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11 お手持ちの筋肉1

11 お手持ちの筋肉1


 仕事が休みの日。その日は朝から何もする予定がなかった。どこかへ遊びに行こうとか、どこかへ用事で出かけなければならなかったとか。そのような予定は全然なかった。だが体はうずく。朝は早く目覚める。何をしなければならないというわけではないのだが、何かをしなければならないと思ってしまう。なぜなら今日は休日だからだ。休日ということはどういうことか。仕事がないということだ。仕事が休みで、かつ自分には大量の時間があるというわけなのである。しかしだからといって、やることがない。繰り返しになるが、今日は何も予定がないのだ。普段なら筋肉トレーニングをするためにジムへ向かうことだろう。だから朝早く目が覚めてしまったというのなら、今すぐにでもジムへ向かうための準備を始めるのもいいかもしれない。だが今日はジムへは行かないと決めているのだ! 何だって! せっかくの休日なのにジムへ行かずに一体どこへ行くというのだ? 何をするつもりだというのだ? いや違うんだ。痛めてしまっているんだ。今は少し普段のトレーニングで体を痛めつけすぎてしまって、まともに動く箇所なんてどこにもないほどなんだ。こんなに体中が痛いのに逆にどうやってジムへ行けっていうんだ! 本当にまともな思考をしてほしいものですよ。じゃあなんですか、こんなに体が痛かったとしても、お前はジムへ行くべきだ、ジムへ行って何もすることがなかったとしても、ほかの人たちがトレーニングに励んでいるところを黙って眺めていろとでもいうのか。しかしそうすることでもしかすると、他人と自分のいいところと悪いところを客観的に比較できるかもしれないし、また新しいトレーニングのアイデアなどが浮かんでくることがあるかもしれない。え、いいことばっかりじゃないか! こんなに体が痛かったとしても、とりあえずいつものジムに行ってスタッフさんとかにあいさつをし、そしてほかの人たちのトレーニングを見学させてもらうことってとっても自分のためになってるじゃないか! でもジムには行かない。今日はもうジムへは行かないと決めたんだ! たとえ何らかのメリットがまだジムに残っていたとしても、とりあえず今日は行かないんだ。だって最近職場と家以外の場所で行ったことがある場所といえば、もはやあのジムしかないんだ。あのいつものジムしかないんだよ。あとコンビニとかスーパー。コンビニは近所のを二軒くらいローテーションで行っているし、またスーパーは、大量の鶏胸肉などを買うためによく通っている。大量の鶏胸肉には本当にいつもお世話になっている。ニコラスが部屋の中で特にやることもなく、寝巻のスウェットのままベッドの上でゴロゴロしていると、家のインターホンが鳴った。招かれざる客か! とニコラスは思って、そう確かにネット通販などで何かを注文した覚えはない、覚えない、とりあえず今回のインターホンは無視しようかと思っていると、もう一度それは鳴った。それから何度も何度も鳴った。ホラー映画かな? ニコラスはこの現象によって、インターホンの正体、なぜそれが今何度も鳴らされることになったのかという思考から逃れたくても逃れられなくなった。


 やがてニコラスは考えるのが面倒になり、もはやそれに自分の力だけでは進展を加えることが不可能なことのように思えてきたので、彼はインターホンの受話器を手に取って応答してみることにした。受話器からすぐに人間の声が聞こえてきた。それは決して若くはない、推定40歳くらいの、小学生くらいの子供のいそうな女性の声だった。

「ニコラス・アディソンさんのお宅でよろしいでしょうか?」

 女が言ってくる。

 非常にシンプルな質問ではあるが、ニコラスとしては何と答えていいものか迷った。確かにここはニコラス・アディソン、つまり自分の家ということで間違いないのであるが、しかしそのことを正直に答えていいのだろうか。というか、そう正直に答えると、次の展開はどうなるのだろうか。何かまずいことにどんどんと巻き込まれていってしまうような気がする。しかしだからといって、いいえ、ここはニコラス・アディソンさんの家じゃありませんよ、なんて答えたところでどうなるというのだろう。相手は開口一番にニコラス・アディソンの名を出してきているのだ。ということはもう知っているということだろう。何かしらの方法で、彼女はもうすでにこの家が俺の家だということを知り得ているのだ。だからそうやってもうすでに彼女が俺のことを知り得ているということは、ずばり彼女はこの俺に何かしらの用事があるというわけだ。用事があるからこそわざわざ今日この日に彼女は俺の家にやってきたのだ。とすればやることは一つだけ。ここが誰の家なのかどうかということは関係ない。彼女の目的、彼女の今日の目的が何であるのかということを突き止めることが今の自分にとって最も重要なこと、やるべきことなのではないだろうか。

 ニコラスは言った。「どちら様ですか」

「私、実はアディソン様に今日とんでもなく有意義な情報をお持ちしたんです。それはもう本当にすばらしい、話を聞いてもらえれば必ず興奮していただけること間違いなしのものなんです。いかがですか、ぜひ一度私のお話を聞いていただけませんか」

 いやそんなこと言われてもな、とニコラスは思った。こちらが誰なのかと聞いているにも関わらず、女は結局自分のことは何も喋らずに、いい情報を持ってきたらとにかく話だけでも聞いてくれないか、とくるのである。怪しい匂いがプンプンする。なぜこの女は自分の身元を明かさないのか。どこかのセールスだったとしても、とりあえず会社名とか売っている商品、それから自分の名前くらい言ったらどうなんだ。それすらも言えないというのか。じゃあやっぱり怪しいじゃないか。怪しいんじゃないか? この女はとっておきのすばらしい情報が……なんて言っているけれども、最終的には俺を騙して、俺に何かを買わせようとか契約させようという魂胆なんじゃないだろうか。これまでこんな人が俺の家を訪ねてくることはなかったのにな。どこからか情報が漏れたんだろうか。どうやってこの女は俺の家を突き止めたというんだ? 適当にやってきてインターホンを押したなら、俺の名前をフルネームで答えられるわけがないし。何なんだろう、とっておきのすばらしい、きっと俺が興奮するような情報って? もしかして彼女は俺とただお話をしに来ただけとか? いやそんなわけのわからないことをするはずがないよな。

「目的がよくわからないんですが」ニコラスは素直にたずねてみることにした。「あなたはどちら様なんでしょうか? そんなすばらしい情報がございますと言われましても、それがどんなものなのか、何についてなのかもよくわかりませんし、だいたいどうしてあなたは私の名前を知っているんですか? 私にどのような用事があって今日ここへ来られたというのでしょう」

「あなたはジムに通われていますよね?」

 ジム? ニコラスは思った。ええ、通っていますとも。もう同じジムに通ってかれこれ10か月が経とうとしている。10か月だってさ! 何事も飽き性の俺が、よくそこまで続けられたもんだ! よっぽど家にいるときにすることがないのかな?

 ニコラスは答えた。「ええ、通っていますが」

「私はそこのジムの者なんです」

「え、何ですって?」

 女は自分が、ニコラスの通っているジムの者であるというのだった。ニコラスはこの女の返答に驚きを隠せなかった。まさかいきなり家をたずねてきた女がいつも通っているジムのスタッフだったとは! しかしこんなことってあるのだろうか。いやないだろうと思っているからこそ今自分は心底驚いているのだ。ただ考えてみて、確かに彼女がジムのスタッフだったとしたら、合点の行くところもある。それはやはり俺の名前がもうすでにばれているということと、俺の住所や、俺がジムに通っているという情報を保持されてしまっているということだ。だって俺の個人情報を登録してもらっているジムのスタッフだというんですからね! 逆にそういう人が俺の個人情報を知らないとなると、これはこれでまずい問題のような気さえするからね。でもなんで? でもどうしてこの女の人は今日俺の家にやってきたというのだろう。そこが解せないじゃないか。

「本当なんですか?」ニコラスは言った。「確かに私はジムに通っていますけれども、あなたがそこのスタッフさんであるという証拠はどこにもないですよね。あいにく声だけでは判断しかねますし、顔を見れば見たことのある人かもしれませんが、とにかく名前を言ってもらわないと信用できませんよ」

「名前を言えばいいんですか?」女がたずねてくる。

「まあ名前を言われたところで、私がいつも接しているのは、ごく限られたスタッフさんだけで、あなたのことを存じ上げるかどうかはわからないんですけれどもね」ニコラスは言った。「でもあなたがあそこのジムのスタッフさんだとおっしゃるのなら、名前を言っていただいて、それから明確に今日の目的なんかをおっしゃっていただけるとありがたいんですが」

「オートロックのドアを解除してお部屋の玄関まで案内してもらえれば、ジムスタッフの社員証をお見せできますよ?」女が言う。「そこにはジムの名前は当然のこと、私のフルネームや顔写真もはってあります。あいにく私はジムの者ではあるのですが、きっとニコラスさんの通ってらっしゃる時間帯にジムにはいておりませんので、面識はないかと思うんです」

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