第2話
砂漠を抜けると街が見えてきた。
街に入る前に、男はどこから取り出したのか、白いローブを私に寄越した。
ただでさえセーラー服は暑いのに、まだ着るのかと反抗すれば、
「お前は珍しい容姿をしているからな。売られたくなければ着ていろ。」
と脅されたので渋々と受け入れた。
街の入り口にはターバンを巻いた門番がおり、男が一握りの石版と金貨を渡たすと、すんなりと中へ入れた。
街には、石造りの小さな窓しかない建物が立ち並び、軒先に出た屋台では食べ物から雑貨を売っており、ターバンを巻いた人から、男のように顔が見えぬほどフードを被った人、鮮やかな布を巻いた女性、薄汚れた半袖半ズボンの少年など様々な人が入り乱れていていた。
「あまりきょろきょろするな」
呆れた声が隣から聞こえ、手を引かれながら雑多な道を進む。
「どこへ行くの」
フードから覗く口はにやりと笑っただけで、答えはしてくれなかった。
男は慣れた様子で人の間をすり抜けていく。
節くれだった男の手はすっぽりと私の手を包み込んでしまうほど大きくて、なんだかソワソワしてしまう。
男の人の手を握るなんて、父親以外で初めてだ。
この男は幾つなんだろうか。フードの頭を見上げながら、男の年齢を考えてみる。声からして30代か、いや外人は老けて見えるから実は20代だったりして。
失礼なことを考えてるのがバレたのか、男は一つの店を見つけると、私の手を離した。
店は混んでいて、男たちが酒を飲み騒いでいた。
給仕をしていた恰幅の良い女性が男に気づき、奥の席へと案内してくれる。
石のテーブルに着くと、男が長ったらしい料理名を注文し、にっこり笑った女性は去っていった。
しばらくすると石のコップが出され、料理はまだ待ってくれとのことだった。
そして、一枚の湿った布を女性が置いていった。
「まずは飲め」
男が口にしてから、石のコップに口をつける。
甘酸っぱいフルーツジュースの味がして、はしたないとは思いつつも、一気に飲み干した。
ぷはっと一息つくと、女性が置いていった布を顔に当てられる。
「なにすっ」
「顔に砂がついてる」
数分前まで砂地に顔を付けていたことを思い出し、素直に布で顔を拭った。
日焼けしたのか、湿った布が肌にしみてヒリヒリした。
「俺は、クラウスという」
男は名乗るが、顔半分しか見えない怪しさ満点の人物である。本名とは思えないので、私も偽名を名乗った。
「鈴木です。」
「スズーキィ?」
「いえ、鈴木。スズキです」
「ズキ、だな」
「いや、スズキ」
「よし、ズキ。これから、東へ行く」
男ークラウスが譲らないので、もうそれでいい。
しかし、方角だけで言われてもピンと来ないので、首を傾げる。
「砂漠とは反対方向で、俺の知り合いの家がある。そこにお前を連れて行く。」
なんで、と身を乗り出したところで、女性が料理を運んで来た。
石皿の上には肉炒めと堅そうなパンが乗っていた。
驚いたことに、先ほど私が飲んだフルーツジュースも持ってきてくれていた。
「いっぱい飲みな。この国では飲まなきゃ体が動かなくなっちまうからさ」
にっこり笑った女性は、他の客に呼ばれて慌ただしく去っていった。
「まずは食おう」
男はパンをちぎると、器用に肉をパンの上に乗せて寄越す。
私には出来そうにないので、ありがたく受け取る。
何の肉かは分からないが、おいしい。
男がくれる肉のせパンを平らげ、フルーツジュースを飲んだ。
一息ついた後、男は、この街がカム・サハルといい、国の一番西に位置し、知り合いの家へはバジーで3日かかると説明し始めた。
バジーというのは、乗ってきた鳥のことでこの国の移動手段の一つらしい。
昼の時間帯は日差しが強く外で出歩くのは自殺行為だ。日が沈むまで寝て、その後出発するそうだ。
私が頷くと、会計をすませて二階へ案内された。
頑丈な石の階段を上がると、ドアが6つ並んでいてそのうちの一つが私、もう一つをクラウスが使うことになった。
初めて異性と泊まることにならなくて、よかった。
「日が沈んだらまた来る。それまで寝ていろ。」
石製の扉の前でクラウスと別れた。
電気がないのか室内は薄暗く、小さな窓にはガラスがはまっておらず、わずかな光が入る程度だった。
この部屋には、私一人しかいない。
「脱いじゃお。」
砂漠では脱げなかったが、今ならいいだろう。
ローブを脱ぎ、汗と砂でバリバリになったセーラー服を一思いに脱ぎ捨てた。
ブラとショーツだけになり、あまりの開放感に両手を広げた。
「お風呂入りたい!!」
叫んで周りを見渡しても、部屋には石台のベッドしかなかった。
「ない!!」
お風呂がない。なんなんだここは。
やさぐれた気分になったので、ベッドにダイブした。
ちょっとふかふかだった。
クラウスが寝ていろと言っていたのだ。
寝てしまおう。
眼を閉じると、そのまま意識がなくなっていった。