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冷たい部屋  作者: 竜胆
3/5

水仙

入院生活三日目です。

朝が来るのをベッドの中で待った。二枚の布団に(くる)まっていても寒かった。

カーテン越しに外が明るくなり、看護師さんか看護助手さんが廊下の仕切りの鍵を開ける音が聞こえて、物音も聞こえるようになった。

私はベッドから出て、顔を洗い肌のお手入れをして歯を磨いた。衣装ケースから長袖のカットソーと分厚い紺色のセーターと黒いコーデュロイパンツと靴下を出して着替えた。そして黒いジャンパーを羽織った。


机の椅子に座り足にはストールを巻いた。日記帳に眠れないと書き、天気と気分は△と書いた。

昨日携帯で撮った水仙の絵を描いた。キング水仙だろうか、ラッパ水仙だろうか、と黄色い大きな花弁の水仙の写真を眺めながら思った。

生け花で日本水仙を一種生けする時には、袴を取って尖っている方を正面にして、花や葉組みをしてから袴に差し込んで生けて、集中力と根気が必要な生け花の一つだったが、用いる日本水仙の香りが私は好きで、毎年楽しみにしていた。寒い時期に生けて凍えそうになりながらも頑張って生けていた。

生けた花は、毎回写真にも撮っていたが、私は写生の大切さを先生から教えられていたので、生け終わり先生が手直しして下さった花を写生していた。それからまた自宅に帰って生けた花を床の間にだったり、玄関にだったり、飾っていた。

先生から「生け花は『瞬間の美』なのよ。生けた瞬間が一番美しくて後は死に向かうの」との言葉を聞かされた時、私は感銘を受けた。

花を習い始めた頃、花に鋏を入れるのが可哀想に感じて、私は花鋏で花を切る勇気が無かった。その時先生は「花の一番美しい姿を表現する事で花は喜んでくれます」と優しく熱心に指導して下さった。

先生は六十半ばを過ぎておられた。若い生徒さん達が辞めてしまわれる中、私だけ残り、お免状も先生のお陰で早くに取得出来ていたから、市内のデパートや美術館での花展に私は先生の指導のもと出展していた。また先生が別の教室に教えに行かれる時には、私は助手を務めていた。

両親はタダで使われている、と先生を批判していたが、師弟関係では先生の仰ることに従うのは当然の事だと私は考えていた。

先生は若い頃から俳句の同人にもなっておられて、私が花を生けている間に俳句を練っておられて、いつも三句の中から私に「文ちゃん、どれがいいと思う?」と尋ねられていた。先生は優しいけれど芯がある方だった。

また、生け花を中断するのかと思うと先生に申し訳ない気持ちになった。


朝食を知らせるチャイムが鳴り、私は部屋を出て食堂まで歩いて行って、看護師さんから「食堂で食べられませんか」と言われたが、「一人がいいです」と断って、憩いのスペースのソファーに座り、食事の絵を描いた。描き終わって、温くなってしまったお味噌汁だけ食べた。味付けが濃かった。

お盆を返しに行ったら、看護師さんから「お味噌汁、食べられましたね!」と微笑まれて嬉しくなった。お昼ごはんは頑張って食べようと思った。


部屋に帰り歯を磨いた。

日勤の看護師さんと看護助手さんが薬が入ったカートを押しながら、部屋に来られて検診と問診をされた。「眠れましたか」と聞かれて、「眠れませんでした」と答えた。二晩眠れずにいた。朝薬を貰って飲んだ。


寒いなー寒いなーと部屋の寒さを呪っていた。


部屋をノックする音がして、返事をしたらクールなワーカーさんだった。彼は書類を二枚持って来ていて、一枚目の〝任意入院に際してのお知らせ[閉鎖病棟入院]″には、この入院がどのような入院であるか事細やかに書かれていて、精神保健福祉センターの連絡先や、県の地方法務局人権擁護課の連絡先も書かれていた。

二枚目は〝入院診療計画書[精神科一般]″だった。入院日が書かれ、入院二回目、と書かれていた。

主治医の先生の署名と担当者の所に、担当の看護師さんの名前とワーカーさんの名前が書かれていた。

主病がうつ病、副病が摂食障害、鉄欠乏症貧血、肝障害、頭痛、下痢症、精神運動発作と書かれていた。

現在の病状または状態像の欄に先生が、『情動不安定』と書かれていた。

また、主治医から、の欄に、『情動の安定化』と先生が書かれていた。

告知事項として、入院期間は概ね三ヶ月と先生が書かれていた。

ワーカーさんに書類の説明を詳しく受けて、私は署名欄に自分の名前を書いた。


お昼ごはんはキツネうどんだった。おにぎりが一個付いていた。絵を描かずにキツネうどんを食べた。おにぎりは入らなかった。記憶をたどって、キツネうどんの絵を描いた。食べ物の絵を描くのは難しかったが、何もする事が無くて絵ばかり描いていた。お盆を返しに行ったら、看護師さんからうどんを食べていた事を褒められた。昼薬を貰って飲んだ。


部屋に戻り歯を磨いて、外に煙草を吸いに出た。前の入院の時に顔見知りになった方もおられた。会話をする気にはなれず、桜を見ながら煙草を吸った。

庭園を回り、花々の写真を撮った。


夕食は肉がメインだった。絵を描くだけにして食べなかった。夕薬を貰って飲んだ。


お風呂に入る気力も体力も無くて、顔だけ洗って、パジャマに着替えて分厚いカーディガンの上にジャンパーを着て、足にはストールを巻いて机の椅子に腰掛けて、昼間撮った花の絵を描いた。椅子から立とうとして立ちくらみがして、私は椅子から転げ落ちてしまった。痛いーとしばらく座り込んだ姿勢でいたら、部屋の扉を開けて二人の女性の看護師さんが「どうしたんですか!」とすごい剣幕で言われた。「立ちくらみです」と私はボソボソと答えた。「すごい音がしましたよ。痛みは無いですか」と聞かれて、本当はジンジンと肘や腰が痛んでいたけれど黙っていた。

「もうお薬を飲んで寝てください」と就眠薬を渡されて、私は飲んでから二人に見守られてベッドに入った。



生け花の話が邪魔かなーとも感じています。すいませんm(_ _)m

全五回の入院診療計画書や退院療養計画書を保管していて良かったです。

今年の八月で病院にお世話になって九年目になります。

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