vsドラゴン
フェノに後ろからついていく。
一旦閉まったドアが再度自動で開いた。
「自動ドアとは豪勢なことで。」
維持に魔力がかかりすぎるため実用化されている事例はほとんどない。
そして一人でそれを維持するとなると片手で数えられるほどしかいない。
ドアが閉まる前に中に入る。
「涼しいです~。」
恍惚とした表情をするケイ。
フェノの魔法のお陰で忘れていたが外はとても暑かった。
「ん、25度。いいかんじ。」
フェノ自身も空調の出来に満足しているようだ。
先程膨大な魔力を流し込んでいたのはこの設備を稼働させるためだったのか。
維持にかかるコストを考えると身震いしてしまう。
天井を見上げるとそこには燦然と輝くシャンデリア。
視線をもとに戻し前を見ると、つやつやと黒光りするカウンター。
地面も一面真っ黒だったがこちらはつや消し加工がされていたためスカートの中を反射で覗くことはできない。
スカートを履いてこんなところに来る人はいないから関係なかった。
「エントランスかここ。あれが受付?」
フェノはそう、とうなずいた。
「この建物は宿にでも使うのか?」
こんな町から中途半端に離れた辺鄙な場所に泊まる人がいるだろうか。
ここで一夜を明かすくらいならそのまま町へ向かったほうが良いと考える人の方が多そうだ。
「宿じゃ、ない。」
やはり違ったか。
フェノが町で配ったチラシをよく見ておけばよかった。
「じゃあ何をするんだ。」
その時だった。
轟音と共に受付諸共漆黒の壁に穴が開きそのまま弾けとぶ。
飛び散った黒色の壁の破片がそのままの勢いで嵐となって俺たちに襲いかかる。
「ん、Dテンペスト。」
フェノは落ち着いてそう唱えた。
虚空に浮かび上がる巨大な魔方陣。
突如として巻き起こる風。
それはただの風ではなく。
相当な質量がありそうな破片さえ弾き返していく。
圧倒的魔力を叩きつけることによる防御技。
床さえも抉りすべてを轟音のもと、つまり破壊された壁の方向に弾き返した。
衝撃音と共に巻き起こる煙。
「な、なんなんですか。」
状況に理解が追い付いていないケイ。
煙が晴れていくと共に相手の姿が明瞭となる。
人間ではない、異形。大型の魔物。
「ってドラゴンじゃないですか!なんでこんなところに!?」
驚愕する彼女。
ドラゴンは魔物のなかでも上位存在。大半の人間は目に入れることもなく一生を終える。そんなものが職場にいたのだ。驚くのも無理はない。
「フェノ、こいつはペットか何かか。犬小屋ネタの続きか?」
「違う。勝手にはえた、みたい。」
「ドラゴンってはえるのか。」
「まだ、設定おわってない。だから、かも。」
指を頬に当てながら思案顔。
「全く訳がわからないぞ。とりあえずペットじゃないなら倒してしまっていいんだな。」
「ん、おねがい。わたしがやると……。」
先程の魔法でえぐれた地面を見ながらそう言う彼女。
確かにフェノが暴れると建物へのダメージが大きすぎる。
彼女が大技以外を使っている所を見たことがない。そういうポリシーなのだろう。
今、ドラゴンを拘束している魔法も常人にとっては切り札になり得るレベルの代物だ。
「ってなんで戦おうとしてるんです!逃げましょうよ勝てっこないです!」
我に返ったケイが叫んでくる。
「大丈夫大丈夫。すぐ終わるから。」
「終わるのは私たちってオチです!?」
まずもってフェノがいる時点で負けははあり得ないのだが。
そもそも現時点、拘束できている段階で戦況は一目瞭然だ。
「なんでドラゴンが動かないのかわからないですけど逃げるなら今がチャンスです!どうせ攻撃通らないんですから!」
拘束されていることに気づいていなかったようだ。
だが意外とケイは魔物について勉強しているらしい。
しかし、だ。
俺は地面を蹴ってドラゴンに向かって飛び込む。
フェノの拘束でドラゴンは動けない。
その巨体を幾重にも重なる魔方陣が覆っていく。
これこそがドラゴンの固さの正体。幾重にもわたる防御魔方陣。
俺を迎え撃つつもりなのだろう。
「モニさん!」
素手で飛び込む俺の姿はどれだけ無謀に見えただろうか。
俺はそのまま防御魔方陣を素通りし、ドラゴンの顔面に右ストレートを食らわせた。
豪快に吹き飛ぶその巨体。
「やべえ!」
そのまま壁に着弾させると相当なダメージが建物に。
そうなると俺が戦った意味がない。
「間に合え!」
ドラゴンが飛んでいった方向に回り込みその体を受け止める。
そして地面を傷つけないようにその巨体をゆっくり下ろした。
「ミッションコンプリート。」
満足げな顔のフェノと呆けた面をしたケイが目に入ったのでそういって俺は右手でブイサインを出した。
「ドラゴンが出るようなところでする商売ってなんなんだ。」
一旦家に帰り戻ってきたフェノに声をかける。
彼女は建物の傷を直すために戻ったのだろう。
事実、えぐれた床も綺麗になっており上にふかふかの絨毯も敷いてある。
先程までドラゴンがいたなんて誰も全く思わないだろう。
「それは……。」
そこまで言うと彼女は受付の方へ向かっていった。
「ダンジョンのアトラクションをやるらしいですよ~。知らなかったんですか?ていうかドラゴンがでたのに全く動じないですね。」
ケイが空気を読まずにそう言う。
「どうして今まで言わなかったのにこのタイミングで言うんだ。」
かっこよく決めようとしていたであろうフェノが固まってるぞ。
俺は呆れたような目線をケイに向ける。
「わ、わかったんですしいいじゃないですか!その視線やめてください!」
彼女は頬に朱を差し、顔をそらした。
「で、フェノ。何をするんだ?」
「……ダンジョンの、アトラクション。」
フェノは見せ場をとられて不貞腐れていた。
「ダンジョンのアトラクションって言われても正直全くわからん。普通のダンジョンとどう違うんだ?」
アトラクションというくらいだ。なにか差別化を図って引き付けるものがあるはずだ。
フェノは一瞬逡巡するような素振りを見せたあと。
「中で、誰も死なない。景品も、ある。」
「本当にアトラクションなのな!」
ダンジョンはそんな甘い場所ではない。
もっとも薄情で命の価値が軽い場所。
だからアトラクションというのを強調してるのか。
「死なない、けど。同等。魔法で色々、ある。」
「同等ってなんだ同等って。」
「ん。」
よくわからんが、一応危機感覚をなくさせないような工夫は行うようだ。
「れっつ、ダンジョンライフ。その受付が、ケイ。」
「ですです。」
目線を向けられて頷くケイ。
「ケイって元王女なんだろ?いいのか?」
「なにがです?」
「際どい衣装だよ。」
「だからコンパニオンじゃないです!」
「ん、ケイはローブ。私のを。認識齟齬、必要だから。」
身元が身元だからそういう措置は必要か。あのローブなら大丈夫だろう。
「つまり私は、私服。モニは、至福。」
にこにこと大好物を食べた時のような表情をするフェノ。
その笑顔に目を奪われる。
「あまりうまくないからな、それ。」
照れ隠しにそう言ってしまう。
少し想像してしまったけど私服姿のフェノは確かに至福だろう。
「フェノはジャミングかけなくてもいいのか?俺と相手はお前の方が心配なんだが。」
フェノは微かに微笑み。
「モニは、優しい。でも、心配ない。」
その横顔はどこか寂しげで。諦念の色が滲み出ている気がした。
「な、なんですかこの空気……。確実に私だけおいてけぼりです……。」
先程の反省を生かしたのかケイは空気を読んで小声だった。
「よくわからないですけど……。フェノさんがローブを脱いだら、なんでダメなんですか?今だって私たちしかいないのに。」
ケイがまともだ。おかしい。
「色々あるんだよ。」
俺はフェノの代わりに答える。
「うう、失礼なこと考えてないです?と、とりあえずお風呂に入るときとかどうしてるんです?」
ケイは納得がいかないような顔でそう聞く。
「じゃあ、今から一緒に、お風呂。モニも、あせかいてるから。」
フェノは事も無げにそう言った。
お風呂回が来るのだろうか。
次回は選択肢付きです。選択によってフェノがダンジョンの性質を変えたりそれによって桶屋が儲かったりします。
評価ブクマありがとうございます。