欠陥住宅
1話の選択は同居する。になりました!
「わかった。じゃあついてきてくれ。」
デメリットはないし幸い部屋は余っている。フェノが使ってくれたら、あいつらも喜んでくれるだろう。
俺は天井を引っ張り跳ね上げ式はしごをおろす。
「かっこいい!なに、これ!」
元々表情が多彩な彼女だが今日は心なしかいつもよりコロコロ変わる気がする。
「お、こういう階段を見るのははじめてか。」
目を輝かせて首を縦にブンブン振るフェノ。以外と知名度がないのか。確かに俺のように通常の階段として使う人は少ない。精々屋根裏部屋に使うくらいだ。
「収納はしごって言ってな、普段は折り畳まれて天井に収納して必要なときだけ下ろして使うんだ。」
「モニ、物知り。すごい。」
目をキラキラさせて称賛してくる。いや、そこまで珍しくないだろう。床下収納と同じくらいは認知度があると信じている。
「じゃあこっちな。」
はしごに足をかけ登り始める。このはしごも自作だが安定感は抜群で自分でも惚れ惚れするくらいの傑作だ。
十秒とたたないうちに二階へとたどり着いた。
「フェノ、登っていいぞ。」
足元の一階と通じる穴に向かって呼び掛ける。
さて、上がってくる前に明かりをつけなければ。
「ファイア。」
無意識下の呟き。つい口が動いてしまう。
明かりは、灯らない。
軽くいつもの無力感に襲われるが、今日は一人ではない。
早く明かりをつけないと。
そう思い、暗闇の中なれた手つきでスイッチに手をのばす。これ外注だから高かったんだよなとか他愛ないことを考えながら。
その刹那ドシン、と大きな音が。まるでなにかが落ちたような。
考えられるのは……。
「フェノ!」
フェノしかいない。まさかあいつ、背中の荷物を下ろさずに登ったのか。
そして二階への入り口で引っかけて手を滑らせて落ちた。
十分あり得る話だ。
はしごを覗き込むと風呂敷を下敷きにしてきゅう、と目を回しているフェノがいた。
「ん……。」
「おっ。目が覚めたか。」
一刻ほどで目が覚めた。意外と風呂敷がクッションとしていい仕事をしてくれたようだ。
「大丈夫か?とりあえず大事なさそうでよかったな。しばらく安静にしろよ。」
とはいっても目が覚めたのならなにも心配することはないんだが。フェノは、こちらをちらとみて軽くうなずくと寝転がったまま。
「セルフケア。」
全身を淡い光が包み込む。総身に循環して、体を光が染め上げていく。その濃淡の脈動は、まさしく幻想的で。
「ん、大丈夫。問題ない。」
そういって微笑みながら体を起こした。
「気を付けるんだぞ。今回はなんともなかったからよかったものの怪我でもしたら大変だからな。」
「気を付ける。そういえば、風呂敷、どこ?」
「フェノの下敷きになってるぞ。」
地面についていた手をバッとはなす。
そして急いで風呂敷から降りて中身を確認。
「お、折れてる……。」
俺も後ろから、ずいと覗きこむ。
「なんだこれは……。」
船の操舵輪のようなかたち。だが、これはもっと禍々しい。
漆黒を基調とし色とりどりの宝石が散りばめられているその見た目もだがその内に奔流している膨大な魔力。
何に使うのだろうか。神話レベルの逸物を前に俺は呆然と立ち尽くした。
「モニ、直せる?」
はたとフェノの声で我に返る。
彼女は涙を浮かべていた。先ほどの涙とは明らかに違う種類の涙を。
そんなに大切なものなんだな。
「魔力が付与されているから無理だ。っていつもなら言うところだがこいつは多分相当高位なモノだろう?それならくっつけてしっかり固定しさえすれば自己再生してくれると思うぞ。」
断面を見ても多層基盤の人工的魔方陣は見られない。つまり、ほぼほぼ純粋な魔力のみで構成された一種の自然物だと考えられる。
その場合ほとんどが自己修繕能力を備えている。これだけの魔力を秘めているのだ。さすがにこいつが例外だというのは考えにくい。
俺は固定に必要な道具をそこら辺から集めてきて修理に取りかかった。
「こうやって、こう。」
折れた部分の切断面と本体を接着し、折れたうでにするようにギプスと枕木を取り付ける。
魔力が循環する程度近づけていればいずれは直るのだがこのようにした方が経験上修復が速い。
これ程までに高級なものならすぐにでもなおるだろう。
「よし。これで大丈夫だ。だから泣くな、フェノ。」
彼女の頭をくしゃっと撫でる。さらさらしていて気持ちいい。ボサボサにならないよう軽く指ですいて、手を離す。
「泣いてない。よかった。役に立てる。」
俺のためのものだったのか。気恥ずかしくなり軽く目をそらす。
「ところでこれはなんに使うんだ。初めて見るタイプのものだが。」
「それは……秘密。」
「そんな危険なものは持ち込めないなー。あー今度のゴミの日いつだっけ。」
勿論冗談。そこまで信用していないなんてことはない。ただ教えてもらえないので少しいじわるをしたくなっただけだ。
しかし、フェノは信じたようで。
「しょ、商売繁盛!」
「なるほど」
なにも解決してないがまあそういうことなのだろう。どう役に立つのか全く検討もつかないが。
「どうやって、入れるの?」
俺の家にある二階への入り口ははしごしかない。
「簡単さ。まあ見てろって。」
「よし、部屋にあの風呂敷おいてきたぞ。」
「……すごい。でも、どうやって?」
フェノは啜っていたお茶をおいてそういった。玄関から出ていった俺がはしごで下って来たことに多少驚いたようだ。
「簡単さ。さっき俺は外に出ただろ?」
家兼工房であるこの住宅を建てた際、誰も疑問に思わずこの間取りで発注してしまった。つまりはしごの昇降口より大きいもの、例えば自室の机やソファーや本棚。そういうものをいれることが出来ない。
俺らが気づいたのは運び込む段になってからだった。
「この家、欠陥住宅なんだよ。」
俺はカラカラと笑った。
「気づいたら、直せばいい。」
「当時は金がなかったんだよ。まあ、今となっちゃいい思い出だけどな。」
それに、不便を感じる度に過去を思い出すことができる。そう心の中で呟いた。
「そして、俺はその時閃いたんだ。」
窓から運び込めばいいんだ、と。
「まさか……。さっきも?」
ジトっと馬鹿を見るような目で見られている気がするが気にしない。
「そうだ。結構重かったなあれ。よく持ってこれたな。」
小柄な彼女に持てるとは到底思えない重さだった。
「魔法、あるから。むしろ、それですむ、モニがおかしい。」
相変わらず、力持ち。呆れたような顔でそう呟いた。
「まあそれだけが売りだからな。それで、どんな商売をするんだ?」
「秘密。それじゃ、ちょっと準備。」
多分、すぐわかる。そういって、彼女は荷物から抜き取っていた紙束を持って町へ向かった。
チラシ配りでもするのか。ということは集客型の商いを行うのだろう。
なるほど。確かにその相乗効果で俺の店に訪れる人は増えるだろう。
(だがなあ……。)
"訪問者"が増えるからといって"顧客"が増えるという訳ではない。
両者には確かに正の相関関係はあるだろうが一概には言い切れない。
例えば、商品の質が悪かったりとかだ。土産物等ならば多少粗悪でも買うかもしれない。
しかし俺が売っているのは武具や防具。命を預ける道具だ。良質でなければ誰も買わないだろう。
(おとなしく土産物店でも始めるか……。)
まあ、そんなことをしてしまったら居候してきた女の子に寄生する只のクズとなってしまう。それは流石に心苦しい。
しかし、全く売り上げが上がらないというのも彼女を傷つけてしまうのではないか。
俺はそのふたつの考えの間で板挟みになっていた。
評価とかしてくれると喜びます。