、ハヤケンったら♪そういえば、さっきから気になってたんだけど口の傷どうしたの?」
茜の言葉で沙紀の動作が一瞬止まった。
「あ~デットボールくらっちゃってさ。全く昔から避けるのが下手で俺って相変わらずドジだよな~」
健一は戸惑うことなく明るく笑いながら嘘をついた。
沙紀は再び夕飯を食べた。
「あらら、それは痛かったろうに。沙紀、どうしたの?」
茜はさっきから急に無口な沙紀が気になった。
「えっ!?」
いきなり不意をつかれた沙紀は一瞬、動揺した。
「あ~二人で盛り上がってたから中々会話に入れないんだよ。沙紀って昔からそうだったからな~」
健一、ナイスフォロー。
「確かに、沙紀って話しだすと止まらないけど基本的には静かだからね。」
茜は健一の言葉に納得した。
「えっ!?そう?」
『そうだよ。』
驚く沙紀に健一と茜が同時に言った。
「そうかな?ねぇ後でカードゲームやらない?」
流れを変えるべく沙紀がいつもの明るい口調で言った。
「おっ、良いね~」
健一は、そんな沙紀を察したのか、盛り上げようとしていた。
三人は食事を終え、沙紀と健一は片付けを手伝った。
片付けを終えた三人はカードゲームで盛り上がっていた。
「早川弱いよ~♪」
沙紀は健一の弱さをからかった。
というのも健一はさっきから3連続で最下位になっていたのだ。
「チクショーまた負けた。お前、俺を嵌めすぎなんだよ!!」
健一はかなり悔しかったのか、かなりムキになっていた。
「ねぇ、せっかくだからアルバム見ようよ。」
その時、茜が棚からアルバムを取り出してきた。
「ウワー懐かしいなぁ小学校の時のアルバムじゃん。」
久しぶりに見るアルバムに健一はかなり驚いた。
「私も高校のアルバム持ってきたよ。」
沙紀も鞄からアルバムを出してきた。
「お前なんでそんなもん持ってきたんだよ!?」
健一は不意をつかれ驚いた。
「私が頼んだの♪晃ったら人にアルバム見せろって言うのに自分のは見せてくれないんだもん。」
晃は意外とシャイで自分のアルバムを人に見せたがらない質なのだ。
「まず、早川と茜の小学校のアルバム見よ。」
沙紀はそう言って茜と健一の小学校時代のアルバムを開いた。
「これ、早川でしょ。全然変わってないね~」
クラスの集合写真を開き健一を真っ先に見つけた沙紀は笑った。
「でしょ?ハヤケンに久しぶりに会ったとき全然変わってないかったから驚いたよ~」
茜もそう言って沙紀と一緒に笑っていた。
「そうかな~?これでも少しは変わってると自分では思っていたんだけどな~茜ちゃんはこれだよね。」
健一はそう言うと写真の人物を指さした。
「そうそう、これ私。」
「へぇ~茜かわいい~」
沙紀の言葉に茜は少し照れた。
他にも三人は運動会や学芸会の写真を見て、色々と盛り上がっていた。
「次は沙紀のアルバムを見ようよ。」
茜はそう言って、沙紀のアルバムを開いた。
茜は必死になってクラス写真を探していた。
「二人は晃と同じクラスだったのよね?何組!?」
「3―4組だよ。」
健一に言われた茜は3―4組の写ってるページへとめくった。
「制服ブレザーなんだね。あっ!!晃、やっぱりかっこいいね。沙紀とハヤケンはどれ?」
長山の写真を見て感心する茜に健一が写真に指さした。
「沙紀はこれ、俺はこれ。」
「ホントだ~ハヤケン、ブレザー似合うね。沙紀はちっとも変わってないね。」
「あぁ、殊に性格なんか・・・」
そう言う健一に沙紀は軽いエルボを繰り出した
「うるさいわねぇ~、アンタも人の事言えないでしょ!?」
「まぁ×2二人とも。あっ、そう言えば、晃から聞いたけど、沙紀って高校時代彼氏いなかったんでしょ?好きな人でもいたの?」
茜は早速、沙紀に揺さぶりをかけてみた。
「えっ!?う~ん?・・・いたよ。でも、そいつ、私の事を全く恋愛対象として見てなくてさ・・・」
そう言って、健一の方をチラッと睨む沙紀は近くに好きな人がいて一緒に遊んでいるのにどこか遠い存在だと感じていた。
「そっか。ハヤケンはどうだったの?」
健一は動揺し頭をかいた。
「えっ、俺!?う~ん?好きな人はいたけど…告白する勇気がなかったな~、なんせ、俺、女子と話すの昔から苦手でさ・・・。」
健一は自虐的に笑った。
「えっ、私達は女子じゃないの!?」
茜はおどけて笑った。
「あっ、いや、二人は女子だけど・・・う~ん?」
「要するにあれでしょ?茜は、少年野球で共に戦った仲間で、私は、中学時代からの付き合いがある数少ない親友なんでしょ?」
沙紀は溜息をつきながら健一をフォローした。
「そっ、そう。そう言う事。」
健一は頭を掻き汗を拭いた。
「二人ともダメ元で告白すれば良かったのに。」
ある程度知ってる茜はもどかしくなりボソッと言ってしまった。
「それが出来れば苦労しないよ。」
沙紀は寂しく呟きなんだか虚しくなった。
「だよな。……あっ、やべぇ、もうこんな時間。ごめん!!明日仕事あるから帰るわ。茜ちゃん、沙紀をよろしく頼むよ。」
そう言って健一は帰る準備をした。
「あら!?ごめんね~また遊びに来てよ。」
茜は玄関まで健一を見送るも沙紀は見送れなかった。
「もちろん!!今日は楽しかったよ。じゃあね~」
健一は明るく手を振り部屋を出るもなんだか寂しい気分になっていた。
恋話以降テンションが落ちていた沙紀は茜と二人で布団に入りながらまだアルバムを見ていた。
「茜、実は早川の怪我、あれデットボールじゃないんだ…」
沙紀は静かに呟いた。
「どういうこと!?」
「今朝、松中が私の家に来て私を襲ったの。その時、野球に行く待ち合わせをしていた早川が私を助けてくれて、その時、松中に殴られたの。」
茜は沙紀の衝撃的な事実に当惑し驚いた。
「そうだったんだ。沙紀、大丈夫?」
「うん。でも、私がいけないの。早川の事が好きなのに、一向にこっちを見てくれない早川に気を引かせる為に松中と適当に付き合ったから……」
沙紀はそう言って涙をポタポタと流した。
「沙紀は悪くないよ、あれは強引に松中が迫ってきたんだから。沙紀はいつからハヤケンの事が好きになったの?」
「自分の中で意識し始めたのは中2の時かな?遠足で私が転んで捻挫した時に早川が私をおぶって家まで送ってくれたの。それまでも、野球部のマネージャーと選手、クラスメイトだったから話す機会はそれなりにはあったし、野球部の中では前々から、かっこいいと思ってたんだけど、あれから、もっと早川と話したいと思って頻繁に話しかけたの。」
沙紀はそう言うと遠足の事を思い出した。
中2の高尾山の遠足。仲の良い美雪と知美の三人でゆっくり山を登っていた沙紀は足をくじいて捻挫をしてしまった。
「痛い!」
あまりの痛さに沙紀は倒れた。
「沙紀ちゃん大丈夫?」
心配する美雪と知美の近くでは早川と山登りが苦手な藤本が頂上を目指していた。
「早川君!!」
知美が健一を呼び止めた。
「沙紀ちゃんが怪我して動けないの!!美雪と私が沙紀ちゃんを運ぶのには限界があるし、沙紀ちゃんが可哀想だから二人共、手伝って!!私は先生に知らせるから。」
「わかった。後藤さん歩ける?」
捻挫した沙紀を健一は気遣った。
「うん。多分...」
知美は急ぎ足で頂上にいる先生に知らせに行った。
「藤本、肩貸して。」
そう言って健一は、藤本と一緒に沙紀に肩を貸して歩いて行った。
頂上近くまで来た所、知らせを聞いた担任がやって来た。
「後藤さん大丈夫?早川、藤本、、佐竹さんありがとう。後藤さんはバスに乗せて手当てするよ。」
担任はそう言うと沙紀をおぶりバスへと乗せた。
遠足が終わり学校で解散する生徒達。
「後藤さん、ご両親に迎えを頼むからちょっと待ってね。」
先生はそう言って電話をかけようとした。
「あっ、先生!!今日、うちの両親帰りが遅いんです…」
沙紀の両親は共働きな為、帰宅する時間が遅かった。
「じゃあ、携帯か仕事先の電話番号わ?」
「えっと~・・・あれ、・・・あれ?ない!!?」
沙紀は定期入れに書いてある緊急先の紙を探すも見つからず、遠足のしおりにも番号を書いてなかった。
「弱ったな~後藤さん、最寄り駅は小岩だよね?………!!」
その時、担任は一人適任者がいたのを思い出した。
「あ~、ちょっと、早川!」
帰ろうとした健一を担任が呼び止めた。
「後藤さんを送ってくれないか?」
そう、適任者とは健一だった。
「えっ、だって、普通、両親が迎えに来るんじゃ」
健一は驚いた。
「それが、両親が今留守でな連絡がとれないんだ。早川、お前、家近いだろ?」
健一の家は沙紀の家から歩いて5分の所にあった。
「…分かりました。」
健一は担任であり、野球部監督の意見に逆らえなかった。
「よし、決まり。後藤さん、早川が送ってくれるって!!」
担任は強行採決を下したことにより健一は沙紀を送ることになってしまった。
沙紀は健一の肩を借りて歩いて帰っていた。
この頃、健一は早稲田から引っ越したばかりで沙紀と同じ小岩に住んでいた。
「後藤さん、俺、最近引っ越したばかりで後藤さんの家の場所分からないから道案内よろしくね。」
「うん。私も2年前に越したばかりなんだ。」
「そうなんだ~地下鉄使う?」
健一は沙紀の足を気遣ってくれた。
「ううん。定期で帰りたいから四ッ谷まで歩くよ。早川君が使いたいなら良いけど。」
「いや、俺も出来れば定期で帰りたいから。」
「そうだよね~」
沙紀は健一と話を合わせ明るく微笑んだ。
麹町から四ッ谷駅まで歩いた二人。
二人は階段をおり総武線のホームに向かった。
階段を降りた所で沙紀が痛みを訴えた。
「痛っ!!」
「後藤さん大丈夫?」
健一は慌てて沙紀をベンチに座らせた。
「ちょっと足見せて!」
健一はそう言うと沙紀の靴と靴下を脱がし湿布を外して足の状態を見てみた。
「うゎ、無理しすぎだよ。痛かったでしょ!?」
沙紀の捻挫した足は紫色に腫れていた。
「平気だと思ったんだけど…」
「ばか、無理すんなよ!!」
健一はそう言うと沙紀の足に湿布をはめ、靴下を履かせようとした。
「痛っ!!」
しかし、沙紀が痛がったので靴と靴下は沙紀の鞄に入れ、千葉行きの電車に乗り座席に座った。
お互いに何か会話をしようとするが話が出てこない。
仕方なく二人は静かに車窓を見た。
そうこうしてるうち電車はあっという間に小岩へと着いてしまった。
小岩駅のホームを降りた健一は沙紀に肩を貸しながらエスカレーターで下り、改札を出た。その時、健一がしゃがんできた。
「おぶうよ。」
沙紀はいきなりの事に驚くも足の状態がかなり悪いため健一におんぶしてもらうことにした。
「変なとこ触らないでよ~」
沙紀はそう言って健一に念を押した。
「置いて帰ろうか?」
沙紀の言葉に少しムッとした健一は軽く脅した。
「ちょっ、ばか、やめてよ~」
焦った沙紀は慌てて健一にしがみついた。
「だったら変な事言うな!!俺だって女子をおぶってるの恥ずかしいんだから…」
健一の声がだんだん小さくなっていった。
しばらくすると二人は健一の家の前を通った。
「ここ早川君の家でしょ。」
沙紀はそう言って家を指差した。
「うん。後藤さんの家は?」
「私の家は次の十字路を右に曲がってその次を左に曲がって行くとあるの。」
沙紀に言われた通りに健一は歩いていった。
「早川君?私、重くない?」
沙紀は恥ずかしながらも健一に聞いてみた。
「べっ、別に大丈夫だよ!!」
健一は少し鼻白んだ。
「早川君?なんでおぶってくれたの?」
健一におぶられて居心地の良い沙紀は照れながらも聞いてみた。
「…その足じゃ歩くのは無理だと思ったから…」
健一は少し緊張しながら答えた。
「うん。そうだよね…早川君、私、なんだか迷惑ばかりかけちゃってるよね。ごめん。」
沙紀はそう呟くと目から涙が溢れていた。
「べっ別に!迷惑じゃねーよ。」
その一言で沙紀の涙が嬉し涙に変わっていった。
「ありがとう。」
沙紀は健一にそう呟くと更にギュッとしがみついた。
しばらくして健一は沙紀の家に着いた。
「ここ。」
沙紀は自分の家を指差した。
「よし、降ろすぞ。」
健一は沙紀をそっと下ろした。
「うん。早川君、今日はありがとう。」
沙紀は健一におぶられ心がときめいていた。
「あぁ。……あんまり無理すんなよ!!…じゃあ。」
健一は沙紀に対し平静を保ちながら手を振り帰っていった。
「早川君!!」
健一ともう少し話したかった沙紀は思わず健一を呼び止めた。
呼び止められた健一はピタリと止まり沙紀の方を振り向いた。
「なに?」
いざ話すとなると沙紀は何を話せばいいのか分からなかった。
「あっ、えっと、その…早川君、今日はいろいろ話せて楽しかったね。」
沙紀の口から辛うじて出た言葉だった。
「あぁ。…………また、明後日学校で会おうな。」
健一はそう言うと走って家へと帰って行ってしまった。
「うん。」
沙紀は少し物寂しかったが健一の事を思っていたら痛みが自然と和らいでいた。
「へぇー。ハヤケン素敵♪」
沙紀の話に茜は感動した。
「羨ましいな~♪本当になんで告白しなかったのよ!!」
茜は沙紀の事が羨ましかった。
「何度も告白したいって思ったわよ!!でも、フラれて早川との関係を失うのが怖かったのよ!!!」
沙紀はそう言うと押し殺した嗚咽を漏らしながらポロポロと涙を溢していた。
「あ~、それはそれで分かるかも・・・でも、沙紀はちょっと勘違いしてるよ~それは単なるハヤケンの照れ隠しだって。」
茜は沙紀が健一の性格を若干勘違いしているように思えた。
「ハヤケンも多分、沙紀の事が好きだと思う。今日の沙紀に対するハヤケンの接し方を見ていてそう思った。全く、あなた達二人は似た者同士で羨ましいわ~」
「早川が私の事を好きだって!?どこが~?」
沙紀は健一が自分の事が好きだとは到底思えなかった。
「うーん?どこがって言われても困るけど・・・何だろ?沙紀に対するハヤケンの細かい気配りとか・・・」
茜はそうとしか言えなかった。
「気配りね~・・・・」
「普通、親友の男が女に浴衣なんかプレゼントしないわよ!!それに、所々冷たく接するのも照れ隠しの一部なのよ。」
茜はそう言うと電気を消して眠りに入った。
(そうなのかな~そうだったら……良いな♪)
沙紀は淡い期待を胸に抱きながら眠りへと入っていった。