留守番電話
こんにちは、葵枝燕です。
日本全国的にみれば、お盆はもう終わりかもしれません。しかし、旧暦で動くことの多い沖縄県では、もうすぐお盆中日を迎えます。なので、お盆っぽい話を投稿することといたしました。
ジャンルは[文芸(ホラー)]ですが、こわくはないです。
それではどうぞ、ご覧ください。
鍵を取り出す。室内に入る。
「ただいまぁ」
応える声はない。当然だ。私しか、住んでいないのだから。
一人暮らしを始めて、三年目の夏がやって来ていた。毎日毎日、暑い日が続いている。暑いのは嫌いだった。
粘り着くような、空気が嫌い。耳に纏わり付く、蟬の声が嫌い。肌を刺す、日差しが嫌い。
そんなことをつらつらと考えながら、リビングに入る。冷蔵庫を開け、麦茶を取り出す。グラスに注ぎ、一気に飲み干す。そして、空になったグラスに、また麦茶を注ぐ。夏はやっぱりこれに限るな、とふと思う。
そこでようやく、固定電話に目がいく。留守番電話のボタンが、黄色と黄緑色の中間みたいな曖昧な色で点滅していた。グラスを持ったまま、空いていた右手でボタンを押す。無感情な機械音が、録音が一件あることを告げる。
『もしもし、カナ?』
懐かしい声が、スピーカーから零れた。一瞬、私の手が止まる。
『元気にしてるの? あんたってば、ちっとも連絡してこないんだもの。たまには、帰ってきなさいよ。お父さん、心配してるわよ。顔見せるのが難しいなら、電話だけでもしなさい。……でもきっと、そうする暇もないくらい忙しいのよね。でも、たまには帰ってくるのよ』
スピーカー越しに聞こえる母の声は、「たまには帰ってきなさい」という旨の言葉ばかりを続けた後、
『お盆くらいは、ちゃんと来るのよ。それじゃあね』
と言って、切れた。後に続くのは、あの無感情な機械音がメッセージを削除するのかを訊ねる声だ。いつもなら、迷わずに消していたはずだ。機械音のメッセージさえ、まともに聞かずに。でも、できなかった。
「カナ」
「ただいま」
三日間にわたるお盆初日の前日。私は久々に実家に帰った。玄関に立っている私を、父が驚いたように見つめている。
「何よ、ジロジロ見て?」
「いや、今年は帰ってきたんだなと思ってな」
そう、私は去年の夏は実家に帰らなかった。いや、帰りづらかったという方が正しいかもしれない。
「母さんに言われちゃあね」
ボソリと呟いた。父が不思議そうに首を傾げる。
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない。母さんに挨拶しなきゃね」
私は靴を脱いで、廊下に一歩踏み出す。そして、足を前に出した。
目指す場所は、この家の奥にある仏間。そこにきっと、母はいるだろう。
いつ見ても変わることのない、笑顔のままで。
この作品は、二〇一六年八月五日(金)に掲載した『眠りなさい』という作品同様、公式企画[夏のホラー2016]に出そうと思っていたものです。しかし、『眠りなさい』の文字数が企画規定を満たせませんでした。なので、この作品とセットにして、連載という形でどうにか出そうと思っていたのですが、それでも足りませんでした。ズルズルと悩んでいる間に、締め切りが過ぎてしまったのでもう短編でいいかなってなりました、はい。
やはりホラーではないと思うのですが、こういうホラーが私は好みです。決して自画自賛ではないです(ちょっと思ってるかもですけど)。
読んでいただき、ありがとうございました。