5 + エンジェル 2
春果君はあたしの手を引いて、あたしを武道場に向けてリードする。
嬉しそうに振り返って見せてくれる笑顔に心臓をわし掴まれる。
やばいよ、あたし。
何でこんなドキドキしちゃってんの?
春果君がこんなにあたしに懐いてくれて、ナチュラルにスキンシップしてくるからいけないんだ。
こんな厳かな場所にあたしを連れてくるからいけないんだ。
全部、君の所為だ、春果君よ。
あたしは24歳にして、甘酸っぱくて爽やかな青春を体感しながら春果君に着いて歩く。
威厳ある武道場を囲む瑞々しい新緑があたしの気持ちを更に引き立てる。
ああ、何て麗しい・・・
ガッ!
「グエッ」
一瞬、何が起こったか分かんなかった。
一秒後に首に違和感を感じる。
ってか、普通に苦しい。
テロか!?あたしの首が何者かに絞められた!
ってか、カエルが死んだような声が出た。
生きてる、あたし?!
あたしの手が春果君の手の中からすり抜ける。
あたしは、ビックリして春果君を見る。
春果君は振り返って更にビックリした顔であたしを見てる。
数秒の後、その顔が憤怒の色で染まってく。
え、何で?
何でそこで怒る?
春果君は、あたしに向かって突進してくる。
「春果君、待って待って!あたしは何もしてない!テロリストに襲われただけだ!」
あたしは両手を顔の前で広げて目をつぶって衝撃に備える。
男が女に手を出しちゃいかんと、幼稚園で教わらんかったのか、エンジェルよ。
まして、武道をたしなむ力の強い者が弱者を肉体的に苛めるのは倫理的にまずいぜよ。
やめてくれ、はるちゃん!
「響!お前、何してんだよ!夏菜に触んな!」
怒りに染まった可愛い声が背後で聞こえたと思うと、ゴッと何か固いモノどうしがぶつかる音が間近に聞こえた。
その音と同時に、首の圧迫感から解放される。
あたしは両手の後ろで、そーっと薄目を開けて、音のした方へ顔を向けた。
そこでは、林檎頭と春果君の戦闘が繰り広げられてた。
え?え?
こんな所で何やっちゃってんの、君たち。
ってか、部活紹介は?
ハッ、ひょっとしてこれが部活紹介か?
最も現実的に起こりうる実戦で部活風景を見せるって?
うわー、あたし、地味で現実的じゃなくていいから、基礎錬とかが見たかったな。
こんな激しくて痛々しいの、見なくてよかったな。
部外者には、止めた方がいいかすら分かんないじゃん?
ってか、みんなって林檎頭だけ?
誰もいないの?
誰か止めなよ、このおバカちゃん達を。
あたしは、オロオロと周囲を見回す。
オロオロ
オロオロ
右に左に目を向け足を向け手を向け、誰かおらんものかと探す。
誰か
誰か
あたし、喧嘩の止め方とか分かんないんだけど。
しかしね、あたしこんな時のために常日頃から、悪い行いとかしないよう努力してる訳。
悪い事したら、それが返って来るって言う迷信があるでしょ。
だから、ね。
そして見て。
むしろいつもいい事ばっかしてるからさ、ほら、救世主があの悪路を歩いて、こっちに向かって来てる。
あの明るい茶髪のお兄ちゃん!
オリエンテーションの時に、林檎と葡萄を心配そうに見てたお兄ちゃん!
兄ちゃん!
あたしはあんたを待ってたよ!
だって急にテロリストに襲われて自己防衛本能で目をつぶって、また目を開けたら何故か戦闘が開始しているんだもの。
この事態を収束させられるのは、あんたしかいない!
いや、直接会った事も話した事もないんだけど、何となく女の勘であたしには分かるんだ。
あんたは頼りになる奴だ!と。
茶髪の兄ちゃんはこの激しい戦いを目にしながらも、歩くスピードを上げずゆっくりと、優雅にこっちに向かってくる。
しかし私服も素敵だな。
細い足にピッタリフィットしたスキニージーンズに、ダボッとしたボーダーニットを合わせてる。
長めのペンダントの先では、シルバーやブロンズのペンダントヘッドが数個、一歩一歩に合わせて微かな音を響かせてる。
耳に光るピアスは、明るめの茶髪と合わさって顔全体の印象を素晴らしく明るくしてるし。
後光が見えるんだけど・・・。
ああ、相変わらず心臓と目に悪い集団だな。
綺麗すぎるんだよ。
イケメンは一つところに固まっちゃぁいけない、刺激が強すぎるからね。
イケメンは20人の中に一人混じってるくらいの割合がちょうどいいんだよ。
ゴツンッ
ガッツン
うわっ、大きな音。いたそー。
茶髪の兄ちゃんは、やっと二人の元までたどり着いた。
そして、あろうことか二人の頭に拳骨をお見舞いした。
その派手なパフォーマンスに、あたしの身体がビクッと反応する。
いやいや、空手部なんだけどさ、どいつもこいつもさ、もうちょっと穏便に事は運べないのかい?
見てるこっちも痛くなるからさ。
ほら、はるちゃんも林檎頭も頭抱えてしゃがみ込んでんじゃん。
相当痛かったんだって。
兄ちゃんは、両手を腰に当てて二人の前に仁王立ちした。
しゃがんでた哀れな二人は、薄っすら涙の膜が見られる目で、ほぼ真上にある背の高い兄ちゃんの顔を見上げる。
「あーきーらー、手加減しろよな」
春果君が不満のこもる声で告げた。
林檎頭がそれに続く。
「お前、自分の馬鹿力分かってやってんの。しかも、俺の方が強く殴っただろ」
彰兄ちゃんは冷めた顔で上から二人を見下ろしながら、へんっと鼻から大きく息を吐く。
カッコイイですぜ、兄ちゃん。まじ着いていきたいっす。