5 + エンジェル 5
武道場に入る前に靴を置くこじんまりしたスペースが設けられてた。
その奥に、武道場へと導く引き戸がどしんと坐ってる。
威厳溢れる黒檀色。
・・・開けるのが怖くなるな。
何か奥にあるって感じちゃうもの、ちょっと覚悟がいるよ?
「夏菜、ここに靴入れてな?」
春果君は、下駄箱を手の平で指し示す。
指で指さないところとか、何気ないしぐさが本当に上品だな。
やっぱ武道だから、そういう細かいところまで空手部で鍛えられてるのかな。
あたしは靴を脱いで、下駄箱に靴を入れた。
「あ、そっちじゃない。ここだってば」
・・・と思ったら、春果君にそれをパッと取られて、春果君のコンバースの隣にピタッと置いた。
何?
さり気ない独占欲?
あたしの胸がキュンと締め付けられる。
春果君は、きっと無意識にそんなのやっちゃってるんだろうな。
並んだ靴を見て、満足気な顔しちゃってるもん。
「あら、あんた生意気ね」
姉ちゃんが春果君の肩を指でトンッと小突いた。
ああ、あの心底解せないと言う愛くるしい顔。
犯罪だ!
これは、もはや犯罪だ!
周囲の人々の心臓をキュンキュンさせて摩耗させて、挙げ句に死に至らしめちゃうであろう重罪だ!
春果君から目が離せないあたしの耳に、姉ちゃんの声が流れ込んでくる。
「あら、あたし達以外には三足しか靴無いじゃない。響のと、この二足は匠とみなちゃんかしら」
「ああ。琉はまだ来てないみたい」
「きっとまた女のとこよ。それか黒魔術でもやってんのかしら。ほんと、あの子だけはどうしようもないわ」
姉ちゃんが前髪をピンであげながらこっちを向き、あたしを武道場に促す。
「ごめんなさいね。もう一人来るはずなんだけど、とりあえず今いるメンバーを紹介するわ。さ、入って入って」
春果君があたしの手を引っ張って、入り口まで導いた。
武道場の戸が開く。
わ・・・
あたしはの口から言葉が消えた。
武道独特のピリッとした緊張感が溢れる場内に、言葉を発する事がひどく無作法に思える。
場内はそんなに大きくない。
武道場に入るのは生まれて初めてだったけれど、恐らく他の武道場と比較しても特に変わるものもない、ごく一般的な武道場なんだろうな、と思う。
半面が板敷で、半面が畳敷きだ。
入って真っ先に目に入る正面の壁上部に『冥冥之志』と達筆で書かれた大きな額縁がかかってる。
あたし、四字熟語すっごく弱いから意味は分からないけれど、でも筆運びからだけでも圧倒される息吹を感じる。
すっごく日本っぽいな。
こっちに帰って来て、今一番日本にいるんだって気持ちになってる。




