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四章 掲げるモノは

 一章のクライマックスです。

戦闘シーンは、ありありと情景が浮かぶように書いてみました。楽しんでいただければ幸いです。

 




「………………ぇ……………………」






 宙にある。赤黒く熱を帯びた刻印を握ったまま、生暖かい血を流しながら。男の手が、飛んだ。



 血が頬にかかる。鮮血が視界を覆う。それでも、黒く塗り潰されて麻痺していた自分(5K─149)の頭は、「助けられた」という事だけを朧気に理解する。




「っぎ、あ゛あ゛あ゛あああああぁぁっ!?」




 数分にも思えた一瞬。目の前の男から発せられた絶叫が、ホール内を支配した。




「ステラ様!?」



 凍り付いた時間が動き出した。今更気付いたように、従者の男達が転げ回るステラに駆け寄る。



「だ、誰だ!? どこにいるっ!?」



 ぼんやりと座っている自分(5K─149)になど、誰も目をくれない。見当外れの方向に怒声を飛ばす商人達。総員が次々に抜剣する。


 自分(5K─149)だけが、『彼等』を見ていた。





 至極色その物を纏ったかの装衣。四人。子供もいる……? 少し前に出ている人影が、剣先をこちらに向けている。あれで、切ったのだろうか。こんなに距離が離れているのに? そんな事あり得ない。でも、そうとしか考えられない。あの刃で斬ったとしか……。



「――――」



 ――動いた。天蓋の上に微動だにせず立っていた人影が、それぞれ別の方向に。二人は天蓋の上を、剣を携えた人影ともう一人が……、飛び降りた。



「――い、いたぞ! あそこ、……っ!?」



 後で上げられた商人の声が途絶える。余りに遅い発見だった。目の端で、怒声を打ち上げて指を上に向けた男が、硬直する。




「――んだってんだあいつらはぁ!?」




 壁を、駆けている。その足が吸い付いたかのように、靴音など微塵も響かせずに。悪趣味な絵画の掛けられた、湾曲したホールを至極の礫が向かってくる。



 はやい。常人の速さではない。姿が霞んでいる、のだろうか。見る事すら許されない速度だ。空を斬り裂いて地上を睥睨するはやぶさのように、左右から一直線に……。



「殺せぇっ! てめえら、絶対に逃がすなぁ!?」



 あの男……、ロクスと名を呼ばれていた男が、狂ったように剣を振り上げる。迫り来るたった二人の人影に切っ先を向ける奴隷商人達。数十人程の男達が未知に立ち向かうべく走り出したその姿は、皮肉にも英雄譚の一節を幻視した。





「――――余りに、愚鈍だ」





 ――刹那。





 屈強な兵士と化した商人達の体が、ほこりのように宙を舞った。





「――――――ァ   」




 声も、出せなかった。一合すら、一太刀すら及ばなかった。剣を携えた人影が、武器を持った右腕を振るった、ように見えた。視認出来る速度を優に越え、霞んだ瞬間。鋭い音と共に、鮮血が昇った。生きていた人間とは思えないほど滑稽に、事切れた男達が落ちていく。



「………………な、」



 数瞬の間に起こった事を、理解出来ない。もやに包まれた感覚で、ただ呆けて目の前の寸劇を見ている。



 口から溢れた驚愕は、誰の声だろうか。至極の弾丸は止まらない。






 商人達を無造作に斬り捨てた小さな影が、大きく弧を描く様に壁を駆ける。突き刺さる氷槍の様な、見えない視線に射抜かれているのが分かる。指すら動かない。もう一人の人影が、左側の壁から跳躍し、軽く舞台の片端に降り立った。



「……まあ、特にどうという感慨も無いが」



 着地した人影が声を発する。商人とその影の距離は十数メートル。恐怖が濃霧となって沈んでいく。至極の内からは、感情が感じられない。



 フードに隠された顔は窺えない。代わりに耳に届いたのは、女の声だった。古びた青銅の鐘を思わせる、落ち着いた声音。大木のような耳に沈む声が、身に纏う未知と殺気(・・・・・)に釣り合っていない。



「帝国に魂を売り渡し、【奴等】を盲信し非道に堕ちたその生を、せめて最期は我等・・が見届けよう」



 重く静かに、地を這うように舞台上に響く宣告は、息のある者全てを震えさせる。この僅かな間に、商人達は半数まで少なくなった。戦意を失ってただ立っている。






 分からない。何がどうなっている。混乱。驚愕。あんなに深く淀んだ絶望を、いとも容易く打ち砕かれた。運命のいたずらにでも助けられたのだろうか。



 力が抜けて、未だに立てない。それでも、両目だけは大きく見開かれているのが分かる。眼前で繰り広げられている事を、一瞬でも見逃したくない。不思議と、そう思う。



 貴族達の姿が見えない。逃げたのだろう。外にはまだ二人、至極色の人影がいるのだろうか。ステラやあの肥えた貴族達は、殺されただろうか。







 あの男(ロクス)が見える。自分を治した(・・・)、あの能力ちからを持つ男がいる。自分達(どれいたち)を辱しめてきた商人達が立っている。各々の手にある剣は、地を指したままだ。目の前の、たった二人の敵を、恐れている。





 憎しみは、無かった。奴隷商人達に目を付けられ、全てが終わったあの時から、絶望を何度味わったか分からない。自分(5K─149)まだ人間だった時(・・・・・・・・)、一晩中語り合った友が、次に目覚めた時には冷たくなっていた事。不衛生な環境で真面な食事も与えられず、流行り病にかかって息絶えた隣の檻の子。でも、商人達の事が憎くはない。何も、感じない。





 分からない。心が、妙に澄んでいる。








 何故、

 5K─149(わたし)はこんなに、

 胸が高鳴っているのだろう。







 漆黒に塗られた世界が広がっている。




 (5K─149)だけが、今はっきりと透明に輝いた。









「諸君が奪ってきた有形無形の供養には到底足りないだろうが、せめてその命を貰って行こう」



「…………斬るのも反吐が出る」




 軽い跳躍。剣を持った影も舞台に降り立つ。……あの剣、錆びている? 刃が朽ち切っている。あれでは人を斬れるはずがない……。あんなに鮮やかな剣戟を経たにも関わらず、刀身が一滴の血にも濡れていない。赤茶の鈍い輝きを帯びている。





「――――あ…………」




 やっと息を吸う事を思い出した喉が、音を漏らす。







 ――――――紋章。





 (ひるがえ)ったマントの中。至極色に染められた影の中に一つ、左胸の辺りに真紅と漆黒の模様。女らしき人影にも付いている。



 ……鎖に封じられた玉座だろうか? 絢爛な様にも、燃え盛る様にも見える。その場所に座っている者はいない。前には、無造作に地に突き立てられた二本の質素な剣が施されている。女らしき影が付けている物は、少し違うようにも見えた。



 剣を持った人影が、商人達の方にコツコツと歩いて行く。女らしき方は微動だにしない。何が起きたのか分からないまま、商人達はこの影達に殺されるのだろう。ふと、他人事のように浮かんで消えた。





「――――お、お前ら、その紋章……」



 ロクスが、信じがたい物を見たかのような掠れたうめき声を出す。身体が小刻みに震えている。その巨躯では滑稽な程に、頬を撫でる死に怯えている。だが、濁った黄土色の両目はただ一点を、影の正体を示す紋章を捉えていた。




「――――は、ははっ…………。【背徳の玉座】……、だと? あり得ない、階法一級大罪人ども(・・・・・・・・・)が、まさか、こんな…………」




 自分(5K─149)を治した男が、掠れたうめき声を溢す。最後の方は、混乱に埋め尽くされて聞こえなかった。しかし、静かに消えたその言葉尻とは対照的に、周りの男達は半ば狂乱を呈してざわめいた。



「あの錆びた剣、手配書で見た事がある……。まさかあの餓鬼、【虚斬(そらきり)】……!?」



「ふざけんな、なんで『全世界の宿敵』が俺達を狙うんだよ!! なんでこんな所にいるんだよ……!?」




 先程までとは比べ物にならない絶望。その者の名らしき言葉を、恐怖と畏怖が入り交じった涙声で交わす。



 自分《5K─149》の知らない名前だった。だが、色の付き始めた世界から流れて来る言葉達が、『悪』だと、この至極色に染まった影達は絶大な違和であり、異常の者であると告げていた。






 何故か、似ていると感じた。





「……煩いな。時間も無いと言うのに……。腐り切った外道を刈るのに、理由などいらん。俺達の存在理由はそれだけだ」



「世界の裏に住む者同士(・・)、互いに思う事もあるだろうが……。我々は『絶対悪』であり『闇』。諸君は、『悪』だ。この世には往々にして、【断罪ギルティー】が必要だろう?」




 急激に舞台上の温度が下がったように感じた。



 影達は、何を言っているのだろう。【断罪】? こんな終わりかけの、腐敗した世界で裁きを振りかざす物など、貴族達か【奴等】しかいない。自分達は『絶対悪』だと、確かに言った。快楽殺人犯(サイコキラー)ではないと断言できる。




 だが、本当に影達が『絶対悪』なら。

『全世界の敵』であるのなら。





彼等・・】なら、(5K─149)を助けてくれるかも知れない。

























 後から思えば浅はかにも、そう思った。


 読みに行けていない方の小説を読む事になると思うので、もしかすると次の投稿は遅れるかもしれません(´・ω・`)

 すみません……。

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