お転婆皇姫
「モニ、ただいま!」
心なしか明るい声。チラシが全部捌けたのだろうか。あれだけの量を配るなんてもはやプロの域だ。
「おう、おかえり。」
ふと顔をそちらに向けるとフェノはフードを被っていなかった。
(なるほど。かわいいは正義、か。)
一人で勝手に納得していると外から声が。
「ねぇ。もうはいっていいですか?」
聞き覚えのない若い女の声。声から細かい年がわかる特殊能力はないが勘が17歳だと告げている。
「ダメ。」
ぴしゃりと否定するフェノ。
「まだ、許可、とってない。」
そういってこちらを見る彼女。
「許可なんていらないぞ。ここはもうフェノの家でもあるんだ。遠慮なんてするな。」
いちいち自分の家で許可をとる必要なんてない。
「私と、モニの、家。」
その事実を噛み締めるように目を閉じ、彼女は端正な顔を綻ばせた。
「はいって、いいよ。」
そのままフェノは後ろを振り返り玄関の影にいる少女に声をかける。
「ふい~。あちかったです~。溶けちゃいますよ~。」
そういいながら出てきた件の彼女。汗が額を伝っている。
多分17歳の彼女は、室内を見渡すなり。
「うわー、何ですかこの広い工房は。王都にあった一番の鍛冶屋と同じくらいありますよ!でもここまで来る途中に魔物が出てきちゃうし。装備が破損したときとかはこんなとこまで来たくないですね~。あっだから売り上げが悪いんですね!」
ここまで初対面の人にずけずけいわれるとは。だが客足が少ないのは事実。泣き寝入りで不起訴するしかない。
「品質は、いい。」
フェノがフォローしてくれる。
「ん~。無駄に大きいだけなのかよくわかんないです。すごいんです?」
煽りなのか天然なのか。全くもって悪気のない顔で彼女はそう言った。
「よくわかんなくていい。フェノ、こちらの17歳の少女様は如何用で?」
「何で年齢は知ってるのに、知らないんですか!?もしかしてフェノさんとの事前打ち合わせの際、私の年齢だけ聞いて満足しちゃったんですか!」
事前打ち合わせもしていないし勘しか関与していないのに年下に欲情する変態の烙印を押されてしまった気がする。
助けを求め視線をフェノに向ける。
「ケイは、受付。」
彼女は得意気にそういった。
「なるほど受付嬢か。」
コンパニオンのような感じかな。商業イベントってそういう感じか。
ケイと呼ばれたこの少女が際どい衣装でも着るのだろう。
ならば俺はそれに合わせた土産物を売るか。
「際どい衣装、ない。」
「ちがったのか。」
フェノは驚嘆している俺をジトっと見つめてくる。
確かにそんな衣装は荷物の中にはなかった。
そもそもフェノの荷物はあの謎の操舵輪のような物体と替えのローブと後は下着くらいしかなかった。
何がとはいわないがすごく大きかった。断じて凝視していない。たまたま目に入っただけだ。
見た目は幼いの出るとこが出ているという背徳的エロス……この話はやめよう。
しかしエロくないコンパニオンなんてどこに需要があるんだ。
「誰もコンパニオンなんて言ってないですけど。この人もしかしなくても変態でした。ただの従業員ですよ。従業員。受付とか以外にも事務とかやるみたいです。」
なんで話が通ってないんですかぁとうなだれるケイ。
そんなこと言われても俺部外者だし。強いていうなら社長の大家?
どちらにしろ部外者だ。
「俺はフェノに今日から部屋を貸しているだけ。言うなれば大家みたいなもんだからそこまで気にするな。」
商いにはフェノの土地を使うみたいだし。そういやまだ見に行ってないや。
操舵輪を窓から運び込んだ時は急いでたから回りに気を配ってなかったしな。
「えぇ、ボスと面会するってと言われてたんですけど。」
内心ドッキドキだったんですから、と。
「仮に俺がボスだったらクビにしてるぞ。」
ボスと面会するのにこの態度。大物なのかはたまた馬鹿なのか。
「フェノさんがラフでいいっていったんですよ。ねえフェノさん。」
フェノはこくりとうなずき。
「そんなことより、自己紹介。」
話をそらした。まあいいか。
「俺はモニ。こんな郊外で金物屋をしているただの物好きだ。」
売り上げが悪いとか言われたことを根に持っているわけではない。俺は大人。平常心。
「何か納得いかないですけど……。」
誤魔化されて話をそらされたことに少し不満顔なケイ。
彼女は下を向き嘆息して自分のほほを軽く叩いた。
(気合いをいれたのかな。)
そして息を吸い顔を上げ。
「ストロン王国第4王女ケイ。」
頬に浮かぶ紋章。それは王族のみが知る秘密。
正統な王位継承権所有者の証。
その美しさに俺は思わず目を奪われる。
「以後よろしくです。」
恭しく頭を下げる彼女の姿にはどこか気品が感じられた。
フェノは何を拾ってきたんだ。知ってて連れてきたのか?関係性は。そもそもどうやって?疑問がグルグル脳裏を渦巻く。
元凶の少女。小柄な体に想像だに出来ない力をもつ彼女に目を向ける。
「ぴひゅー……。」
彼女はそっぽを向いて拍子外れな口笛を吹いていた。
わかってて連れてきたみたいだな。
確実に……なにかに巻き込まれる悪寒が……。
「面倒事はやめてくれよフェノ。流石に王族はないだろ王族は。」
隣国の王族なんて爆弾と相違ない。巻き込まれるのはごめんだしフェノにも巻き込まれてほしくない。
むしろどこで拾ってきたの。そういえばフェノは元々隣国に住んでいたな。まさか拐ってお尋ね者になって逃げてきたとか。
「あーっ。ひどいです!私をトラブルメーカー扱いしないでほしいです~。たまにドジしちゃいますけど面倒事なんておこさないです。」
頬を膨らませむくれるケイ。
しかし面倒事は起こすものじゃなくて起きるもの。
「王位継承権持ちってだけでアウトだ。ストロン王国の継承争いなんて血で血を洗うことで有名じゃないか。」
狙われるだろ。
ほとんどが生首になってしまうことがデフォルトなあの国だ。
そんな争いに巻き込まれたくない。
「ホントにこれ知ってるんですね……。何者なんですかモニさん。でも大丈夫ですよ~。継承権は破棄しましたから。私、もう元王女なんです。ほらこれ。よく見てください。」
ずっ、と顔を近づけてくる。近い。鼻の先が触れそうなほどに。
花のような香りが鼻孔をくすぐる。
「そ、そうだな!」
焦って顔を遠ざける。
よく見ると紋章の上に二本の線が。
継承権の破棄なんてできただろうか。フェノを一瞥。彼女はうなずいた。
なにか引っ掛かるがまあその点は百歩譲るとしても元王族というだけでも確実になにかが起こりそうだ。
「私、年齢知られてるのにモニさんの年齢知らないです。」
「知りたいのか?」
「三十路です?」
「三十路じゃない!」
まだセーフだ。
冗談ですよとクスクス笑う彼女。
「俺のフルネームはミソジ・チガウ・モニだ。よろしくするかはわからない。フェノ、どういう考えで連れてきたんだ?」
よくよく考えてみるとフェノは理知的な少女だ。今までの付き合いからそれはわかっている。その彼女がなんの考えなしにつれてくれるわけがない。
彼女は大様にうなずいて。
「ん、報酬に。もらった。」
「です~。」
「なるほどな~。報酬か~。なるほどな~。ってなるか!仮にもこいつ王女だったんだろ!」
王女を禄として与える国など聞いたこともない。
「仮にもってなんです仮にもって~。」
ケイはよくわからないところで顔を膨らませていた。
「正確には、盗んできた。」
「おうじょを ぬすんだら どろぼう!」
動揺しすぎて変な声が出た。面倒事というレベルではない。
「正確には私が姉の追手に殺されかけていたところを助けてもらったんです。」
「やっぱトラブルじゃねーか。」
フェノは何を考えているんだ。
「大丈夫。手は、うってる。」
したりがおで言うフェノ。
「何をどうしたのか知りませんけど私、ちゃんと死んだって発表されてます。」
一応髪もバッサリ切ったからパッと見では多分わからないですし。そもそもあまり顔は公表してないですから。たぶんそう簡単には。
肩ほどまでしかない髪を揺らしながら彼女は微笑んだ。
「そうなのか。いいじゃん。似合ってるよその髪。もともとがどれくらい長かったのか気になるけど。とにかく、俺に迷惑はかけないってことでいいんだな?」
フェノに確認すると彼女はこくこくとうなずく。
「来ても、潰す。ばれない。」
おどけたように右手でブイサインを作り前に出してそんな物騒なことを口走る。
(でもできちゃうんだよなあ……。)
フェノの力は正直チートだ。それだけの力をもつ彼女が言うとこうも説得力があるとは。
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