表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷たい部屋  作者: 竜胆
5/5

アネモネ

入院五日目です。

起きたら、カーテン越しに明るい光が射していた。六時過ぎだった。ベッドの上でストレッチ体操をした。

顔を洗い歯を磨いた。日記帳に眠れたと書いて、天気と気分を○と書いた。ジャンパーを着て、エレベーターに乗り一階に降りて、喫煙所まで歩いて行った。晴れている空を見上げながら煙草をゆっくりと吸った。


病棟の部屋に戻り、洗面所で手を洗ってうがいをした。

衣装ケースを見て、服をクローゼットに入れなくて良かったな、と思った。気力が無くて、衣装ケースに服を入れたままにしていたのだった。


朝ごはんは果物がいつも付いていた。今日は半分にカットされたバナナだった。一番最初に摂食障害でかかった精神科病院の担当の女医さんに「バナナを食べなさい」と言われてから、バナナだけは進んで食べていた。一人暮らしの家ではバナナとホットミルクが私の主食だった。

カットバナナと牛乳パックの牛乳を飲んだ。他のご飯やお味噌汁、オカズには箸をつけなかった。

お盆を返しに行って、看護師さんがチェックされて「食べていませんね」と言われた。


部屋に戻り歯を磨いた。

日勤の看護師さんと看護助手さんが薬が入ったカートを押しながら部屋に来られた。強面の看護師さんだった。検診と問診をして下さった。「眠れましたか」と強面の看護師さんに聞かれて、「はい、昨夜は眠れました」と言うと「良かったですね」と言われた。朝薬を渡されて飲んだ。「今日退院ですね。おめでとうございます」と彼に言われて、入院した時の私の取り乱した姿を見られていたんだったと恥ずかしくなった。「お世話になりました」とだけ言った。


退院するから、部屋の掃除をしたかったが体力の限界を感じてやめた。

昨日、お風呂に入っていなかったから、シャワーだけ浴びる事にした。

部屋に鍵を掛けて、衣装ケースからタオル二枚と下着を出した。髪をタオルで巻いて、シャワーを浴びて石鹸で身体を洗った。泡を洗い流して、タオルで身体を拭いた。浴槽をシャワーで洗い流した。身体にボディクリームを塗って、浴室を出て下着を身に付けて、衣装ケースから長袖のカットソーと茶色の分厚いセーターとジーンズと靴下を出して身につけた。ジャンパーを羽織って、寒さ対策をした。


描いている途中だったヒヤシンスの絵を描こうと机の椅子に腰掛けて足にストールを巻いた。植物の細密画を見るのが私は好きだった。自分でも描けるようになりたいな、通信講座で習おうかな、と考えながら描いていた。ボールペンしか持って来ていなかったから、色をつける事が出来なくて、花弁の明るい部分や影になっている部分をボールペンだけで描いていた。


昼ごはんを知らせるチャイムが鳴り、部屋を出て食堂まで昼ごはんを受け取りに行った。ソファーが置いてある、憩いのスペースに行きオカズの蓋を開けたら、メインは天ぷらだった。食べる気が起きずにご飯やオカズの絵を描いてから、新じゃがの粉ふき芋だけを食べた。

食堂にお盆を返しに行ったら、看護師さんにチェックされて「食欲が無いですか」と心配そうに聞かれた。「油物は苦手なんです」と私は言った。昼薬を貰って飲んだ。


部屋に帰って歯を磨いた。煙草を吸いに外に出て、煙草を吸い終わってから、ガムを噛みながら子ども外来まで歩いて行き、カウンセリングの女性の先生を訪ねて行った。子ども外来の受付の看護師さんに「先生はおられますか」、と尋ねたら先生が「文さん、どうしたの」と出て来られた。先生に、「五日前の夜に入院したんです。今日退院します」と私が言うと、少し驚かれていた。

「庭を歩きましょうか」と子ども外来の中庭を先生は案内して下さった。小さな池もあった。「ビオトープなのよ」と先生は説明して下さった。周りにアネモネがたくさん咲いていた。赤、白、ピンク、紫、薄紫のアネモネを見ながら、私は先生に「先生、アネモネ好きなんです。可愛いですよね」と言った。先生は「うふふ」と笑っておられた。アネモネの写真を私は一輪ずつ撮った。先生に花の写真を描いていると説明した。先生は「今度見せて下さいね」と仰った。

「また外来でお話ししましょうね」と先生に言われて、私は「はい、また二週間後にお願いします」と頭を下げた。


子ども外来から歩いて病棟の部屋に戻り、早速アネモネの絵を描いた。写真を見ながら、やはりアネモネは可愛いなぁと思った。


看護助手さんが来られて、入院費用を支払いをしに外来のカウンターまで連れて行かれて、私はカードで支払った。


退院する身支度をしようと、私は衣装ケースを開けて、黒のアンサンブルセーターに、黒の膝丈のスカートを選び、黒い細身のロングコートを選んだ。タイツも黒で、全身黒だった。

看護師詰め所に行き、メイク道具が入ったポーチとコンタクトケースと液を出して貰った。

部屋に戻り、コンタクトをはめてから、薄化粧をした。口紅だけははっきりとした赤系のを塗った。化粧を済ませて、服を着替えて、髪をアップスタイルにした。


化粧ポーチとコンタクト類を看護師詰め所に返しに行ったら、副長さんが窓口に来られて「見違えた!」と私の化粧をした顔を見て驚いておられた。入院してから、ずっと素顔だったからなーと思った。「女は化けるのです」と私が言うと、笑っておられた。


部屋に戻り荷物の整理をしていたら、部屋をノックする音がして看護助手さんが「ご両親がおみえになりました」と両親を部屋に案内して下さった。

「文、痩せたわね。顔色が悪いわ」と母が心配そうに私の顔を見ていた。「食事が入らなかったの。退院したら、頑張って食べて太るよ」と母に言った。父は看護助手さんと一緒に私の荷物を部屋から運び出していた。


夕方五時過ぎに副長さんが私だけ呼ばれて、副長さんと一緒に外来の待合室に行き、先生からの退院指導を受けるのを待っていたが、一時間以上待ってもまだ先生の外来診察は終わらずに、私は待合室のソファーに座りながら、目眩を起こして横になっていた。副長さんは焦った調子で「薬切れを起こしてる。先生に言って!」と外来の看護師さんに大声で言われて、私はまた副長さんに背負われて先生の診察室に入った。


入院してから先生に初めて会った。先生は私を見るなり、「入院して具合が悪くなるなんて」と苦笑いされていた。私はフラフラとした状態で椅子にやっと座っていた。軽妙な返しが出来なかった。「ずいぶん沢山の荷物を持って入院したと聞いていますが」と尋ねられて、「家出です」と私が言うと笑われていた。

「家族でケンカする事もあります。ですが、ケンカしても元に戻る努力をすれば、関係はさらに良くなります」と先生に言われて私は泣いてしまった。「また二週間後に外来で」と言われて、退院指導は終わった。


副長さんに支えられながら、病棟の前に停めていた父の車に行き、私は副長さんに「ありがとうございます。お世話になりました」とお礼を言った。


病院からの帰り道、創作料理の店に三人で立ち寄り、薄味の味付けだったから、私にも食べる事が出来た。旬の素材が使われた野菜中心のコース料理はとても美味しかった。

ご店主と父は知り合いらしく、カメラを持って来られて三人の写真を撮られた。食事を終えてお会計をしようとしていたら、写真を額に入れてプレゼントして下さった。


帰りの車の中で私は元気に父に話し掛けていた。母は寝ていた。


こうして私の二回目の入院生活は終わった。


おわり



部屋が寒い部屋でなかったら、入院計画書通りに三ヶ月入院していたと思います。

うつ状態が酷かったです。。。


お読みくださり、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ