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20 私のアイドル

20 私のアイドル


 筋肉トレーニングを開始してもう20か月が経とうとしている。20か月といえば何年だろうか。もはや何年の月日が経とうというのだろうか。いや二年か。二年も経っていない。一年とそれから8か月。正確な月日を表すと、一年と8か月ということで、二年は経っていないけれども、しかしそれに着実に近づいているし、何といってももう一年と半年は過ぎたということだ。筋肉トレーニングを始めて! 私は筋肉トレーニングを始めてもう一年と半年の月日を経ているのだ。ニコラスは自分の体を改めて鏡を使って見た。自宅にあった姿見へ自らの肉体を映し出し、それの観察を行っているのである。ニコラスは鏡に映しだされた自らの肉体を見て思った。「みよこのすばらしい筋肉を! この素晴らしい肉体を! これはさすがに筋肉トレーニングをしている。筋肉トレーニングを毎日している人じゃないと、とてもじゃないけれども作り出せない肉体だろう。そりゃあボディービルのコンテストとかに出ている人たちと比べるとあれだけれども、あれだけれども! でも普通の人と比べるとさすがに違う。これはもうさすがに違うといってもいいだろう。筋肉が完全に以前に比べて大きくなっているし、張りやツヤなども違うように見える。何よりバランスがいいからとてもかっこよく見えてしまうんだな。これはもう努力の結晶といっていいだろう。努力の結晶以外の何ものでもない。筋肉トレーニングをしなければ絶対に手に入れることのできない筋肉を、俺は今やっと手に入れ始めたというわけなのだな。ジムにはまだまだすごい人たちがいるからな。とんでもないバケモノ級の筋肉を有している人たちもちらほらいるんだ。その人たちは何ていうか、見るからに筋トレしています! もはや筋トレをすることが仕事です! みたいな人たちだからな。俺が彼らのレベルにいつか到達するのかどうかはわからないけれども、今のところはまあ正直いいかな。正直あそこまでのレベルにまでは到達することがなくてもいいかなって思う。だって逆にあそこまで行ったら、もう戻ってこれなくなりそうだもん。え? 戻ってこれなくなるって一体どこにって? いやそれは何ていうか、筋トレへの恐怖っていうかね、不安っていうかね、誰でも思うと思うんだけれども、努力に努力を重ねれば、それに反比例して巨大化していく自分の肉体を見ていると、それはそれでやっぱり一つの恐怖だと思うんだよね。好きだよ? そりゃ筋肉トレーニングをしているときは無心でいられるし、こうやって鏡の前に一人で経って日々の成果を確認するのは至福のひとときといってもいいくらいだろう。でもジムにいる人たちの中にはね。ジムにいる人たちの中には、もっと凶暴で強烈な人たちもいるんだよね。そういう人たちはもう本当に何ていうか、一見しただけで筋肉の虜になっている人たちなんだなっていうかね、筋肉に逆に支配されてしまっている人たちなんじゃないかなって思ってしまうんだよね。つまり俺もね、こうやって筋肉トレーニングのことを中心に据えてほぼ毎日を過ごしてしまっているんだけれどもね、ジムにいるほかの本格派の人たちを見ていると、いつまでも昔のように引いた気持ちっていうのかな、とにかく一歩後ろに下がったような気持ちで彼らの筋肉を見るくせみたいなものが消えないんだよね。それって何なんだろうね。それってどういうことなんだろうね。わかんないけど、でもそういう気持ちってあって、それは筋トレに励んでいる俺でさえ、まだ普通に持っている感覚なんだよね。でも自分の筋肉を見るとさ、やっぱり筋トレしてきて良かったって思うんだよね。だって昔の自分の体よりあきらかにかっこいいからね、100人が見たらきっとそのうちの90人くらいの人は、うん、今の方がいいね、今の方がかっこいいねって言ってくれるに違いないからね。だからそこへいくと、昔の自分の肉体と、もし仮にだよ? もし仮にだけれども、俺がジムに数人いるようなスーパーマッチョな肉体になったとして、それと比べるとすると、まあ半々くらいかな? 半々くらいの確率で、きっとみんなは、いやそんなにムキムキになるんだったら昔の普通体型の方がいいでしょ、いくら努力しているからってね……いくら努力しているからって、それが他人の評価に直結するとは限らないでしょ、みたいなことを言ってくると思うんだよね。まあそんなこと実際に誰かに言われたら、じゃあお前は真面目に筋トレしたことあんのかよって言いたくなると思うけどね、それはまた変な話だからね。したがってまあ何ていうのかな、本当に、本当に恐怖心の正体っていうかな、いまだに俺が筋トレに対して持っている引いた部分っていうのかな、まあそういうのって筋トレをしている俺の中にもまだ存在しているんだよね」


 ニコラスは服を脱いで風呂に入ると、いつの間にか風呂から上がってタオルで体を拭いていた。タオルで体を拭いていると、自分の筋肉を自分の目で間近に見ることになる。かつ自分の筋肉も自分の手で触ることになる。ニコラスは風呂上りに自分の体をタオルで拭きながら、さらにこのようなことも思った。「だけどずっとこのまま筋肉トレーニングをしていたら、いつかは俺もジムにいる人たちと同じような感じになってしまうのかな。同じような感じになってしまうのかなといって、それはもちろんあの人たちと同じようなレベルにまで筋肉を強化してしまうことになるのかな、ということだ。その可能性は十分にありうる。だってあの人たちだって、最初からあのようなバケモノじみた筋肉を身にまとっていたわけではないのだ。生まれつきである程度の筋肉量をほこっている人は世界中にたくさんいるだろうが、一目で、あ、この人筋トレすさまじくしているんだろうな、とみんなから思われるほどの筋肉量は、そりゃもう生まれつきではなかなかあり得ない。それなりの、それ相応のそれらに対する努力はしなければならないのであって、ゆえにバケモノじみた筋肉を持っている人たちというのは、それらにそれ相応の努力や時間をかけてきた人たちであるということにほかならない。そして、ということは、彼らも以前は自分のような状態のときがあったということだ。つまりバケモノじみた筋肉量を誇る前は、普通の、いや普通のといって、まったく筋トレをしていない状態よりは、いくらかは筋トレをしていてそれなりに人に見せられる体、ほどよく筋肉がついていてバランスのいい、すらっとしていてかっこいい、かつむきっとしているところはむきっとしていて力強く、力を籠めれば筋肉の美しさもすばやく醸し出すことが出来る――そんな肉体を所持していたときもあっただろうと思うのだ。彼らはそのような、今の自分と同じだといえるような肉体から、さらにレベルアップして今のバケモノ級の筋肉を獲得したのだ。やはり自分もそのような可能性があるのでは? 俺も現時点では今の自分の肉体の出来で満足しているけれども、もう少し、もう少しと理想を求めているうちに、いつの間にか感覚がマヒしてしまって、バケモノ級の筋肉を身にまとってしまうということもあるんじゃないだろうか。一体俺は何が楽しくて筋トレなんかをしているというのだ!」ニコラスは真っ裸になった自分の体を改めて鏡に映した。あられもない姿がそこにはあった。だが彼の頭の中では、非常に混乱している、何がしたいのか明確ではない、何を考えているのかわからない、ここまで目をつぶってやってきたが、これからもそれでいいのか、このままでいいのか、何かを変えなければならないんじゃないのか、だが変えるとして果たして何を変えればいいのか、わからない、結局俺は何が何だかわからない、と常に問いとそれに対する答えを探し求めているような感覚で埋め尽くされそうになっていた。そこでニコラスは、相変わらず自分の作り上げてきた肉体を鏡越しに凝視しながらも、まずこの混沌としている頭の中の状態を整理したいと思った。強く明確にそう思った。


 ニコラスはこんな仮説を自分の中で組み立ててみることにした。「もし逆プロテインというか、逆筋肉トレーニング的な――要するに今まで拡大を続けてきた筋肉に対する縮小を主としたトレーニングや食事があったら、いつかはそれにチャレンジするか?」


 ニコラスは体を拭いていたタオルを洗濯機に投げ入れると、服を着ていつものようにキッチンに立ち、プロテインと水を専用のコップ型の容器に入れて左右にシェイクし始めた。シェイクしているあいだに彼は自らに課した自らの新しい問いかけに、まずは自らの頭の中で答えてみることにした。だが彼は同時にこんなことも思った。「いや、それをするのは、まずこの今日の最後のプロテインを飲み終えてからだ。今日のこのプロテインを欠かすことはできない。もはや日課になっているのだ。だからこのプロテインを飲み終えてから課題に取り掛かっても、十分に自分はまだ満足するはずだ」

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