エセセレブ舌
「というわけで、今日から私も居候です!」
「却下だ。」
「ん、おなじく。」
「なんでですか~!」
フェノにまで却下されて涙目のケイ。
「まず第一に初対面の奴を住ませるほど俺は優しくない。二つ目は面倒ごとが確実に増えるから。そして三つ目はお前みたいな奴と住むと理不尽な暴力にさらされそうだから。以上。」
三つ目は完全なる偏見だ。着替え姿を不可抗力で覗いてしまい暴力が振るわれる。そんな未来が見えてしまったのだ。
「フェノ、ペットを飼うなら自分の土地にちゃんと犬小屋をたててしっかり世話をするんだぞ。」
「犬扱いはひどいです!」
「伝達ミス。任せて。モニと、私の、二人の家。」
「スルーですか!」
この任せては多分、自分の土地でちゃんと飼うから安心してという意味だろう。
自分の部屋で飼うなよ。
「フェノの土地だか家だか、結局まだ見てないんだがどんな感じなんだ。そもそも家はどうなってるんだ。」
居候するとのことで忘れていたが家ってあるのか。
「ん?」
首を傾げるフェノ。
「立派な家があったじゃないですか。いや、家なのかよくわからないですけど。あそこの大家さんじゃなかったんですか。」
ケイのアホを見るような視線。
なるほど。色々と前提で認識に齟齬があったようだ。
しかし、そんな建物あったか?
「じゃあそこにフェノが住んで犬小屋でもたててケイを買えばいいんじゃないか。」
「やっぱり犬扱いです!?」
顔を赤くしてバタバタしている。創作ダンスって奴か。
「モニの家、住む。」
いつの前か目の前に。彼女の瞳の美しさに吸い込まれそうになる。ケイとは違う臭い。懐かしくて、心落ち着く。そんなよい香りだ。
「顔が近いって。」
俺がそういうとフェノは1歩下がり。
「ダメ?」
上目使いで彼女はそういった。
その表情は驚くほど蠱惑的で。
「ダメじゃないさ。もう荷物も運び込んでるんだし。ということは、フェノの敷地にたっている家にケイが住むってことか。まだ見てないからどんな感じだか全くわからないが。」
「よかった。ん、家、じゃない。けど、そう。」
「私が住むのって家じゃないんですか!?」
要望が通りほくほく顔のフェノが、家ではなく犬小屋になってしまうのかという哀愁を漂わせたフェノとの対比でよりいっそう輝く迷空間が出来上がった。
「なんだかよくわからないがとりあえずサクラコの犬小屋を見に行こうか。」
「おー。」
「犬小屋じゃないです!いや、私にどうこうする権利はないですけど……。ほら、あの。あんな建物の隣にそんな粗末なものをたててしまったら景観がどうのこううのの条例に……。ああ、なんというかほら。私にも人間として最低限の……。」
ケイが何か言っているが聞き流して立ち上がる。
確か、フェノは隣っていってたよな。
そう思いつつ玄関のドアのノブに手を伸ばし、開けた。
右か左か考える間もなく。
「正面かよ!」
隣じゃなかった。
えらく荘厳で仰々しい神殿のような建物。
冗談でもこんな建物の隣に犬小屋を建てようと思えない。
いやいや。流石に正面にあったならばいくら回りを見ていなかったとはいえ、二階に窓から侵入したときに気づくはず。
まさか半日で建てたとでも言うのだろうか。
「フェノ……。前から思ってたが規格外すぎるだろ……。」
思わず漏れてしまう呟き。
夢でも見ているのだろうか。
意味がないと思いつつも自分の頬をつねる。
そしてケイの頬もつねる。
「ひはいでひゅ、なにふゆんでひゅか!」
わかってはいたが夢ではないようだ。
「フェノ、これどうやったんだ。」
「ん、企業、ひみつ。それに、規格外さならモニが上。」
いつの間にか隣に来ていた彼女はいつものようにフードを被っていた。
「モニさん。隣に居る人、誰です?」
ケイは不思議そうな顔でそう聞いた。
「誰って、フェノだろ。他に誰もいないぞ。」
「そう、ですよね。」
納得のいってない表情をしながら思案顔になるケイ。
「モニ、認識阻害、きかないから。」
そういえば前、フェノから聞いた気がする。
「ケイ、フェノは認識阻害のフードを着けてるからそのせいでわからないそうだぞ。」
「そうだったんですか。でもなんで使う必要があるんですかね。」
「さあな。そんなに気になるなら本人に聞くべきだろ。」
「いえ、そこまで知りたいわけでは。」
確かに少し不思議な気もするがそれを言い出したらきりがない。
フェノはそういう人間だ。この一言で十分だと俺は思った。
謎の建築物へと歩き出したフェノに1歩遅れてついていく。
「ケイ、ここに住むのか?」
新興宗教の総本山のような建物。無駄にアーティスティックである。
「どうせ私にはこんなところはもったいないから犬小屋に住めっていうんですよね。私には決める権利はないんですよね。」
犬小屋ネタを引っ張りすぎたせいで軽くすねてしまった。
「俺が悪かった。犬小屋に入れられそうになったら俺がどうにかしてやるから機嫌直せって。」
第一フェノがそんなことをするはずがないから俺がこんなことをいう必要もないのだが。
「わかった。今度街でおすすめの料理を奢ってやるから。」
「ほんとですか!いつ、いつですか!」
犬のように即物的な一面を垣間見てしまった。
しかし思い返すとケイは王族だ。俺のおすすめは通用するのか。
庶民の味で、「まあ、美味しいですわ。」とか言ってしまうエセセレブ舌だといいがそんな希少な人種は見たことがない。
「王族の舌に合うかどうかはわからないぞ。」
過剰な期待をされないように先に釘を刺しておく。
「大丈夫です!下町の味、美味しいです!」
エセセレブ舌だった。王族なのに。
「なんですかその目は。失礼なこと考えてないです?」
「いや、元気が戻ってよかったな。それよりフェノは何をやってるんだ。」
フェノは先程から荘厳な扉に手をあて膨大な魔力をながしこんでいた。
その量はおよそ平均的大人百人分。
陳腐な表現だがまさに規格外としかいいようがない。
「ん、通った。」
家に魔力を通し簡易結界を張ることもあるがそんな家庭的なものとは比べ物にならない魔力密度。
様々な効能を持った魔力で包まれており並の砦よりも優に勝ることは誰のめから見ても明らかだ。
何よりもこれだけの結界を涼しい顔をして作り上げたフェノは驚嘆に値する。
「これは、なんなんだ。何かと戦うのか?少なくとも家ではないよな。」
「入れば、わかる。」
小さくて大きな彼女は、そうそう言うとそのしっかりとした足取りで中に入っていった。