第1章 8月1日
8 月 1 日金曜日。
23 時。
後藤沙紀と上村茜は大学の帰りに後楽園で一緒に遊んでいた。
「沙紀、あたしそろそろ帰るね。」
「え~茜もうちょっと遊ぼうよ~」
親友の茜を引き留めようと沙紀はだだをこねた。
「あたし明日、晃とデートがあるから早く帰りたいの!!」
「そこをなんとか。」
「ダ~メ!!」
必死に頼む沙紀に対し茜はあっさり断った。
「フゥ分かったわよ。じゃあまたね。」
観念した沙紀は溜息をつき茜を見送った。
「うん。じゃあね。あっ、それと、沙紀、あんまり遅くならないで帰りなよ~」
「分かってるわよ!!」
茜の言葉にむきになる沙紀は一人寂しくラクーアを歩きはじめた。
「あ~暇だな~これから何して遊ぼっかな~?」
悩んだ沙紀ではあったがふと良い考えが浮かんできた。
「そうだ。久々に早川の顔覗きに行こぉ~♪」
そう思った沙紀は健一が働く喫茶店に向かって歩き出した。
沙紀が店に向かっている頃、健一と元治は店終いを一通り終えアイスコーヒーを飲んでいた。
「じいちゃん、お疲れ。」
「あぁ、お疲れさん。」
二人は乾杯し至福の時を過ごしていた。
「ハァ~♪じいちゃん、今日も黒字?」
「あぁ、あたぼうよ~」
元治はそう言うと早速お金を数えていた。
「じいちゃん特製の夏限定メニュー、冷製パスタや冷製スープが好評だからね。」
満面の笑みで札束を数え大喜びの元治を健一は更にヨイショし煽てた。
「チュウ・チュウ・タコ・カイナ♪アホ、ワシを煽てても何も出んゾ(笑)」
「チェ~」
その時、元治は窓の外から店を覗いている沙紀と目が合った。
「!!」
「!!」
ふと、ひとけを感じた健一は窓の方へと振り向いた。
しかし、そこには誰もいない。
「じいちゃん。今そこに誰かいなかった?」
健一は首を傾げながらカウンターの方へ目を落とした。
「いや誰もおらんよ。」
健一が振り向くのを察知し慌ててその場にしゃがみ込んだ沙紀が再び現れた。
そんな沙紀に元治はウィンクをした。
ホッとした沙紀は一礼すると照れながら別の場所に隠れた。
「そうだよな....」
さっきから嫌な気配を感じる健一はもう一度振り向いてみた。
沙紀はこの時は別の場所で健一を待っていた為、当然居るわけがない。
「よし、健一。お前、今日はもう帰って良いぞ!後はワシがやっとく。」
「えっ、良いの!?」
「あぁ、明日、昌彦とのゴルフがあるから早いんじゃよ。」
「あぁ~ゴルフね~、もうそれなりにいい歳なんだから、あんまり無理すんなよ。」
健一は鞄を背負い、元治を気遣った。
「うるせぇ(笑)」
「じゃあ、おやすみ!」
「あぁ、おやすみ。」
店を出る健一に元治は笑いながら応えアイスコーヒーを飲んだ。
店を出た健一は人影を見るも、健一は無視して歩いていた。
そんな健一に対し沙紀は少し遅れて歩き声をかけた。
「お疲れ♪」
後ろからついて来る沙紀を健一は無視した。
「丁度この近くで遊んでたからさ、一緒に帰ろうと思って・・・」
微笑む沙紀だが健一は沙紀を見ないでそのまま歩く。
「ちょっとなんで無視するの!!」
無視され沙紀は少し寂しく感じた。
駐車場に着いても健一はしばらく無視を貫いた。
そんな健一に対し、沙紀は黙って立ち止まった。
健一は、急に立ち止まった沙紀が気になるも駐車場に向かう。
その時!?
「キャ!!」
沙紀の身に危険が起きたと思った健一はすかさず振り向いた。
しかし、沙紀の身に危険は起きていなかった。
沙紀の芝居に騙された健一は、しまったと頭をかいた。
沙紀はそんな健一を見てニコリと笑った。
「ヤッパリ聞こえてたんじゃん。」
「なんだよ!俺、お前の相手をしてるほど暇じゃねぇんだ。勘弁してくれよ~!」
そう言って鍵を開け車に乗る健一に沙紀はすかさず助手席に座りシートベルトを締めた。
「たった一人の女友達が親友の帰りを待ってるのよ!むしろ感謝しなさい!!」
「あれ?お前、女だっけ?」
「早川?殴るよ?」
沙紀はそう言うとシートベルトを外しげんこつを作った。
「あ~、悪かった、分かったよ~ったく。」
「よろしい。さて、運転手さん、私の自宅まで送って下さいな♪」
沙紀は屈託のない笑顔で健一に微笑みシートベルトを締めた。
「わかりやしたよ~」
健一はエンジンをかけ車を走らせた。
あきらめて運転する健一は自分の好きなスピッツを流した。
「これチェリーでしょ。」
健一に曲名を聞く沙紀。
「あぁ、そうだよ。」
「この曲良いよね~♪」
「そうだな。」
運転に集中しながら健一はスピッツを聞き癒されていた。
一方の沙紀もスピッツの曲を聞いて助手席でうっとりしていた。
しばらくして、車は沙紀の家に着き二人は降りた。
「早川ありがとう。また送ってね。」
「またぁ!?いやぁ、それは勘弁してくれ~」
嬉しそうに微笑む沙紀に健一は鼻白んだ。
「じゃあね。」
笑顔で手をふり沙紀は家の中へ入っていった。
健一は沙紀を見送り、ホッとため息をつくと車を走らせ自分の家に帰っていった。
一方、沙紀は部屋で高校の時、健一と撮った2ショット写真を見て懐かしがりそうに眺め、微笑んでいた。
高校時代の修学旅行。沙紀は階段を上がり8月の函館の夜景を見ていた。
「うわぁ~綺麗な夜景!!」
辺り一面、宝石のように輝く綺麗な函館の夜景に沙紀は感動していた。
沙紀は健一を捜した。
健一は親友である長山晃とその彼女の近くで一人夜景を楽しんでいた。
辺りを見回し直ぐ健一の姿を見つけた沙紀は、いつもの調子で健一の所にやってきた。
「よっ!!」
「オゥ。夜景、綺麗だな。」
「ね~。でもさ、早川。長山君を見習ったら?」
健一は彼女と夜景を楽しんでいちゃついてる長山に目をやった。
「彼女作りなさいよね~」
沙紀はさりげなく自己アピールをしながらも健一を肘でつきからかった。
「アイツはアイツだ。てか、そう言う沙紀こそ彼氏作れよな!!」
健一は沙紀にだけは言われたくないと言う頑固さがあった。
「彼氏ね~私、あんまり男に興味無いんだよね~」
そう言って沙紀はため息をついた。
「お前、まさか・・・・これ?」
健一はレズ?の合図をしてみせ沙紀をからかった。
そんな健一に対し沙紀は無言で健一の足をギュッと踏んだ。
「痛ってぇ。」
あまりの痛さに健一は思わず飛び上がった。
「ばか、誰がレズよ!!」
健一に肩透かしをされ今度は沙紀がムキになっていた。
「冗談だよ。」
少し足がジンとくる為、健一は軽くさすった。
「全く。私、今は好きな人としか付き合いたくないの!!」
健一は沙紀の意外なカミングアウトに少し驚いた。
「へぇー。沙紀も苦労してんだな。」
「(誰のおかげで苦労してるとおもってんのよ。)」
思わずため息と同時に沙紀の本音がチラリと漏れてしまった。
「ん!?」
健一は沙紀の愚痴がよく聞こえなかったようだ。
「いや、なんでもない。」
幸い小声であったため聞こえなくて済み沙紀はホッとした。
しばらくの沈黙の中、二人は函館の夜景をボーッと見つめていた。
(あなたの事が好き!!)
沙紀は健一に対する恋心で心臓が高鳴っていた。
(お前の事が好きだ!!!)
それは健一も一緒だった。
(『その言葉、その言葉が言えたら…』)
二人同時に溜め息をつき虚しくなった。
しかし、夜景とは不思議なものである。人を惑わす力を秘めているのだろうか?
なんと、健一が沙紀に話しかけてきたのだ。
「沙紀。」
健一は緊張するも普段どおりの口調で沙紀に話しかけてきた。
「ん!?」
突然健一に話しかけられ驚いた沙紀は密かに期待していた。
(エッ!?まさか、とうとう告白!?)
このムードでこのタイミング。沙紀はキターと思った。
「せっかくだからさ、一緒に夜景をバックに写真撮らないか?」
しかし、健一はさすがに告白する勇気が無かった。
「エッ!?」
沙紀はちょっとした肩透かしを食らってしまった。
「あっ、いや、別に嫌なら辞めとくが、高校最後の修学旅行で中学からの唯一の親友とさ、記念にどうかなっと思ってさ……」
健一は沙紀の反応にかなり動揺しながら頭をかき少し照れていた。
「(親友・・・・)ううん!!全然嫌じゃないよ!!そうだね~私達なんだかんだで中学から高校、同じ学校に進学してしかも6年連続同じクラスなんだもんね~♪♪」
健一の言葉に逆に焦った沙紀は快く承諾した。
沙紀の反応に安心した健一は長山を呼んだ。
「おいっ長山!!写真撮ってくれ。」
長山と長山の彼女は健一の所にやって来た。
「はい、これ。ちゃんと夜景撮れるやつだから。」
健一はそう言ってカメラを渡した。
「お前、クラスのマドンナとの2ショットなんて憎いね~♪♪」
長山はそう言って健一をからかった。
「まぁ、沙紀とは幸か不幸か知らんけど、中学からクラスがずっと一緒だし、唯一の親友だからな。」
長山の彼女が長山をチラリと睨んむのを見て健一は平然と言いのけ長山をフォローした。
「(親友か・・・・)」
沙紀にとってそれは最高の誉め言葉であると同時に傷つく言葉でもあった。
「じゃあ撮るよ。沙紀ちゃん、もうちょっと早川にくっついて。」
長山に言われた沙紀は健一にくっついた。
健一と沙紀は緊張がピークに達していた。
沙紀はそれでも頑張って健一の右手を繋ごうと試みた。
「ハイチーズ!!」
その時、健一は右手でピースをした。
沙紀もとっさに繋ごうとした手でピースをした。
写真の二人はとても良い笑顔で、健一の右手と沙紀の左手がぶつかってるように見えピースがWになっていた。
「早川と撮った唯一の2ショット写真だね。」
写真に向かってそう呟くと同時に沙紀の目からは涙がポタポタと零れ落ちてきた。
「あれ?なんで私、泣いてんだろう………」
沙紀は中々自分の気持ちに素直になれず苦しんでいた。
「…………どうして早川に好きって言えないんだろ?近くて遠いよ……」
沙紀は嗚咽を押し殺しながら一人寂しく泣いていた。
両親は銀婚式を祝うため温泉旅行に出かけており、家には一人っ子の沙紀しかいなかった。
しばらくして、ある程度落ち着いた沙紀は、ある決意をし、電話をかけた。
「もしもし、うん。私。明日、話があるから。」
「うん、わかった 12 時ね。じゃあね。」
電話を切った沙紀の顔は晴れやかな表情だった。
そして一つため息をつき写真を持ちながらリビングに行き一杯飲むのであった。