最果ての光
国家間のパワーバランスの変化により、日本が名のみ存在するばかりとなった未来。人材派遣会社トラストは宇宙コロニーに独立国家建国を果たし、世界中に社員を派遣していた。業務内容は、子守から戦闘までと何でもあり。ご相談は、是非お気軽に。
最果ての光(1)
どこまでも深くて暗い宇宙。足元すらあやふやで、吸い込まれ、すぐに迷ってしまいそうになる。
その遠くに、一瞬キラリと光るものが見えた。地球人類の天敵とも言える謎に包まれた生命体ノリブが、ビームのような攻撃を放つ際に出る光だ。星の瞬きのようで綺麗だーーなどと見とれていると、次の瞬間、死んでいるのは自分である。
勘と反射に従って、回避。まずはビーム砲を撃って一体を撃破、同時に飛行機形態から人型形態にチェンジし、ビームライフルで立て続けに3体を撃破。接近してきたところを、電磁銃剣ですれ違いざまに斬り、合計6体を瞬殺する。
索敵にかかるものは無し。
「こちらジュリ、敵全滅を確認。帰艦する」
「ツクヨミ了解」
世界の均衡が崩れたのはいつだっただろう。20世紀の東西冷戦が終わり、世界は新しい冷戦の突入した。21世紀はイスラエルと東アジアの緊張が世界の火種となっていった上に、水、資源、経済、人口などの問題が加わり、敵と味方が複雑に入り組んで明確にできなくなった。
そんな中で日本は、相も変わらず明確なスタンスを示す事もできず、水だけは困らないものの食糧自給率は低下したまま、見付かった海底資源も近隣の国に吸い取られて抗議はしてもそれだけで無視され、せっかくの多方面にわたる高い技術力をも国際ステージでアドバンテージを生かせず、アメリカぶら下がりでどうにかこうにか存在していたのである。
その後、中国の海洋征服が進んで沖縄上陸を機に中国とアメリカは本格的に衝突する事となった。ある政権交代の時に日本政府の意向で在日米軍はグアムや横浜に拠点をばらけさせていた為、物量とスピードを生かして中国が沖縄を占拠。そのどさくさに紛れて韓国はかねてから領有権を主張していた竹島のみにとどまらず対馬までもを自国のものだと主張、本州、九州では大都市を中心に北朝鮮がゲリラ戦を展開、北海道からはロシアが南下の意を示した。
機を見るに敏といえるこれらの動きに、日本政府は何もできなかったのだ。憲法解釈とアメリカ依存と平和ドリームと戦争放棄という名の思考放棄で、これまで奇蹟的に存在してきた日本は、この期に及んでも同じ議論を繰り返し、自衛隊基地の門前では反戦の横断幕を持つデモ隊が出動に反対したのだ。
そして、国民に多数の犠牲が出、都市が蹂躙され、分断され、混乱し、それでようやく世界の常識を見たーーと思えば、突然手の平を返して「自衛隊は何をしていた」と有識者達は騒ぎ、責任転嫁か売名行為に政治家達は熱意を燃やし、そうして、政府機能は麻痺した。
自衛隊が法律や反戦派の議員や国民のせいで動けず、警察や海上保安庁だは対処できず、地球の隅々までにもその影響が及び始める頃、本州に展開していた米軍に呼応して多国籍軍が介入。「平和維持」の名の下、「同盟国」アメリカに統治される事となり、戦いの終結だくでなく、日本の真の自治も終結となったのである。
金もエネルギーも水も食糧も、自由や思考すらアメリカにコントロールされ、警察、自衛隊、海上保安庁、全ての「力」をアメリカに再編という形で管理されている。
国民の一部は特権階級として優遇され、他の一部は他国の国籍を得て移住したが、大多数の日本人は、コントロールされた生活に留まった。だが移住組は、成功組はともかく失敗組は、貧困や犯罪の中で生きる例も少なくはない。
それらのどこにも当てはまらない一部ーー人材派遣会社トラストは、建造直後だった宇宙コロニーを領土とし、社員の内の希望者とその家族を国民とし、社長や役員を代表者とする事で国際法の条件をクリアし、ひとつの独立国を立ち上げたのである。
この時には既に、トラストの大きさと広がりは無視できない規模になっており、また、法律上文句のつけようもなく、国として認めざるを得なかったのであるーー尤も、この直後に法律が改訂され、独立はトラストが滑り込みセーフとなったのであるがーー。そして社員の中には、再編される自衛隊や警察などを辞して入社してきた者も少なくなく、以降も、トラストへの付け入るスキは益々無く、大国らを苦々しく思わせているのである。
これが現代日本史だ。
トラスト所属タクティカルチーム00。しかしほぼ全員、正式なチーム名では呼ばず、通称の「邪神」の名で呼ぶ。というのも、チームメンバーの4人が揃いも揃って、ろくでもない綽名を持っているからである。
御堂樹里、可変型戦闘機イシュタルのパイロット。身長156センチでやや細身、背中半ばまでの黒いストレートヘアの似合う美人ではある。一般人にしては多く事故や戦闘に巻き込まれ、それでもいつも生き残ったことからついた綽名は死神。高校から始めた、人気スポーツであるロボットでの疑似戦闘モビルコンバットで、大学を出るまで6年間学生チャンピオンだったのだが、ここでも「死神」との二つ名が付いた。
「お疲れ様ぁ」
桜庭萌香、試験艦ツクヨミの操艦を担当。身長157センチ。肩の上までのボブカットが似合うかわいらしいタイプで、おっとりとしている。好きなものは戦隊ヒーロー。捨てられたペット、ホームレス、厄介事、何でも拾ってしまうので、綽名は疫病神。
「ツクヨミにも異常なし、航行日程に遅延もありません」
雨宮那智、ツクヨミの管制担当だ。身長は185センチと女性にしては高いスラリとしたハンサムで、髪はいつも短く、美青年に見える。格闘技は何でもひととおりこなす接近戦のエキスパートだ。慎重で真面目な努力家、趣味はトレーニングで、備えにいくらでもかけることから、綽名は貧乏神。
「瞬殺やな。先生方、見学する暇もあらへんな」
都築明良、ツクヨミの管制担当だ。身長は155センチ、天然パーマがかったショートヘアがキュートな印象だ。いつも明るい、関西弁のムードメーカーで、自称夢見る乙女。見かけによらず怪力で、数々の物を壊し、綽名は破壊神。
これがチームメンバーだ。だから、邪神なのである。
最果ての光(2)
チームに与えられた部屋はどこも同じだが、やはり、個性というものが出るものだ。「00」というプレートの入ったドアを開けると、壁際にロッカー、スチール棚が並び、真ん中に人数分のデスク、隅にソファセットがあるのはどこも同じだが、そこからが違う。
まず、スチール棚に並ぶのは、お菓子、缶詰、金魚のエサ、インスタントコーヒー、紅茶のティーバッグ、緑茶の茶筒、金魚鉢、恋愛小説、ゲーム機、ゲームソフト。そして空いたスペースに、ダンベル、丸めたヨガマット、バランスボール。
明良は恋愛シミュレーションゲームをし、萌香は金魚を眺め、那智はダンベルを持ちながらスクワットをし、樹里はAI相手に3次元囲碁をしていると、T・T統括室から呼び出しがかかった。
「なんだろねえ」
「くうう、プリンスの攻略ができそうやったのに、しゃあないな」
「75回ですか。続きは後で」
「仕事かな」
4人はすぐに、T・T統括室へ向かった。
室長の本橋砂羽が、出迎える。
「仕事です」
元自衛隊情報局三佐、切れ者と名高いエリートだったが、普段は柔和でのほほんとしたただのハンサムだ。
「辺境の採掘惑星へ調査に行く、学者3人の護衛です」
言っている間に、アンドロイドみたいな秘書がテキパキとプロジェクターをオンにする。
人類は距離を短縮できるワープゲートを開発し、飛躍的に地球人の行動範囲は広まったが、それでもここはその端にあたる地域で、鉱物資源を採掘しているようだ。所有は中国の会社になっている。
通るゲートは3つ。現地滞在日数は10日を予定していた。
「技本に寄って、新装備について聞いて下さい。出発は明日の午前7時です」
チーム0Xは実験小隊という位置付けで、他とは共有しない装備もたくさんあるし、新装備のテストをする事も任務に入っている。チーム00はその最たるチームで、AIでほとんど動かせるツクヨミといい、フライトオフィサーの代わりに戦術AIを積んだ可変機イシュタルといい、ワンオフのものを基本に運用している。
「わかりました」
その足で、技術本部へ行く。
「よう、来たな」
イシュタルの機体を担当した元自衛隊技本三佐の加賀と、同じく電子関連を担当した元自衛隊技本三佐の氷室が待ち構えていた。二人はこの技本の、ハードとソフトの最高責任者みたいなものだ。
「まず、ツクヨミに新しいコーティングをしてみた。ミラージュコーティングで、ステルス性能を高めて見たんだよ」
「追尾型ミサイルは、目標を常に複数のシステムで捉えて追尾するようにしたから、より、振り切られ難い筈だ」
説明を受け、しっかり頭に叩き込む。命に直結しかねない事だからだ。
「サンプリング、よろしくな。データはしっかりと持ち帰ってくれよ」
最後は氷室と加賀にいつも通りのセリフで送られ、技本を出た。
衛星軌道上の宇宙港で学者3人と待ち合わせる。
リーダーはカール・ストレミング。40代半ばの大柄な男で、ニコニコと陽気だ。
「やあ、よろしく。カールと呼んでくれ」
紅一点はエリザ・ローレン。30前後の女性で、ニコリともせずに足元のカバンを示し、
「エリザでいいわ。荷物はこれよ。運んでちょうだい」
とツンとして言った。
もう1人はハインツ・ニコルスキー。30代半ばの男で、軽そうな印象を受ける。
「おいおい、それはないだろうに。こんなお嬢さん方に。俺はハインツ。ダーリンでもいいぜ、子猫ちゃん達」
「子猫ちゃんってリアルにいう人初めて見たで」
「ですわね」
コソコソと明良と萌香が言い合った。
「トラストT・Tー00の御堂です。まずは艦にご案内します」
踵を返し、歩き出す。
やがて、ツクヨミに辿り着く。
トラスト所属T・T−00乗艦試験艦ツクヨミ。全長は300メートル。高性能のイージスシステムを備え、宇宙、大気圏下、どこでも稼働可能。ビーム攻撃のダメージを防御するシステムで船体を覆われ、核融合エンジン4基、戦術コンピュータ「アテナ」、サーバントコンピュータ「セバスチャン」を搭載。地球程度の引力なら自力での大気圏離脱を可能とする。
武装は長距離用から短距離用まで揃い、魚雷と機雷も積んでいる。
戦闘機イシュタル、ランドクルーザー、無人偵察機などを搭載している。
「ゲスト区画にご案内します。基本ここ以外立ち入り禁止とさせていただき、この区画外への通路は閉めさせていただきます」
中へ入りながら明良が言って、
「ではこちらへ」
とゲスト3人をゲストルームへ誘導して行く。
この後ツクヨミは出発し、35時間後に、ノリブの小グループと接触、戦闘となったのである。
最果ての光(3)
その小惑星の地表には採掘用の縦穴がいくつも開き、その間に一塊になるように建物が集まっていた。港もここにあり、ツクヨミはここに着けた。
タラップから降りた所に責任者とその部下が来ていた。
「ようこそ。喬侑と申します」
責任者は太り気味の小男だった。
「発見現場はあの旗を立ててある所で、そのまま触らずにしてあります。そろそろ今日は夜になりますので、調査は明日になりますな。
では、ご案内いたします」
港施設は社屋の一部でもあり、そこと通路でつながったもう1棟のビルが宿舎らしい。1階に食堂やらシアタールームやらプールやらがあり、2階、3階が社員の社宅、4階がゲストルームと喬の社宅だった。
隣に立つ建物は倉庫と植物プランテーションで、その裏に立つビルは契約労働者とその家族のための社宅で、マンションのような作りになっているらしい。
社員は皆単身赴任で、こちらの社宅とゲストルームは、ホテルの部屋のようだった。
食事は食堂で、各自のタイミングで。メニューは一律らしい。
掃除や食事の世話などは契約労働者が行っており、宿舎に入ると、ホテルマンやメイドのように働いていた。
時間が時間なので夕食をと、荷物をゲストルームに置いた後、食堂に案内される。
「やっぱり中華系の会社やし、皆中国人なんかな」
契約労働者のほとんどはアジア人だ。
カウンターで一食分がセットされたトレイを受け取り、テーブルに着く。料理は、白米、八宝菜、菜っ葉、中華スープ、果物で、偶々なのかどうかわからないが、中華だった。
「さあ、どうぞ。ビールも別料金ながらありますよ。今日はこちらから。
おい!ビールだ!」
喬が声を上げると、中学生かと思われるような年の少女が、慌てて缶ビールを持って来る。
「お待たせいたしました」
「さあ、どうぞ」
1本ずつ配られ、喬とカールは上機嫌で乾杯をしている。
他のテーブルに着いているのは皆社員らしく、笑顔を浮かべている。
カウンターの中の女性やホールに立つ先ほどの少女のような契約労働者は、どこか暗く、張り詰めたようにも見えた。
と、エリザが箸から玉ねぎを取り落として、ブラウスに小さなシミを作る。
「あっ」
「おい!」
「申し訳ありません!」
飛んできた少女が、慌ててブラウスに付近をあてて拭く。それを、とても心配そうに見守る他の契約労働者達。
何だろう、この奇妙な座りの悪さは。樹里はそう思ったが、社員やカール、エリザは、何とも思っていないらしい。目の合ったハインツが、ソッと肩を竦めて見せた。
食後は与えられた4人用の部屋に戻り、ソファに座ってミーティングを行う。
「まあ、こんなところですね」
那智が日報を書き、終了する。
「なあ。ここって、もしかしてブラック企業?」
今の世の中、きつい仕事というのは存在するが、奴隷も無いし、それに準じた関係も禁止されている。それでも労働環境を守らない会社は無くならないし、踏みつけられる人間はいなくならない。
「さっきの、喬さんが王様だとしたら、社員は貴族、契約労働者は奴隷というところかしら」
「ピリピリしてたもんなあ」
「それにあの子は、もしかしたら就学年齢ではないでしょうか」
しばし、考える。
「ここにいる間は調べて、それも報告しよう」
夜間は建物のドアが施錠されるとかで、どこへも出られない。話を聞きたい契約労働者の住まいとはつながっていないので、今夜は無理らしい。聞くなら、この建物内にいる人間だけだ。
さっきの少女でもいないかと廊下に出たら、廊下に警備員がいた。
「どうかしましたか」
「え?いや、散歩でもと」
「申し訳ありません。警備の事情もあって、このフロアは夜間、隔離されます。部屋に軽食、アルコール、DVDなどをご用意してありますので、朝まで部屋からお出にならないように願います」
有無を言わさぬ口調だ。
「警備の事情?何か脅威でも?我々も任務を遂行する上で、知っておきたいんですが」
「・・万が一という、程度ですが・・始めの頃にできた規則を遵守していますので・・その・・」
しどろもどろになって、言い訳を捻り出す。
「いや、それなら結構です」
大人しく、部屋に戻る。最初に強硬な態度を取って、警戒されるのもバカらしい。
「明日からやな。
では、おやつターイム」
「明良。寝る前に食べるのは良くありませんわよ」
こうして、1日目の夜は過ぎて行ったのである。
最果ての光(4)
太陽がオレンジ色から白い自然光になる頃、那智がランニングから帰って来た。朝はランニングや型の稽古をするのが那智の日課で、その日課を済ませてきたのだ。
後から、ヒイヒイ言いながら警備員が走って来る。日課なのでどうしても走りたいと言った結果、警備員が一緒ならという事で辺りを走って来たのだが、那智のランニングについて来るのは簡単ではなかったらしい。
食堂で朝食を摂り、カール達との待ち合わせの為に玄関ホールで待つ。
と、昨日の少女が足早に出て行くのが見えた。スッと、それを追う。
少女が契約労働者の住居の方へ向かうと、小学生くらいの少年2人が建物の陰から出て来て飛びついた。
「姉ちゃんお帰り!」
「光太郎、望次郎。こっちまで来たら叱られるよ、あいつらに見つかったら」
「だって、心配だったんだもん。
それより、今日は採掘が休みだろう。姉ちゃんも休みなのか」
「姉ちゃんはお客様が帰るまではホール係だから。また、後で仕事だよ」
「うう。お客様がいる間は俺達仕事が休みで嬉しいけど、姉ちゃんは休みなしならつまんないな。なんだ。お客様はいい人じゃないのか」
「バカだなあ、望太郎は。いい人なんていないよ。ここにいるのは、俺達みたいに搾取されるやつか、するやつかだよ」
「わかんないよ、兄ちゃん。搾取って何?」
3人は話しながら、歩き去って行った。
それをしおに、玄関前に戻る。
「ランニングしながら見て回ったら、契約労働者の社宅には小さい子供もいるようですが、学校などはなさそうです。後、ある程度の年齢で、何かしらの労働をしているようです。生活水準は、高くはなさそうでした」
「今だけまずいのは隠せってか」
「暴いたろやん」
「ええ。見過ごせませんわ」
小声でボソボソと話していると、ハインツが現れた。
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
「そんなところで、何か面白いものでも?」
「午前中の光は時差の調整にかかせませんもの」
「宇宙を飛び回っている人ならではの意見だねえ。成程」
一緒に並んで日に当たっているとカールとエリザが現れ、社員の案内で、現場へ出発した。
硬い岩だらけの地面に並んだ石は、イギリスのストーンヘンジを思わせた。直径は50メートル程度か。新しい穴を掘ろうとして見つけたらしい。
「祭祀跡かな」
「だとしたら、先に文明を持つ生命体がいたという証拠だから、ここから地球人は撤退の可能性も出て来るな。企業側も青くなるわけだ」
「どうでもいいわ、私は研究できれば」
三者三様の意見を言って、カール達は調査を始めた。色々な計測器をセットし、写真をとり、石やサークル内外の土を採取する。
その周りで、万が一に備えて、樹里達は警戒する。
一応この惑星には危険生物はいないという事になっているが、何があるかわからない。それこそ、これが知的生命体の痕跡で、ここを縄張りとしており、今にも、侵略者に対して攻撃をしてくるかも知れない。
初日は幸運にも何の危険もなくサンプリング等が済み、夕方前に、宿舎に戻る事になった。
船に戻って今後の準備をしたいと言って、樹里達はツクヨミに戻る。
うそではないが、それがすべてでもない。
目立たないように、ソッと、契約労働者の社宅の方へと移動した。
ボール遊びをする子供たちがいた。朝に見かけた兄弟だ。
「わ。私も入れてえな」
明良がサッカーに加わり、自然と、ゲームを再開させる。こういう対人スキルは明良が一番だ。
「こんにちは。ここの朝焼けはとても美しいですね」
見学のお母さま方に、那智が性別詐称的に話しかける。もう、ホストの手腕を持つ宝塚男役だ。
「ここではどんなものが流行っているのかしら」
萌香が少女達の間に入って行く。
対して、こういうのが苦手なのが樹里だ。元から、こだわれず、無関心、無感動。冷酷にして冷徹と言われたものだが、モビルコンバットを始めてから、コクピットではなるべく応答は簡潔にというのがクセになったのか、ますますそれに拍車がかかった感がある。おかげで、こういう時は、ぼーっとしているしかない。
今日もボーッとしていると、そばに、今朝の兄弟の小さい方が寄って来た。
「ん?」
「お姉ちゃん達は仲良し?」
「そうね。子供の頃から」
「ぼくも大きくなったら、お父さんと同じとこで働きたいんだあ」
「そう。そうなるといいな」
「うん。ねえ、ここで掘った鉱石が灯台になって、真っ暗な宇宙を照らすんでしょ」
「そう。いつもお世話になってる」
「へへへっ」
望太郎と呼ばれていた子供は、嬉しそうに笑う。
「学校は?」
「ないよ。大人とか姉ちゃんとかが字とか計算を教えてくれるんだ。ぼく、漢字も少し覚えたよ」
「そうか、それはいいな。本が読めたら、何かと便利だし、楽しいし」
「そうだよね」
また、ニコニコと笑う。
「どんなご飯が好きなんだ?」
「白いご飯」
訊き方が悪かったんだろうか、と思い、再度訊く。
「好きなおかずは何だ?」
「んー、卵焼き!」
「・・そうか。あれは、美味しいな」
「うん!」
そうこうしている内に他の男性契約労働者が気付き、慌てて彼らに家に入るようにと言って回る。
そしてこちらも、何事もなかったようにして、与えられた部屋へ戻った。
わかったことを、付き合わせる。
契約労働者は、安全性、福利厚生を無視した条件で働いている。
義務教育の筈の年齢の子供がいるが、学校はない。
賃金は、法定最低賃金を下回っている。
契約労働者の9割が、日本人である。
一人間として、見逃せない、通報すべき事でもあるが、とりわけ最後の項目は、トラストの隠し任務に関わることである。
トラストは確かに、一企業が国になったものである。
しかしそこには裏がある。日本はどうやってももうだめだと分かった日、一部の政治家、官僚、自衛隊幕僚は、それでもなんとか日本人を守る方法を考えた。それが、トラストの強引ともいえる建国だ。そして、密かに開発中だったツクヨミとイシュタルをトラストに開発トップごと移し、別の国に技術を渡さないようにした。そして、流出した、世界のバランスを変えかねない日本の技術を回収または破棄する事、困難な立場にいる日本人を助ける事を、全業務のトップに持って来たのである。いわばトラストは、水面下の日本政府の亡霊のようなものだ。
「明日にでも、本社に知らせましょう」
方針は決まった。
最果ての光(5)
遺跡のようなものは、結局、何なのかよくわからない代物だった。やたらと磁場も不安定で、グルリと置かれた石の組成も、正体不明との解析結果である。
「これは、もっと大掛かりな調査団を呼び込むべきだろうな」
というカールの意見に反対したのはエリザだ。
「冗談じゃないわ。後から来たやつらに美味しいところを譲るなんてまっぴらよ」
「しかし、我々だけではーー」
「もっと、中心部を掘ってみましょうよ。それと、あの石を解体してみましょうよ」
「え、それは危険だろう」
ハインツも難色を示したが、聞き入れる様子はない。
喬所長としても、おおごとにしてはまずい事情がある為、なるべくこれだけで片付けてしまいたいという事情がある。
「もう少し、我々だけで調査を進めてみましょう」
という結論には、落ち着くべくして落ち着いたのだった。
念の為に、イシュタルで樹里が、武器搭載のランドクルーザーで萌香と明良が、パワードスーツを装着した那智が、周りで待機する。そして、最小限の人間以外は、このストーンサークルから距離をとった。
真ん中に重機で穴を穿っていく。が、10メートル程度掘っても変化は無い。
次に石のひとつを割ってみるために、円から転がして外へとずらす。これに対し、反応が顕著に表れた。磁力計の数字が狂ったように跳ね上がり、レーダーに敵を示す光点が多数現れ、イシュタルのパーソナルコンピューターJASTが警告を発する。
「ノリブの反応多数。総員退避」
すぐに社のランドクルーザーに飛び乗ったのはカールとハインツで、エリザは夢中でサークル内の変化に見入っていた。
あれだけ掘っても何もなかったサークル内だが、ワープゲート作動時に似た反応が起こり、鏡面のようになったサークルから、向こう側のそれが見えた。卵を産むノリブの女王と卵、孵化したばかりの幼生体のノリブ。
「何をしている!」
那智がエリザの襟首を引っ掴んでランドクルーザーへ放り込み、強引に、社屋の方へと走らせる。
「えらい事になったで」
「ノリブの巣?」
「生態、巣については知られていないけど、こういう事か。どこかの巣穴で成長させ、ゲートを通じて一気に送り込む。いつもいきなり接近してくるわけだ」
「今のうちにやってまう?」
「まだ幼生体とはいえ時間の問題でしょう。そうなれば、我々だけでは手に負えません」
「ここからいかにして全員を素早く逃がすか」
とりあえず監視用無人カメラを残し、社へ急ぐ。
ここを脱出する。そのことに、とりあえずは喬も同意したし、カール達も納得した。完全に成体となるまでそう時間もないというのも理解した。
問題は、その方法と順番だった。
社の所有する船を使っても、社員は乗れるが、契約労働者とその家族は一部しか乗れないという事がわかったのだ。
「契約労働者は置いて行こう。仕方がない」
喬が言うのに、カールも重々しく同意する。
「やむを得ないな。ノリブが彼らにひきつけられている間に、こっちは距離を稼げるし」
「なんやて!?」
激高しかけた明良に、ハインツが、
「気に食わなくても、それが真理だろ」
と肩を竦める。
「−−!」
そこに、契約労働者の代表が口を挟んだ。
「せめて子供達だけでも助けてはいただけませんか。我々は囮で結構です」
「何をおっしゃいますの!?」
「我々日本人は、そういう役目で雇われていたようなものなんですよ」
気弱に笑うその顔は、諦めと責任感とに彩られていた。
「時間がないのでしょう」
「い、嫌だよ!」
「お父さんとお母さんと一緒がいい!残る!」
「行きなさい!」
「嫌!」
押し問答の中、アテナから携帯端末に通信が入る。
「計算の結果、成体化までおよそ1時間と推測されます」
「時間がありませんな。早く出発しなければ、全滅する」
カールが言って、社員と共に踵を返す。
「あんたらの根性見たで」
「シェルターは流石にあるのか」
「はい。でも、ここにノリブが居座ったらもちませんよ」
「その前に、片を付ければいいだけだろう?」
樹里の唇が、獰猛に跳ね上がった。
最果ての光(6)
社員を乗せたシャトルが飛び立って行く。こんな時なのに、青い空に延びる飛行機雲が美しく、子供達は、不安ながらもそれに見とれる。
社屋地下のシェルターに契約労働者とその家族を入れ、周りを鉄骨や資材で覆い、ノリブが取り付いてもすぐに襲えないように嫌がらせとする。
「シェルターに近づけるのも避けないといけないけど、飛び立たせてシャトルの後を追わせるのもまずい。敵はここで叩く。幸い成体化したばかりで戦闘経験は無い。そこにつけこむ」
「女王はどうするん?」
「女王はまず出てこないから、まずは子ノリブ。余裕があれば女王も殺る」
「さあ、踊って差し上げましょう」
各々の持ち場に着く。萌香はツクヨミ操縦室の操縦席へ、明良と那智はその左右の管制席へ。今回はアテナに通信管制も任せて明良も攻撃に専念し、中短距離を担当。那智は長距離を担当。後はオートで、自立型ビーム機関砲ゼウスを起動させる。
樹里はイシュタルに乗り込み、スタータースイッチをオンにした。核融合エンジン2基は外部支援なしで始動でき、計算上単独で大気圏離脱も突入も可能とするパワーを持つ、宇宙、大気圏下、両方で運用できる機体だ。
メイン画面に
Judge
Acction
Shield
Tactical
の文字が出、ほんの1秒未満で、上から順に全てが大文字に変わる。それで、起動終了だ。
ツクヨミと揃ってストーンサークルの近く、シェルターから90度の所に位置取り、待機する。
ゲートの鏡面を通ってきた瞬間から、攻撃が通る。だから、その瞬間を狙ってモグラ叩きの如く叩きまくるのが第一段階だ。これでどれだけ減らせるかが、大きくものを言う。
ノリブ。この巨大カブトムシのような生物が何故「ノリブ」という呼称になったのか。それは、NO LIVEから来ている。即ち、生きていない。空気のないところでもあるところでも動けるのは、生物というより機械に近いのか。そして自己の犠牲よりも全体を取るのは、個で生きていないのか、と。
そんな事を思い出している内に、ノリブの動きが活発になる。そして、いよいよ、羽を震わせてフワリと体を浮かせた。真横に近い位置から、撃つ、撃つ、撃つーー。卑怯もくそもない。とにかく、出た瞬間に殺る。
それも数が多くなるにつれて撃ち漏らしが出始め、生き残ったノリブは、いきなりの脅威を与えた相手に、最大限の警戒と怒りを見せる。
ここからは、第二段階だ。つまり、うまくやれ。
機体を急発進、急加速させて上方にロール。まるで連結されているかの如くノリブが旋回してこちらに向かって来るので、その旋回面の後方外側に出て位置角を減らし、その後相手の旋回面上をラグ角を維持しながら追尾し、後方を占位したところで、機関砲を浴びせ掛けて撃破していく。
今度は前方から攻撃しつつ接近してきたのを、躱し、すれ違った直後に急反転して相手の背後に回り込もうとする。それは相手も同じで、ノリブのパワー、旋回性能がほぼ互角なので、グルグルと相手が根負けするのを待つ。やがて相手の方がエネルギーを喪失して、こちらが後方へ回り込めたので、ロックオンしてミサイルで落とす。
予想よりも若干、ノリブのエネルギーはロストし難いらしい。
次に前方から当たって来たノリブには、今と同じように旋回に入った後、一度旋回を緩めて加速し、リード角を確保した状態で二度目の旋回に入る。相手はこちらのようにエネルギーをキャッチアップする余裕がなく、次の旋回で後方をさらし、そこを機関砲で落とす。
その間に別のノリブが横から接近してくるのを、ヒョイと横転しつつ人型になってライフルで撃破。すぐに飛行機形態でその場を離脱して、次のターゲットを物色する。何せ、よりどりみどりだ。
とはいえ、ヒトの体はGに対する限界がある。ノリブはその点、Gに強いように見える。ならばこちらは、骨が軋もうと、筋肉が捩れようと、Gに抗うのみだ。
ツクヨミは、ゲートからのノリブが打ち止めになるまで鏡面のノリブを攻撃すると同時に、速射砲と中距離対空ビーム砲で中空のノリブを間引く。
ゲートからの転移が無くなったのをみて、今度は戦速を維持しつつ接近し、弾幕をばらまきながら群れと高度を合わせ、主砲を真ん中にぶちこんだ。
と、小型とは言え艦とは思えぬ機敏さで、頭を下げて潜り込み、駆け抜けつつ弾幕の置き土産を残す。
絶望的かと思われた物量差も、イーブンになり、いつの間にか、こちらが優位になっていたらしい。
ノリブがゲートに戻る動きを見せるが、ばら撒いておいた機雷の餌食になって死んでいく。
掃討戦に移り、最後の一匹をしとめたのは、3時間後だった。
JASTも敵の反応が無いとしている。そこで、シェルターの上に念のために被せておいた鉄骨を下ろす。
「ツクヨミ、帰艦する」
「了解しました」
アテナの合成音声が答え、イシュタルをツクヨミに着陸させて、格納する。あとはAIのセバスチャンが、自動で、点検、補給、修理から掃除までもをしてくれる。
「よろしく、セバスチャン」
「かしこまりました」
日本人的には、執事イコールセバスチャン。成程、有能な執事である。
契約労働者の勤務実態が明らかにされ、彼らは、査察の入った企業から当たり前の雇用契約を取り付けた。
これで睨まれるかもしれない、余計な事をして。そういう人間もいた。その時は、また呼べばいい。トラストはあなたの味方です。ご相談はお気軽に。
アルファポリスで掲載しています。これのエピソードゼロと、ライトホラー。こちらへの移し方がよくわからず、断念しました。どうかそちらもよろしくお願いします。もしくは、本当に分かり易くやりかたを教えて下さい。お願いします。




