表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷たい部屋  作者: 竜胆
4/5

ヒヤシンス

入院四日目です。

うつらうつらとしか眠れなくて、私は寒さに震えていた。

朝五時過ぎに副長さんが部屋を訪ねて来られて、「採血をします」と言われて、私は副長さんの後を付いて行き、看護師詰め所に入った。吊り上がった形の眼鏡を掛けた看護師さんが右腕から採血しようとしたが、無理だった。針で血管を探されていて、疼くような痛みを感じていた。左手に変えて採血しようとなされたが、やはり無理だった。副長さんに代わられて、手の甲から採血しようとなされたが無理だった。最終的に手首の血管から採血する事に成功した。私の血管は採血し難いと言われた。頭がクラクラして、椅子から立ち上がって、私は座り込んでしまった。副長さんに背負われて部屋に戻った。

副長さんから「入院してから具合が悪くなる一方だね。退院した方がいいんじゃない?」と優しく言われて、「親と相談してみます」と私は副長さんに言った。


善は急げとばかりに、たぶん起きているだろう父に電話を掛けた。「部屋が寒くて眠れなくてフラフラなの。すぐに帰りたい」と私が言うと、「すぐって明日なのか」と父から言われ、「うん。もう耐えられない」と私が言うと、「看護師さんに明日退院したいと言いなさい。お母さんと迎えに行くから。時間は先生のご都合に合わせなさい」と父は言ってくれた。


私は看護師詰め所に行き、副長さんに「明日退院したいです」と言った。「時間は決めたの?」と聞かれて、「先生のご都合に合わせます」と言った。副長さんは、「心電図を取るようにと先生から指示が出されてるから、午前中に取りに行こうか」とのんびりと言われた。


私は副長さんにシャンプー類とドライヤーを出して貰って、部屋に帰って鍵を掛けてパジャマと下着を脱いで、シャワーを浴びた。心電図を取るから、身綺麗にしておきたかった。下着を身に付けて、衣装ケースからボーダーのカットソー、母が編んでくれた暖かくて肌触りが良いベージュ色のセーターを着て、カーキ色のスリムパンツを履いた。靴下は猫のイラストを選んだ。ドライヤーで髪を乾かした。

ジャンパーを羽織って看護師詰め所にジャンパー類とドライヤーを返しに行った。

まだ朝食の時間には余裕があったから、煙草を吸いに行く事にした。 桜の花を見上げながら煙草を吸っていたら、駐車場に首都圏ナンバーのドイツ車のジープタイプの車が入って来て、一体誰が運転しているんだろうと思って見ていたら、庭園管理の男性だった。私は手を上げて合図をおくってから頭を下げた。男性はニコニコ顔で、「入院したの?」と問われた。「四日前に入院しましたが、明日退院のします」と言うと、「良かったね、お祝いをあげるから、温室に行こう」と言われた。私は男性と話しながら温室に向かった。

「首都圏ナンバーなんですね」と私が言うと、「こっちじゃ運転が荒い人が多いから、ナンバーを変えずにいるんだよ」と言われた。男性は首都圏で働かれたのちに、この病院の院長と知り合いだった縁から、午前中だけ庭園管理の仕事をするようになったのだそうだ。

「好きなのを選んでいいよ」と男性は、水耕栽培の様々な色のヒヤシンスを見せて下さった。私はピンク色と紫色のどちらにしようかと悩んでいたら、「両方あげるよ」と言って下さった。私は「嬉しいです。ありがとうございます」とお礼を言った。


男性に別れを告げて、ヒヤシンスを両手に持って病棟の部屋に戻って、窓の出っ張った部分に並べて置いた。リノリウムの灰色の部屋に明かりが射したように感じた。


朝食は牛乳だけ飲んで、後は絵を描いた。食堂にお盆を返しに行って、看護師さんから「食べれませんか」と言われて申し訳ない気持ちになった。


三階の開放病棟に比べて二階の閉鎖病棟は看護師さんも看護助手さんも数が多かった。みなさん、細やかに私の事を見て下さっていた。


日勤の看護師さんは強面の看護師さんだった。眉が細くて剃っているのかなーと気になった。検診と問診をしてもらい、「眠れません」と私が言うと顔を曇らせておられた。


心電図を取りに行くのを迎えに来られたのは、お洒落な看護助手さんだった。「文ちゃん、もう退院するの?」と揶揄(かわか)われてしまった。「部屋が寒くて眠れないんです!」と私は彼との会話を楽しみながら、心電図を取る部屋まで歩いて行った。部屋に入り、着ていた服を脱いで、畳んでカゴに入れた。技師の若い女性が胸に冷たいジェルを塗られて、器具で私の心臓の動きを診られた。終わった後に「お疲れさまでした」と言われて、ジェルを拭き取る為の蒸しタオルを下さった。下着と服を身に付けて、部屋の外に出たら、お洒落な看護助手さんは待って下さっていた。私は「お待たせしました」と言って、二人でまた言い合いを楽しみながら病棟に戻った。


病棟長が部屋に来られた。パイプ椅子を出して差し上げた。「先生が退院を了承されたわ。明日、先生の外来診療が終わった後に、退院のお話をなさるそうだから、ご両親に連絡しなさいね」と柔らかい表情で仰り、私は心が温かくなった。「はい。連絡します。今回は無理に入院して、寒いからと言って退院するとか、自分でも情けないです」と病棟長に言った。「この部屋は特別寒いからね。貴女の具合が悪くなる一方だと報告が来ていて心配していたの」と仰られた。私は項垂れていた。「あら、ヒヤシンス」と病棟長は窓辺のヒヤシンスに気付いて下さった。「庭園管理の男性からいただきました」と私が言うとニコニコと笑顔になられた。「暖房が一部屋だけ温度を上げられない設定になっていてごめんなさいね」と言われて、それでこの寒さなんだと納得した。


昼ごはんはビーフカレーだった。やはり病院のカレーは辛口だった。頑張って半分食べた。デザートのフルーツヨーグルトやサラダは食べなかった。昼薬を貰って飲んだ。

部屋に戻り歯を磨いた。


母に電話を掛けて、「明日、退院出来る事になったよ。夕方六時くらいに先生から話があるって」と私が言うと、母は「お父さんと迎えに行くわ。寒い部屋だったと聞いたわ。風邪引いてない?」と聞かれて、「引いてないよ。今日はお母さんが編んでくれたセーターを着ているよ」と私が言うと、「まぁ、そうなの。また今度の冬に編んであげるわね」と母は嬉しそうだった。サクラの鳴く声が聞こえて来たから、「サクラーサクラー」と名前を呼んであげた。


夕食は胃がもたれて食べる気が起きなかった。ご飯やオカズの絵だけを描いて食堂に行き、夕薬を貰って飲んだ。


庭園管理の男性が下さったヒヤシンスを写生していたけれど、花弁を描くのに疲れて机に伏せて寝ていた。

就眠薬を持って来られた私の採血に失敗したカッコいい眼鏡の看護師さんが、「文さん、起きれますか?薬を飲んで寝てください」と優しく私を起こしてくれた。私は薬を飲んでから、椅子から立とうとして目眩がして机に両手をついて、目眩が収まるのを待った。血の気が引いて、汗が吹き出していた。彼が私を支えるようにしてベッドまで連れて行ってくれた。パジャマに着替えずにベッドに入った。「ありがとうございます。おやすみなさい」と彼に言ってから、ようやく四日ぶりに私は眠る事が出来た。

第一回目入院の「不思議な部屋」で採血シーンを書いていませんでしたが、その時は女性の看護師さんが三人代わりました。最後に副長さんが採血して下さいました。

看護師さん泣かせの血管の持ち主です。


お読みくださり、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ