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19 コンビニのチョコバー

19 コンビニのチョコバー


 ニコラスはハードな筋肉トレーニングを終えて非常に高い満足度を覚えながらいつものジムを後にした。仕事を終えた後でジムでトレーニングをするのである。ジムでのトレーニングを終えた後は、いつも体がふらふらになってしまう。さらに最近では、食事制限も意識するようになって、好きなものを好きなだけ食べる、というような感じではなくなってしまった。だから余計に体がふらふらするように思う。そう、それで筋肉トレーニングを始める前は、食事のことなどほとんど考えたことはなかった。普通のサラリーマンたちは考えているのだろうか。いや知らないけれども、考えている人は考えているし、考えていない人は考えていないといったところか。じゃあそんな話どうだっていいじゃないか! まあ本当にほかの人たちの話はどうでもよくて、今はニコラスのことが重要なのである。ニコラスは、筋肉トレーニングを始める前は、自らの食事の内容などほとんど考えてこなかった! 考えてこなかったというより、考える必要が一体どこにあるというのだろうか、別に痩せ細っているわけでもないし、太っているわけじゃないんだから、今のままでいいじゃないか、今のまま、何も考えずに好きなものを好きなときに食べるということでいいじゃないか、みたいな気持ちだった。それが筋肉トレーニングを始めてからというものはどうだろう。それこそ筋トレを始めた当初は、ジムへ行って体を鍛えることにのみ集中していたのだが、それもうまくできるようになってくると、今度は食事の方もどうしても気になってくる。もっと食事内容を改善すれば筋肉トレーニングも効率よくこなせるようになってくるんじゃないのか、筋肉の質も向上してくるのではないのか――こんな風に考え始めると、胸が弾んで楽しくなってくる。そしていよいよ食事制限を開始せずにはいられなくなる。結果がどうあれ、とにかく筋肉トレーニングに対していいだろうと思ったことは試したくて仕方がなくなっているのである。したがって今のニコラスは、食事制限をしているのかしていないのかでいうと、している。それも結構がんばってしていて、どんな食べ物に手を伸ばすときだって、それの脂質やたんぱく質の量がどうしても気になってしまう、というような感じなのであった。


 ジムを出て地下鉄に乗る前にコンビニが一件だけある。ジムを出て地下鉄に乗る前の駅にあるコンビニだから、そこは家から最寄りのコンビニというわけではない。そこで何かしらの買い物をすることはあっても、家に帰ってからの食事や、もしくは翌日以降の食品などの買い物をしたことはなかった。食べ物や飲み物を買うときは、地下鉄に乗って降りた後にあるコンビニで買うようにしている。みんなそうだろう。だってジムの近くの地下鉄近くにあるコンビニでご飯を買っちゃったら、電車に乗っているあいだずっとそれを荷物として持っていなくちゃならなくなるじゃん。それでその日は確か何か用事があったのだった。何か食品以外のものを買わなければならない用事があって、それはどこでもよくて、でもかといって思い出したタイミングで買っておかないと、あとからだと忘れてそれが何だったのか忘れてしまいそうだったから――ニコラスは、いつもはほとんど寄ることのないジム最寄りのコンビニの方へと足を延ばした。目的の商品を探して店内をうろついているときだった。ニコラスの目にある商品が飛び込んできた。


 プロテインチョコバー


 何だこれは! ニコラスは、それをテレビのボリュームでいうと2くらいの感覚で頭の中で叫んで、すぐさまその商品の近くへと歩み寄ってそれに手を伸ばした。それはいってみればプロテインの成分が配合された? 普通のチョコバーだった。チョコバーなのだからそれは分類するとお菓子ということになるだろう。だがプロテインという名前も商品の中に入っているので、普通のお菓子とはちょっと趣向が違う。推測してみるに、それはお菓子でありながらも、プロテインの役割もちょっとは果たしますよ、甘いものだけれども、体のことを気にしている人も食べて大丈夫ですよ、だから食べてみてはいかが? というような感じのものなのだろう。ニコラスは思った。「これは俺におあつらえ向きの商品なのではないのかな? これはまさに俺のような人間のために発売されている商品なんじゃないだろうか? いや騙されるな。騙されるなニコラス! これは誰かの罠なんだ。俺の、いや俺たちのような筋トレに大量の時間をささげている人種から金銭やその努力の結晶を搾取するために作られた新手のトラップかもしれん。一見これはすごく筋肉トレーニングに励んでいる人たちにはピッタリの、甘いものをどうしても食べたいときにはぜひこれを食べてその欲望を満たしてください、普通にチョコなどを食べるよりカロリーは抑えられますし、余分なものも摂取されません、ですがその甘さたるやほとんどチョコのごとし、っていうかほぼチョコと同じくらいの満足感を得られることでしょうね、満足感を得られますよ、という風なお菓子に見えるが、実際にはそうはいかないんだろう。世の中そんなに甘いものではないとみんなが言っている。みんなが言っていますよ! だからこうやってパッケージだけを見ていると、とっても魅力的な商品でも、実際に口に含んでみれば、確かにカロリーや余分な栄養素は抑えられているかもしれないけれども、何よりまずい、おいおいこれの一体どこがチョコだというんだ、チョコと同じ満足感を得られますだって? 得られないよ! こんなの食べるくらいだったら、カロリーとか余分な栄養素を犠牲にして、一瞬だけでも本物の味をかみしめたかったよ! みたいなことになるんでしょうね。そういうことになるんでしょう! だから騙されるなニコラス。お前はもう十分世間に騙されてきたんだ。ここでまた同じ轍を踏もうっていうのか? そんなことはこの俺が許さないんだぞ。でもどうせ出費したとしても百円か行っても二百円くらいのものだし、まだ一度も食べたことがないんだから、本当にそれが全然食べられないくらいにまずいものだったとしても、いい勉強になったとすぐに気持ちを切り替えればいいじゃないか、何にせよこれはお菓子なんだ、お菓子なんだから値段が安い、それにもし仮にこのチョコバーのクオリティーが、自分の想像したもの、いやそれ以上のものだったら果たして俺はどうなってしまうのかな? どうなってしまうというんだろう! ちょっと甘いものを食べたいと思ったときに、ぎりぎり手を伸ばせる食品を確保したということになるだろう。じゃあ今後の筋肉トレーニングのペースも格段に上がるんじゃないだろうか。このような食品を手に入れたために、俺は甘いものを摂取するということに対してかなりの余裕が持てるようになったわけだから、きっと筋トレに対するモチベーションというものもうまく保たれてその効率も上がるんじゃないだろうか。やばいよ、やばい。何だよ、いいことづくしじゃないかよ」


 ニコラスがふと立ち寄ったコンビニ内で見つけたプロテイン成分入りのチョコバーに目を奪われて、それについて妄想していると、ふいに彼の斜め後ろあたりから男のものと思われる手がすっと伸びてきた。その手は何も言わずにニコラスが狙いを定めていたプロテイン成分入りのチョコバーをつかむと、すぐさま彼の視界から消え去った。つまりどういうことが起こったのかというと、ニコラスがうわこの商品もしかしてめっちゃいいんじゃないだろうか、どうしようかな、買ってみようかな、と考えていると、ほかの人がすっと横から現れてそれを買って行った、ということなのである。プロテイン成分入りのチョコバーの陳列棚からプロテイン成分入りのチョコバーが一つ減った。まだプロテイン成分入りのチョコバーは何個か陳列されてはいるが、この分だといつ空っぽになってしまうかわからない。購入する人はいるのだ。このままいつまでも迷うのがおもしろいからといって調子に乗っていると、じゃあいざ買おうと思ったときにはもう目の前に商品がない、という事態だって起こりうるかもしれない。何にせよ今一つ売れたのだ。確かに一つ売れた。これは、もしかするとこの商品が今巷で結構話題になっていて、それでまあまあ人気があるから放っておくと割とすぐに売り切れになってしまう、という現象の予兆かもしれない。いや予兆ではなく、その現象の最中に今ニコラスは立ち会っているのかもしれない。こうなってはうかうかしていられないぞ――ニコラスはそう思うと、棚に陳列されているプロテイン成分入りチョコバーに対して若干斜めに陣取っていた自らのボディーを、それらと垂直になるように足をスライドさせて、結果的に自分でも驚くべきスピードで左右への体重移動を完了させた。

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