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罪と記憶。  作者: 柊
2/2

第1話 記憶を捨てた。


* * *


 あれから、男は何かに追われるままにあてもなく逃げ続けていた。

 背後から迫りくる何かばかりを気にしていた男は、前方にある一つの気配に気付かない。


「!!」


「きゃあっ!?」


 少し急になっていた斜面を駆けあがったところで、一人の少女と出会う。


「び、びっくりした…」

 森の中で一人、座り込んでいた少女は目を丸くしながら立ち上がる。

 

 声をあげてしまった事が恥ずかしかったのだろうか。少し気恥ずかしそうにしている少女は、二十歳を目の前にしている男よりも幾分幼く見える。まだ、十五、六といったところだろう。


 肩あたりまである真っ黒な髪。そして、茶色くて丸い瞳が自分の姿を映した。


「すごい汗、顔も真っ青よ」


 心配そうに様子をうかがう少女の声と共に、背後からはあのうめき声が近付いて来る。


「っ!!」

 振り向いたそこには、先ほどよりも確実に近付いている血に塗れた敵軍と、仲間達の姿。

 逃げなければ、と足を踏み出そうとして、それは失敗に終わった。


 何日もの間、逃げ続けていた体はとうの昔に限界なんて超えていたようで、一度立ち止まってしまった足はカクンッと力なく崩れ落ちる。


「大丈夫!?」


 男に駆け寄って、体を支えようとした少女の手を払った。


「に、逃げ、っ、ごほっ」

 逃げてくれと、伝えようとしたそれはカラカラに乾いた喉に詰まり、言葉にならずに終わる。

 早く、早くしないと追いつかれる、そう思って後ろを見れば、少女も男に倣って振り返る。


「なにか…あるの?」


「な、にかって…!」

 かすれた声を絞り出せば、少女はきょとんとした顔で男を見つめている。



 なにか、とはなんだ。この少女は一体何を言っているのだろうか。

 血塗れの姿で、うめき声をあげて追いかけてくる彼らを見て何も思わないのか。ほら、振り返ればもうすぐそこまで来ている。


 森の向こうを凝視している男を見て、少女はもう一度よく目を凝らしてみるが、不思議そうな顔をするだけだった。


「なにも、見えないけど…?」


(そんな…そんなはずない。だってもう、実際にすぐそこまで…!)


「それより、あなた大丈夫?顔色悪いわ」


 そう言って、彼らのことを気にもとめずに背中に手をあてた少女に、男は言葉を失った。

 そうこうしている間に、目前までやってきた彼らに男はもう駄目だと、とっさに少女を腕に抱き、覆いかぶさるようにしてギュッと目をつぶった。


「きゃあっ!?!?」


 迫りくるソレに身を固くするが、少し経っても何も起こらないことに違和感を覚える。


「ちょっと、離して!!」

 どんっと胸を押されて、少女を解放すれば、少女は目をまん丸に見開いて男と距離を取った。


「急になにするのよ!?」


「あ、え…?」

 男がきょろきょろとあたりを見まわしても、先ほどまで近くにいたはずの彼らの姿が見えない。

(なん、で)


「ねえ、聞いてるの?……後ろになにかあるの??」

 しきりに背後を気にする男に、少女は怪訝な視線を向ける。


(見えて、ないのか………いや)

 違う。そうではない。出会った時から、少女には何も見えていなかった。


 きっと、初めから「彼ら」はいないのだ。

 そもそも、殺し、殺されたはずの彼らがいるなんてこと、あるはずがなくて。だが、それならばこれまでずっと自分を追い続けていたものは、なんだというのか。

 

(あれが全部…全部気のせいだって…?)

 ぐるぐるとまとまらない考えを巡らせていれば、突然、男は腕を掴まれる。


「血が…!!」


「血」という言葉に、どくりと心臓が嫌な音を立てた。

 見れば、右手の甲には、またべっとりと血がついている。


「…!!」

 何故、確かに拭ったはずなのに。男がごしごしと服に血をこすりつければ、少女は慌ててそれを制止する。


「駄目よ!そんなに強くこすったりしちゃ!」

 傷に良くない。と言われて、自らの手に視線を落とせば、手首のあたりでぱかっと開いた傷口から、鮮やかな血が滲む。


 (僕、の…)

 返り血だと思っていたそれが自らのものだったとわかり、男は心の底から安堵した。


「とにかく早く手当しないと、私の村に来て!」

 立てる?と少女に腕を引っ張られて、ふらふらとおぼつかない足取りながらも立ち上がれば、少女がそっと男の体を支えてくれる。


「あなた、どこから来たの?」

 この辺じゃ見かけないけど、という少女の問いに男は言葉を詰まらせた。


◇ ◇ ◇


 自分は、国を捨てて逃げ出した。

 罪のない、多くの人を殺めて。


 そして、自分についてくれた仲間も、みんなみんな死んだ。

 その全てが自分の責任で、自分が犯した過ちだった。


 男に、言いようのない息苦しさが襲う。


「…わ、からない」

 男の返答に、少女は首を傾げる。


「どこから来たのかわからないの?あなたの名前は?」


「…わからない」


 少女は、疲弊しきっている男の姿を頭から足の先まで打ち守る。


「もしかして、あなた…記憶がないの?」


◇ ◇ ◇


 全て、覚えてる。忘れられるはずがなかった。自分が犯したこの大きな過ちを。

 でも、それを、受け入れることが出来なくて、向き合うことから逃げてしまった。


 だから、僕は…。


-記憶を失くしたフリをした-


またお会いできて嬉しい限りです。

激しく試行錯誤中です。頑張ります。

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