TUESDAY - Beginner-level English 13
彰姉ちゃんの手が髪から離れてまた頭の上に戻って来る。
もっとなでなでしてくれるのかなって期待してたら、頭を通り越してあろうことかほっぺたまで降りて来た。
あたしのほっぺを微かに撫でてるのを、奇跡と言えるほどに敏感になった肌が感じ取る。
姉ちゃんでも、やっぱり男の子なんだ。
何て暖かくて大きな手。
目で見えない分、細かいとこまで余計に全てを、あたしの素晴らしく有能な触覚器がキャッチしてる。
え?え?
顔が一瞬で熱くなる。
落ち着け、あたし!
少しでも不審な動きをしたら、あたしが本当は寝てないって姉ちゃんが気づいちゃうだろ。
こんな時はラマーズ呼吸法だ!
フェルナン・ラマーズ様ありがとう!
あたしの身体は、陣痛でもあるかのようにこの突然の訳の分からない状況に苦しんでるんだ。
さぁ、あたし、落ち着け落ち着け。
ヒッヒッフ~
ヒッヒッフ~
う、産まれる~(*>з<)
何かかかかが・・・
クスッ
小さな声が聞こえた気がした。
「一生懸命なあんたを見てると、ほっとけなくなるわ。さすが春果が入れ込むだけあるわね」
柔らかな温もりが、あたしの頬を優しく上下に移動する。
そして、その温もりと優しい圧力を残して大きな手が離れていく。
また、どこかに移動するの?
もう何でもいいから、早く帰って、姉ちゃん。
あたし限界だよ。
心も身体も悲鳴をあげまくってるよ・・・。
ヒッヒッフ~
ヒッヒッフ~
「あんた、空手部に来なさいよ。春果もあたしも、みんな待ってるんだからね。
あたしたちに目をつけられた時点で、あんたの選択肢は一つしか残ってないのよ」
チュッ
唐突に柔らかいものが頬に触れた。
一瞬だったけれど、軽く、すっごく軽くだけど肌がす、吸われた気がする。
リップ音が耳元で生々しく響いた。
あたしの息が止まる。
「ハグとキスは“とても大切な愛情表現”なんでしょ。
また授業に顔だすわ。あんたなら、学生たちの嫉妬に駆られた愚行だって上手にさばけるでしょ」
爽やかな声が聞こえたと思うと、またあたしを翻弄していた優しい圧迫感と温もりが戻って来た。
頭を撫でられてる感覚を覚える。
そして、優しくその手が離れたと思うと、ザッザッと今度はさっきと同じ足音が耳に入って来た。
それは次第に遠ざかっていく。
ガラッ
と、またドアが開く音がし、そのすぐ後で全く同じ音が追いかける。
そして・・・
・・・静寂が部屋を満たす。
でもあたしの耳には割れるように血液が流れる音が響いてた。
冷たかった机の表面が、燃えるように熱くなってる。
だからこの子、最早あたしの心を落ち着ける能力を完全に失ったみたい。
だって、心臓口から飛び出すんじゃないかってくらい、尋常じゃない動きを感じるもん。
何だったの、あれ。
何なの、今日。
もう何なの、今日!
あたしのキャパ超え過ぎ。
目が回るよ~
ヒッヒッフ~
ヒッヒッフ~
結局、その後あたしはしばらくフェルナン・ラマーズ様の恩恵にあずかろうと頑張った。
残念なことに“おめでた”では無かったね。
果てしない混乱と、逃げられない、捕まっちゃうっていう焦燥感しか生まれんかったわ。
何が無痛分娩だ。
あたしゃ、心労で頭痛・腹痛・腰痛と痛いのオンパレードだ。
生暖かい4月末の空気が、痛みを促進するようにあたしを包み込んでくれて・・・。
春の匂いも、今日だけはあたしを追い立てるものに成り変わっちゃってた。




