TUESDAY -Beginner-level English 3
「今日は、姉ちゃんも授業受けるの?ってか、そろそろ教室に入って準備しなきゃ」
あたしは焦って教室に足を向ける。
騒ぎの元が分かったから、もう躊躇してられない。
ってか、この展開が定番になりつつあるんだよ。
まじ、なんとかしようよ、自分。
「ええ、もちろん、あたしも受けてくわよ。
実際、夏菜ちゃんすっごく頭いいでしょう。一回会っただけでも、どれだけキレる女かって分かったわ。
そんな子の授業が受けれるんだもの、このチャンスを逃すなんて惜しいじゃない?」
姉ちゃんは、またあたしの頭をなでなでする。
手放しの賛辞にあたしの心は図らずも躍り上がる。
可愛いって言われるより、頭がいいって言われた方がずっと嬉しい。
可愛いのは生まれつきだけど、あたしの頭脳は何年も何年も血の滲むような努力をして鍛え上げて来たものだもの。
しかし姉ちゃんは純粋にあたしを可愛がりたいのか?
立場的には、あたしの方が先生で姉ちゃんを可愛がってあげるべき存在なんだけどね。
春果君に会うたびにギュってされるのも、今こうやって頭を撫でられてるのも・・・
こんな経験初めてだから、あたしは戸惑うしかない。
どう反応したらいいか、分かんなくなるんだよ・・・
あたしは焦点の合わない素直な戸惑いの目を二人に向ける。
「ん?」
「なぁに」
二人は同時に優しく問いかけてくれる。
穏やかな笑顔があたしの心をease(落ち着ける)する。
あたしは何となく気恥ずかしくなってパッと床に視線を逸らして、声を絞り出した。
「な、何でもない」
な、何だこれ。
何か恥ずかしい。
この二人の優しい目は落ち着かない。
気を張ってなきゃなのに、優しくそろりそろりと心の鎧を溶かされてる感覚になる。
「ほら、じゃぁ、あたし達目立たないように一番後ろにいるから、夏菜ちゃん授業頑張ってね。期待してるわ」
背中を優しく叩かれて、姉ちゃんが教壇にあたしを押し出してくれた。
それでPrivateから気持ちがカチッとOfficialに切り替わる。
姉ちゃん、大人だなー。
さり気なくあたしが一番気持ちが落ち着く形で、Publicに送り出してくれた。
あたしは教壇の上で授業準備に取り掛かる。
いつも通り、授業内で配るプリントを整理し、宿題をその隣に置く。
パソコンにログインして、パワーポイントを立ち上げる。
プロジェクターのヴーンと言う起動音があたしの背筋をピンッと伸ばす。
こうなったらもう何が起こっても、あたしはプロなんだ。
あたしの個人的感情が介入する余地が無くなる。
あたしの意識は全て、先生である、と言う一点に集中される。
腕の袖を捲くって、講義ノートにチラッと目を向けた。
今日の流れはもうバッチリ頭に入ってる。
そしてプロジェクターが温まるまでの間に、あたしは宿題を学生たちに返し始めた。




