出会い4
「大丈夫か」
あたしは、座ったまま湯だった顔で慈悲深い天女の御顔を見上げる。
あ、もう男だって分かったんだから天女じゃないのか。
天男?
何かやだな。
エンジェルにしとこう。
心配そうなチョコレート色の瞳と視線がぶつかる。
穴があったら入りたい。
そして、そこで大号泣したい。
大学教師ともあろうものが、学生の中で何たる失態・・・
お母さん、やっぱりお母さんは正しかった。あたしには、ダメだったのかもしれない。
でもね、誰がさ、誰が、こんなエンジェルがいるって予測できた?
あんな、イケメン集団があるって想像できた?
もし知ってたら、心の準備してきたもん。
あまりにも不測の事態に、あたしの身体が許容量を越えちゃって全身で悲鳴をあげちゃったのさ。
あたしは、潤んだ瞳で彼を見上げる。
「ん?」
エンジェルは優しい微笑を浮かべながら、顔を少し傾ける。
君、ナチュラルにそんな事しちゃだめだよ。
まじやめて。
また鼻から赤い液体が垂れてきちゃうから。
君のお陰で、あたしこんな情けない事になっちゃってるんだ。
まだ、お腹に力強い腕の感触が残ってるし。
華奢に見えて、結構腕力あるんだな。
ああ、見ちゃダメ、あたし。
心臓さんの寿命を縮めちゃうから。
「大丈夫、ありがとう。ごめんなさいね、クラブ紹介の邪魔をしてしまって」
せめて言葉遣いだけでも、大学教師としての威厳を保たなきゃ。
あたしは、申し訳ないと言うような困った顔を見せる。
ふっ、鼻をティッシュで押さえながら。
ああ、ださっ、あたし。
「いや、いいよ。俺は、どっちにしろ休憩したかったし。むしろ、俺のせいで悪かったな」
あ、俺って言うんだ。
そっか。
何か意外。
あまりにも可愛い顔してるから、男言葉なんて使わないんだと思ってた。
こないだだって、男の子だって気付かないような喋り方だったし。
「お前も新入生か?悪いけど、うちの部は女は入れないし、マネージャーも男しか取らないんだ。部内で男女問題が起こると面倒だからな」
「そうなんだ。分かった。実は私も今年がこの大学初めてなんだけど、新入生ではないの。でも、若く見てくれてありがとう」
新入生って18歳だよ、君分かってる?
確かにあたしは可愛いけれど、もっと大人の魅力がチラホラ見えるでしょう?
こう言うのは、全面的に出すんじゃなくて仄かに小出しにするのがいいんだよね。
あからさまに出すと、逆に下品になっちゃうからね。
ほら、あたしの大人可愛い姿をよく見てみなさいよ。
あっ、でも間近では見ないで。また、鼻血が出るから。
あと、隣に立たないで、自信なくすから。
はるかちゃんは、頭の上に疑問符がいくつも浮かんでるのが見えるような思案顔で、腕を組んであたしをじーっと見てる。
あはは、困ってる。眉間にしわが寄ってるよ。
可愛い。もっと苛めてやりたくなっちゃう。
「意味わかんないぞ。新入生じゃないなら、何だ?大学見学の高校生か?今は春休みか何かか?」
あ、更に若くなっちゃった。
あたしって、そんなに童顔なの?
大学生はちょっと胸がときめくけど、高校生はさすがに落ち込むわ。
はるかちゃんは、続けて言う。
「お前、こないだも大学に来てただろ。あのガラの悪い兄ちゃんたちに女の子が絡まれてるのを見てたよな」
「覚えてたんだ…」
間の抜けた返事が、あたしの口からボソッと出てくる。
だって一瞬目が合っただけなのに、覚えててくれたなんて。
何かすごくビックリだし嬉しい。
顔がほのかに熱くなって、胸もキュンって反応してる。
「ああ、だってお前、見た目外人っぽいだろ。それカラコンか?よくハーフっぽいって言われるだろ」
はるかちゃんは、へへっと照れたような微笑を口元に浮かべて聞いて来る。
あ、少年っぽく見えた。
「だって、あたしハーフだし」
あたしはサラッとカミングアウトして、更に続ける。
「あたし、今年からこの大学で英語教えているの。こないだまで、オーストラリアにいたんだけど、縁あってここの仕事を頂けたから」
「?!」
はるかちゃんは、あからさまにビックリした顔をしてる。開いた口もふさがらない。
おい軽く失礼だぞ。
あたしはそんなに先生に見えないか。
こう見えて、大学は飛び級入学の首席で卒業してきてるんだけど。
大学院も出て修士号までは持ってるんだぞ。