第5章 草野球
グラウンドで練習着に着替えた健一は早速、吉本監督の所に行き挨拶をした。
「よろしくお願いします。」
「顔どうしたの!?」
監督は健一を見るや否や、健一の殴られた凄い顔に驚いた。
「イヤー、昨日、階段から転んじゃって……」
そう言って誤魔化す健一だが顔の痛みがじわじわときていた。
「そっ、そっか…気を付けろよ。よし、全員集合!」
監督の呼び掛けにチームメイトがベンチ前に集まってきた。
「今日、野球に参加してくれる早川健一君だ。隣にいる女の子は早川君の幼馴染みの後藤沙紀さんだ。早川君、何か一言。」
「え~今日はみなさん。よろしくお願いします。」
一同は明るい挨拶をする健一に温かい拍手を送った。
「よし、早速キャッチボール→準備運動→ハーフバッティングをやるぞ。早川君、ウチのチームは素人の若者か心と体がついていかない中年の連中ばかりだから気楽に楽しみなよ。」
監督の激励に笑うチームメイトはグローブを持ちキャッチボールをし始めた。
健一もボールを手に取りキャッチボール相手を探していた所、一人の少年が声をかけてきた。
「早川さんキャッチボールやりましょう。」
「ありがとう。君の名前は?」
「武山剛 19 歳。早川さんはいくつですか?」
「俺は 22 歳。よろしく。」
健一はそう言って握手をし武山と一緒にキャッチボールをし始めた。
一方の沙紀はベンチで健一が楽しそうにやっている姿を微笑ましく見ていた。
(良いな~早川。なんだか楽しそう!!)
「後藤さんもキャッチボールやらんか?」
そんな沙紀に監督がふとグローブを差し出してきた。
「そうですね、やりましょうか。」
沙紀は明るく微笑み監督とキャッチボールをする事にした。
少年野球をやっていた沙紀は普通の素人よりは巧かった。
「後藤さん、巧いね~野球やってたの?」
沙紀のプレーに感心した監督は訊いてみた。
「ええ、少年野球を4年~6年の時に。」
「もしかして、外野守ってた?」
「そうですよ。よく分かりましたね!?」
いきなり当てられた沙紀は驚いた。
「なに、勘じゃよ。ちなみにチームは?」
監督の長年の経験による勘は健在していた。
「戸山チーターズです。」
今度は逆に監督が驚いた。
「本当に!?どうりで巧いわけだ。」
チーターズは今は古豪と言われているが、昔は新宿区内の少年野球最強チームと言われていたのだ。
その頃、ハーフバッティングをやっていた健一は武山からチームメイトの説明を聞かされていた。
「今、右で打ってるのはキャプテンでセカンドの豊田さん。で豊田さんに投げてるのがエースの伊東さん。」
「武山!代われ」
キャプテンの豊田が呼び掛ける。
「はい。じゃあ打ってくる。」
武山は打ちに行き、今度は豊田が健一に話しかてきた。
「早川さん、武山面白いでしょ。」
「ええ、とても良い人ですね。」
「まぁ、チーム一のお人好しだからね。早川さん。武山が終わったら次、打てください。」
「はい。豊田さん、これからもよろしくお願いします。」
健一はそう言って打ち終えた武山と代わり練習していた。
健一は9年ものブランクが有るにも関わらずバットコントロールは鈍っていなかった。
豊田と武山はそんな健一の実力に驚いた。
しばらくして、監督が集合の声をかけ一同はベンチへともどるのであった。
ベンチに集合した健一達は監督の指示を聞いていた。
「よし、今日はちょうど 18 人いるから紅白戦をしよう。チームと打順はさっき適当に決めたから、紙を見てくれ。」
沙紀は監督の手際の良さに驚いた。
紙をみる健一達。白組は一塁ベンチ、紅組は三塁ベンチ。
健一と武山は白組。
健一は3番レフト、武山は4番サードだ。
「じゃあ、今、14 時だから 10 分後試合をする。先攻は紅組で行く。」
そう言って監督は一塁側ベンチに入っていった。健一も武山と一緒に一塁側ベンチで休憩しにいった。
「紅組はエースの伊東さんだから、頑張ろうね。」
健一を激励する武山だが健一は更に緊張してしまった。
「早川、頑張ってね。」
沙紀が声援を送る。
「あぁ、いきなりの試合は緊張するけど頑張るよ。」
「まぁ、紅白戦=練習試合だからあまり緊張しないで目一杯楽しんでこい。」
監督は、そう言って健一の緊張を和らげた。
「はい。楽しんできます。」
健一はそう言ってグローブを持ち守備についた。
14 時 10 分試合が始まろうとしている。
紅組はエースの伊東、白組は二番手投手の舩木の投げあいで始まった。
白組の舩木は球が速く1回から3回までは三者凡退に抑えた。
紅組の伊東は初回、健一から三振をとるが、健一からは全打席フルカウントで粘られかなり苦しめられた。
立ち上がりピリッとしない伊東は3回までに2失点を食らってしまった。
4回、白組の舩木は突如乱れ2失点を食らう。
一方の伊東は徐々に調子を上げ三者凡退に抑えてきた。
5回の表2アウト2塁一打逆転のピンチでレフトに打球が飛ぶも健一、くしゃみをしボールが頭に当たる。
「はっくしょん!!痛ぇ~ウワッやべぇ!!」
ランナーは3塁を回っていたのだ。
慌てて前に落ちたボールを拾い、送球する健一。
ランナーはチーム1俊足の福西。
ホームに向かい全力疾走。
しかし、健一の強烈な送球がキャッチャーのところにやってきた。
いわゆるレーザービームと言われるやつだ。
福西はスライディングをする。
タイミングはほぼ同じだ果たして・・・・・
「アウト!!チェンジ!」
若干健一の送球が先に来ていた。
強烈な送球で強肩を披露した健一はベンチへと戻った。
監督は驚き刺された福西も呆然。
「早川、凄いよ!」
沙紀は久しぶりに見た健一の強肩に感動していた。
「あ~頭がボーっとする。」
健一は冷えたペットボトルで頭を冷やしていた。
健一の頭には軽くタンコブが出来ていた。
舩木はその後立ち直り6・7回を三者凡退に抑える。
伊東も二者凡退に抑え7回裏の最後の打者を向かえる事になった。
そして、その最後の打者は健一だった。
健一は今の所、見逃し、四球、三ゴ。という内容で伊東にやられていた。
ちなみに武山は左安、空振り、空振りと言う結果だ。
チームは2―2の同点でアウトになれば引き分け。
「早川、頑張れ!」
沙紀や白組ベンチが応援する。
ふと沙紀、あることを思い出す。
(早川の打撃フォーム見覚えあるんだよね~う~ん?思い出せない。)
沙紀は改めて健一を見た。
どっしりとした大きな構えで何かやってくれそうな雰囲気をかもしだしているように見えるフォームだ。
健一は伊東を相手にまたしてもフルカウントまで持ち込んだ。
伊東は次の武山に回しても良かったのだがエースとしてのプライドが許さなかった。
(打てるもんなら打ってみろ。)
伊東は外角低めのストライクギリギリのコースに渾身のストレートを投げた。
健一は迷わず腕を伸ばしおもいっきり振り抜いた。
打球はレフトの柵を越えサヨナラHRになった。
茫然自失の伊東。
(あの時と同じだ!!)
沙紀は打球を見ると同時に昔の少年野球の都大会地区予選決勝試合を思い出した。
少年野球都大会地区予選新宿区決勝。
早稲田モンキーズVS戸山チーターズ
現在延長9回裏の2アウト、モンキーズの攻撃。1―2でチーターズのリード。
沙紀はレフトを守っていた。
(よし!後一人で3年連続都大会出場だ。原田なら大丈夫。)
味方の投手に期待する沙紀だが、打席に立った瞬間の健一の構えとオーラに迫力を感じ、警戒し後ろにさがった。
(・・・・)
顔はよく見えないが健一の打撃フォームと、かもしだすオーラに沙紀は一目惚れした。
すると健一が原田の初球を打った。
(えっ!?嘘でしょ!?)
打球は沙紀の方に飛んできたので、沙紀は必死に打球を追い掛けた。
しかし、打球は見事に奥の土手の所に飛びHRとなりチームはサヨナラ負けをしてしまい試合終了。
両チーム握手をし終えた後、チーターズの一同はベンチで肩を落とし皆泣いていた。
「皆、良く頑張った。」
監督が全員をなぐさめた。
健一の打ったHRボールを拾った沙紀はこっそりと鞄の中にしまった。
少年野球の時みたいにHRを打った健一はホームを踏みベンチに向かう。
「健一君凄いじゃないか。」
監督は健一を誉め称えた。
「本当に驚きましたよ。サヨナラHRは小6の地区大会以来なんで嬉しいっすよ。」
健一はそう言って笑った。
(あれ、やっぱり早川だったんだ~♪)
沙紀は健一の一言で確信し初恋の人が健一だったと知り嬉しくなった。
その後、全員グラウンドの片付けをやり反省会を行い、健一はお礼を言っている。
「今日は野球をやる機会を頂きありがとうございました。」
健一に対し称賛の嵐が舞いチームメイトは拍手をおくった。
「良かったらこれからも一緒に野球やらないか?」
監督が健一に言う。
「はい。これからもフェニックスの一員としてよろしくお願いします。」
それを聞いた瞬間大喜びのチームは更にボルテージが上がった。
「後藤さんもマネージャーとして入ってくれる?」
監督が沙紀に言った。
「私も喜んでチームの一員になります。」
沙紀はしゃいで言った。
チームメイトは美人マネージャーもついてくることになり更に喜びテンションが上がった。
一方の健一は沙紀の言葉に不意をつかれた。
皆はこの後用事があるらしく、反省会を切り上げ解散した。
健一は武山と豊田にアドレスを教え帰ろうとした。
その時、伊東が健一に話しかけてきた。
「今日は楽しかったよ。」
「はい。これからもよろしくお願いします。」
「コチラこそよろしく。」
二人は握手をし、伊東は健一にアドレスを教え帰っていった。