託されたもの
男は刀との距離を後Ⅰ歩まで近づけると上段に刀を構え一気に刀に向かって振り下ろした。
刀は持っていた箱で刀を受け止めた、箱に刃が食い込み男は抜こうと刀を引いた、刀はその引く力を利用し男の頭上の方に箱を押し男を仰け反らした。
「なに!」
そして箱を切れるようわざとスライドさせ食い込んだ刃を離し、体を後ろに捻り回転するように仰け反ってがら空きになった男の脇腹に箱で殴りつけた。
「うっ」
男は脇腹を抑えつつ後ろに飛ぶように後退した。
「驚きましたね。ただ刀打ってるだけの脳筋だと思っていましたが、意外と柔らかい動きをしますね」
「親方から昔から『刀は力まかせに振っても意味が無い』って言われてたもんでな。それにあんな大ぶりに上段から振って受け止めてくださいって言ってるようなもんだぞ」
「御指南どうも、では攻め方を変えましょう。」
男は刀を剣先を刀に向け床と並行にするように構えた。そして
「せっ!」
腕をバネのようにし前に突きだした。
「うおっ!」
刀は反射的に上体を後ろに倒し紙一重でそれを避けた。
しかし、相手の刃はそのまま刀の方に向き追撃してくるのである
「くっ!」
しゃがみ込み追撃してくる刀を避けたが、それを見越してたのか男の蹴りが顔面に炸裂した。
刀はそのまま転がり込み壁に激突した。
ヨロケながらたち口から垂れる血を拭い確認するように手についた血を覗き込んだ。
そして相手を睨みつけた
「突きとは趣味の悪い攻撃だな!避けたらそのまま俺に刀振ってくるし
どんだけ俺を殺したいんだよ!」
「貴方は不快です。素直に殺されてください、時間の無駄です」
「人を殺すまでの時間が無駄な時間かよ…」
刀は相手の言動に呆れた
そして、今の会話で少し冷静になりあたりを見回しあるものを見つけた
(イケるかもしれない)
ゆっくりと重心をあるものの方へ向け、一気に突っ走った。
「なっ!」
刀の行動に驚きつつ刀を追った
しかし、男の顔面にあるものが飛んできた
「なんでこんなものが!座布団とはふざけられたモノですね!」
『座布団』である
飛んできた座布団を男は切った。
すると中身の綿が飛び散り男の視界を奪った。
「ちっ」
舌打ちする男にさらに、綿の視界からもナニか飛んできた
「もらったぁ!」
声とともに『箱』が迫ってくるのである
しかし
「甘いですね、そんな典型的な視界の奪い方じゃ攻めきれませんよ?」
すると男は、刀の鍔で箱を受け止めようとした
だが、不意に刀は笑った
何かを感じ男は避けようとしたが遅かった。
刀は箱を鍔に叩き込んだ。
すると箱は、さきほどの刀を受け止めた時の切り込みから亀裂が走り、刀の押す圧力で外側にしなり
一気に砕け散った
無数の木くずの中に浮いている刀の柄を刀は見逃さなかった。
刀は柄を掴み腕を引き、先ほど男にされたみたいに鐺を男の方に思いっきり突きだした。
※鐺
刀の鞘の末端、またはそれにはめる金属
「はぁっ!」
気合とともに放たれた突きは男の頬を掠めた。
男はよろめきながら体勢を整えた
男は刀を確認するとにやりと笑い刀に問いかけた
「それが零刀”継”ですか、それも見た目は普通なんですね。さぁ早く鞘から抜いて刀身を私に拝ませていただけませんか?」
「お前に言われなくてもコイツでお前をぶっ飛ばして親方の居場所を聞いてやる!]
そして刀はゆっくりと鞘から抜いていく
「『ぶっ飛ばす』か。でも、そう簡単にいくとは思わないで…」
男の言葉は途中で途切れた。
そして刀自身も目の前のモノにただただ絶句するのであった。
「なんですその刀は?」
だが、刀はその質問には答えない聞きたいのは自分である
その刀は鞘が白かった、その刀は柄も白だった
そしてその刀には、刃が付いていなかった。
刃が逆についている『逆刃刀』なら知っている。
だけど、刃がどちらにも付いていない、強いていうなら『刀の形をした鉄の棒』である。
「そんなモノが名工、斉王一の最後の作品だなんて、老いて刀の形を忘れてしまったただの駄作ですね」
刀とその製作者を馬鹿にするような言い方に、刀は怒りを覚えた、最初は見た目に驚いていたものの刀は、握っているうちに刀から製作者の魂、この”刀”の完成度を感じ取っていた。
「見た目で判断するのは早いと思うぜ?そうやって外面だけで判断するからさっきみたいに予想外のことが起こるんだぞ」
と、相手を挑発するように先の攻防の事を言った。
「言ってくれますねぇ、では証明しましょう私の眼が正しいことを、貴方が言ってることはただの戯れ言だということを!」
そうして、お互いに刀を鞘に収め居合の姿勢をとった。
刀は、体を縮め込み鞘を左手で握りこみもう片方の手を柄から少し手を離れたところに置き静止する。
対して男は、鞘を背中の方に横に構え体をほぼ真後ろに捻り重心を少し押せば倒れそうになるくらいに前に構えた。
周りが静寂に包まれ2人はまるで銅像のようにピタリと動かない。
一瞬が永遠に感じるのか永遠が一瞬に感じるのかそれは対峙している彼らしかわからない感覚である。
そしてその時がきた、ほんの少し落ち葉が数ミリ動く程度の風が部屋に吹き今まで静止していた空間を揺らした。
それを合図に2人は抜剣。そして加速。
速さはほぼ同じ、お互いの刀で十字を描くようにぶつかりそして鍔まで刀が滑り込み純粋な力での競り合い。
力の勝負は刀が少しずつ上回り始めた。
方や鍛冶師、方や暗殺者。
力に差が生まれるのは必然であった。
男は『このままではまずい』と直感して鍔迫り合いから引き距離を取ろうとした。その姿を見て刀は昨日の鍛錬のコトが脳裏をよぎった。
『攻めることも大事だ』
その言葉を思い出し刀は、男が開けようとした間合いに入り
「そこだぁぁぁぁぁ!」
相手の刀身の根本に一閃。
ピシッと微かな音をたて、男の刀はそこか一気に粉砕した。
刀の破片が、ダイヤモンドダストのように煌めきながら舞った。
「ばかな…」
男は折れた刀を見ながら信じられないといった顔をしていた。
当然である、日々手入れを入念にこなしてきた刃こぼれも一切許さなかった刀が、少しの打ち合いで折れてしまったのだから。
呆然と立ち尽くしている男に刀は言った。
「お前の敗因は、この刀のことを全く理解しようとしなかったこと、そして最後に引いたことだ。別に守ることは悪いことじゃない、でも守ってばかりじゃだめだ攻めることも大事だ」
(こりゃブーメランだな)
と内心で思いつつ男に先の戦いの敗因を告げた。
「刀のことを…理解?」
男は刀が何を言っているのかわからなかった。
それでは刀にも感情があるみたいな言い方であったからである。
刀はモノ、感情も理性も欲望もないただの道具である。
「まるで感情でもあるような言い方ですね」
男は考えていたことをそのまま告げた。
「感情ねぇ…それもあるけど、俺が言いたいのは役割だ」
「役割だと?」
「ひとつ聞こう、刀は何するものだ?」
「そんなの決まってます。『切る』ものです」
当然っと男は返す。
「そうだな、でもこの刀は違う。アンタさっきこの刀は刀身がない駄作って言ったな。それはなこの刀が刀を『折る』ために作られたからだ」
「刀を折るため!?何のために!」
刀が言ったことに男はただただ何故としか聞くことができなかった。
「これは俺の推測だがこの刀の製作者、斉王さんだっけか?これの前に作った刀を折るためだ」
「なぜわざわざ折るための刀を作るのです!そんなの炉にいれればすぐ済む話です!」
「そこまではわからん、ただ何かこの刀にはある。それは間違いない」
そう言って刀は、零刀を鞘に戻した、それを合図にお互いの会話が途切れた
再び沈黙の時間がやってきた