第5話
ザアァァ…
灰色の空が広がり、雨が降っている。
地面を打つ強い雨は、いくつかの水溜りをつくっていた。
街路を行き交う人はおらず、閉められた店の間を二頭のバギーだけが走っている。
「砂漠の植物に、大量の雨。まさしく異国の娘がもたらす吉兆ですね」
「こんな馬鹿な女が女神だなんて、世も末だね」
敬語の男はバルザック、赤目の少年はラガという。 彼らは王が秘密裏に持つ組織の一員で、いわば暗殺部隊らしい。彼らのバギーに乗せられるときに説明された。
ーーあの後、クラウスのバギーから引きずり降ろされた私は喉元に剣を突きつけられ、首と両腕、両足に抑制具を嵌められた。 抑制具は金色に輝き、赤い石や青い石がはまっているからか、クラウスがはめたものの何倍も重かった。
「あなたは目立ちますからねぇ」
バルザックの一言で、私は口を布で塞がれ、体育座りの格好で麻袋に入れられた。
確かに目立たないが、怪しすぎだろう。
天辺だけ開いているので、私のつむじが丸見えである。
呆れた私の視線は総無視。バルザックは、天辺だけ少し開いた麻袋をぐるぐる巻きにして横向きにし、バギー括り付けた。麻袋の後ろに跨ったバルザックは、バギーを思いっきり叩き、全速力で走らせた。
バギーに括り付けられた私はというと、揺れるバギーの上でガンガン脇腹を攻撃され、つむじから僅かな雨を受けて、不愉快度指数をどんどん上げた。
彼らだってかなり濡れてるはずなのに、バギーを止めもしないし、休むこともしない。
そんなにも早く、王様に会わせたいのか。
または王様が会いたがっているのか。
一体なぜ。
果たして、植物を繁殖させたい場所でもあるのか。
繁殖させたとしても、得られる利益が分からない。
砂漠の植物を思い出す限り、食べれそうな感じはしなかったし、かといって手から出る蔓も花を咲かせるだけだし、ピンチになったら出てきてくれなかった。
脇腹の痛みに歯を食いしばりながら、私の力の使いどころを考える。
バルザックは私を「女神」と呼ぶわりには酷い扱いだし、赤い目の少年ラガに至っては、私を馬鹿な女と呼んでいる。敬意の欠片も感じない。神でもなければ、人でもないと思われているに違いない。
王様に会っても同じように扱われるんだろうか。
「通行許可書を出せ。」
脇腹の痛みでぼんやりとする頭に、男の声が響く。
どうやら町の門まで辿り着いたようで、通行許可書という単語から男が門番なのだろうと想像がついた。
「はいはい、どうぞ。」
バルザックがごそごそと通行許可書とやらを出す音がすると、明らかに怪しいのに、門番たちはそう疑いもせずに通行許可を下す。
麻袋からつむじが見えていないのだろうか。
「奥に馬車を用意してある。」
「はいはい。お疲れ様です。準備がいいことですねぇ。」
「さすが王様」
門番さえグルだったらしい。門は国の管轄だとしたら、当たり前のことか。心の中でため息が出た。 少年が私を馬鹿と言ったのも頷ける。
「ほら、お入りになってください女神様」
言葉とは裏腹に乱暴に持ち上げられ、平らなクッションの上に投げられた。何度も打ち付けられた脇腹に衝撃が走る。肋骨まで響く痛さに、涙がにじむ。
おのれバルザック、分かっててやっただろう。
「ラガ、見張りを頼みますよ。」
「はいよ」
「傷をつけてはなりませんよ」
「わかってるよ」
物騒な会話がなされた後、扉が閉められ馬車は動き出した。
ボスッと、麻袋のごしに小さな手で叩かれた後、少年特有の高い声がかけられる。
「なにもしないから。」
バルザックの強行に怒り震えていたのを、怯えととられたらしい。馬鹿じゃなかったらナニカしてたのかと問い詰めたくなる。
「自分カワイソーと思ってんなら、せいぜい泣いときなよ。オレはそうゆう女、大っ嫌いだけどね。」
ハンッと笑う生意気な口調に、痛みと怒りで滲んでいた涙が溢れた。
お前に痣を押された時の気持ちが分かるか。
見知らぬ土地で迷子になったり、助けられたと思ったらその人が目の前で殺されたあげく、モノのように扱われた人間の気持ちが分かるのか。
「お前が泣いたって、お前にとっての状況は変わらない。お前が我儘を言ったところで、お前を守ってくれる存在はここにはいない。」
淡々と話すラガに、苛立ちが募る。クラウスは私を守ってくれる存在だったこと位分かる。ラガが刺さなければ、というと以前に、私を守るために戦った彼に止めてと言ってしまった私が悪かったことも分かってる。あの言葉さえ言わなければよかったって。
血に濡れた赤茶髪の青年を思い出す。
麻袋に入れられる前に見た、バギーの背に倒れこんだ彼の姿。
降り出した雨のなか、ピクリとも動かなかった。
彼のバギーは殺されずに、彼ごと置き去りにされた。 ラガが「バギーは死人を墓へ連れて行く習性がある。放っておこうよ。王様に早く馬鹿女を連れてこうよ。」とバルザックを止めたのだ。
バギーが今頃、彼を墓場へと連れて行ってるかもしれない。
暗い麻袋の中で、最期に握ったクラウスの手の温もりを確かめるように、両手を擦る。
ーー蔓そのものだ。
クラウスの声と、腕に伸びた蔓の印。
わたしが出した蔓を見る前からあったであろう、あの印。クラウス以外にも神官がいるとして、皆あの印が腕にあるのだろうか。
だとしたら、私の味方はまだいるかもしれない。
「お、もうすぐ城だぜ」
ラガがパシンと麻袋を叩いた。