序章。
―― ベタで使い古された陳腐な世界観だと思う。
でもそれは確かに現実で、僕らが生きてる世界の全てなのだ。
廃屋となり崩れたファッションビルの壁面に映し出されたホログラムディスプレイ。形を取らない冷徹な光は地面が青白く染める。
時間は夜十一時、新月。わずかな光の中三人の人物が立っていた。その瞳はディスプレイへと鋭い視線を投げかけている。
ザー、とノイズを響かせながら起動し続けるディスプレイには若々しい女性の姿が映し出されていた。デパートにいた愛想のよい案内嬢、といった風体だったがその瞳は欲望に忠実に、狂気的に彩られていた。
「コロサナキャコロサナキャコロサナキャコロサナキャ」
女性が首をカクンとかしげる。それが合図だったかのようにあたりからわらわらと二足歩行型女性アンドロイドが三人のもとへ寄っていった。手には毒薬入り化粧ビンのうれしくないおまけつき。
ディスプレイの女性が振り上げた手を下ろそうとする直前
「しくじらないでよ?」
「わかってるって。」
「ま、死にやしないから問題ねえんじゃない?」
危険がすぐ目の前に迫ってるとは思えない落ち着いたトーン。中央に立つ人物は口の端をゆがめ愉快犯のようにつぶやく。
「それじゃ、始めますか。」
1
守るべきものとは何だったのだろうか。
守れるものとは何だったのだろうか。
今日も又、答えを探している。
今日も又、花を添える。
「おおおおなかへったあああああああああ!!!!!!!!!」
薄汚いフローリングの床に倒れ込むと、ポニーテールを巻き込みながら少女はごろごろと転がった。勢いよく転がったせいでホコリが宙を舞う。
それを見て、防弾チョッキを脱ぎ落した背の高い女性は
「こら、彩恵やめな。」
とあきれ顔で注意した。彩恵が壁に体をぶつけてようやく静止する。ううう…とうめき声をあげた彼女の服は迷彩色の防弾チョッキにとどまらず白いスカートも薄汚れてしまっている。それをみて沈痛な面持ちでため息をついた後、汚れをパタパタと払うまでがいつもの流れだった。
「ありがと~、直緒。」
「礼言うくらいだったら今すぐこのきったない床を転がる習慣をすぐに直しな。」
「ごめん多分それムリかも」
「無理なのね……。」
「でもこ~やって直緒がはらってくれるから大丈b「こらあああ彩恵ええええ!!!!」」
ドタバタという足音が部屋の中に響いた瞬間、彩恵の頭にはチョップが決められていた。頭を抱えて再びは床に崩れ落ちた彩恵の後ろにこれまた迷彩服を着こんだ少女が立っていた。そいつはにっこりと、それはもうどんな人間でも「やべえ。」って察するレベルの笑顔を浮かべている。
「また!?このきったねえ床転げまわったのか!?掃除ができない俺への当てつけか!?今すぐヤ・メ・ロ??」
怒涛の勢いで言い切ったお説教はこんなところではとどまらない。その対象となっている彩恵は彼女が口を開いた瞬間俊敏な動きで正座をかましていた。
「大体ろくに洗濯できないような状態で服を汚すな!というか戦闘服なんてほとんど一張羅みたいなもんだから無駄なところで耐久値減らすような真似しない!スカートも私服だからと言っていくらでも替えがあるわけじゃねえんだからすぐ消耗しようとすんな!次やったら向こう一週間家事全般全部彩恵にやらせるからな!?!?」
「そんな!アキっ殺生なあぁぁぁ!?」
家事全般、というアキのセリフに彩恵が過剰反応を示す。すがるような目でアキのことを見つめてくる彩恵にもう一発チョップを決めると、ため息をついてこういった
「やらなきゃいいんだやらなきゃ。…まあ洗濯くらいは手伝ってやるけど。」
「アキ愛してる!!!!」
「馬鹿抱き着くな!!!」
「グエッ!?」
腰のあたりに抱き着いた彩恵の襟裏に指をひっかけ起用に外す。その勢いの遠心力でソファーの上に彼女を放り投げた。同時に妙齢の女性らしからぬカエルの潰れたようなこえが響く。
さっすが、と手をたたく直緒をアキはにらみつけた。
「そもそも直緒がついてたのに何で止めなかったんだ…。」
「いや~だってさ?ドア開けた瞬間「おなか減ったあああ」って叫びながら転がってくとは思わないよね。普通。」
「それをやるのが彩恵なんだ。」
「いや~無理でしょ。アキもかなりの頻度で止めそこなってるのに、まして幼馴染じゃない私にはムリムリ。」
「…チッ。」
「アキ行儀悪い。」
「うっせ。」
直緒がアキへと冷たい視線を流し込んできたが、それを背中で受け流しソファーに向かった。無論、彩恵がソファーから落ちてさらに砂まみれになる前に回収するためである。
学校の一角を居住区として使っている彼らであったが、床ははだしではちょっと踏みたくない有様だしコンクリートのかけらもそこらに散らばっている。おまけにろくな掃除道具もない。
食事のために机を合わせながら直緒がぼそりと「せめて箒と…あと雑巾くらいは欲しいな。」ぼやいた。アキも無言で首肯して同意の意を示す。砂埃が舞わない机でご飯を食べ、布団で寝る。ちょっと前であればごく当たり前な、当然の環境を整えることすらままならない。
それもこれもすべて3年前に起きたアレのせいだった。
―――――――神変
突如世界を終わりへと導いた謎の光。
とある国では通勤時間に、とある国ではお昼の時間に、とある国ではベッドの中にまえでその光は降り注いだ。
今でもその光が何だったかはわかっていない。
ただひとつわかっているのは、
その光のせいで人工知能、いわゆるAIが世界を滅ぼし始めたということだけであった。