5 + エンジェル
(夏菜と英玲奈のSkype talkの5時間前)
「夏菜、あっちに行くと寮があって、こっち側が武道場」
春果君は校舎を出て少し歩いたところで指を左右に向けて、あたしに誇らしげに説明する。
どちらに向かう道も、綺麗な緑やピンクや黄色、白の草花が自然のアーチを作ってる。
東京と言う大都会にいながら、ここはその片鱗さえも感じさせない。
流れている時間の速ささえ、全く異なってる気がしてくる。
そして、それをバックに目の前に立ってる春果君は、自然が生み出した妖精さんとでも形容したいくらい愛くるしい。
可愛い。
いっそ鞄に詰め込んで連れて帰りたい(*´Д`)ハァハァ
おっと危ない。
また悪い衝動が。
あたし、可愛いものに目が無くてね。
あたしの鼻の穴が広がってるのに、彼気づいてないといいんだけど。
あたしは誤魔化すように、焦って春果君に聞く。
「寮?」
「うん。うちの大学、空手部は名門だから全寮制なんだ。あれ、知らなかったのか?毎日、朝から晩まで勉強以外でする事って言ったら稽古稽古、そんで稽古。徹底してんよな。ま、例外もいるんだけどさ」
武道場に繋がる道を歩きながら、春果君は空手部についての情報を細々提供してくれる。
道がぼこぼこしていて、ハイヒールの踵が度々石や泥に引っかかって歩きにくかった。
踏みつけられた数多の葉桜がどれだけの足がこの道の上を通っているかを物語ってる。
何でこんな使用頻度の高い道を舗装しないかな?
あたしが、もたもた歩いていると春果君が手を引いてバランスが取りやすいよう支えてくれた。
「歩きにくいよな、ごめんな。ここ、毎朝のランニングコースで、足腰を鍛えるためにわざと悪い道のまま残してるんだ。たまにレポート締め切り前で徹夜明けの日とかは、俺でも足引っ張られてこけそうになる事がある」
へへっと笑いながら、しっかりした手があたしの体重を支える。
・・・見た目華奢なのに、本当に逞しいな。
こんなに可愛いのに、空手すっごく強いんだろうな。
オリエンテーション、鼻血が出るくらいカッコよかったもんな。
あたしは、春果君の智桜大学空手部の解説を聞きながら、武道場まで歩くことに集中した。
何か色々喋ってくれてたんだけど、歩くことにあまりに集中しすぎて半分くらい右から左に流れちゃった。
春果君、ごめんね。
あたしの聖域から30分も歩いた頃に、やっと武道場に着いた。
ああ、予想外に遠かったな。何て広いキャンパスなんだ。
いつも決まった経路しか通らないから、こんな隠れた場所にこんな建物があるなんて、つゆ知らんかった。
しかしまた、大学まで歩いて帰るのめんどくさいな。
しかも、こんな悪路を。
誰か車出してくんないかな。
あたし、まだ日本の免許取ってないから、車の運転出来ないんだよね。
地味に教習に通ってんだけど、仕事との両立が辛くて辛くて。
そして、教習料金を捻出するのは更に辛くて。
ああ、世の中って厳しいな。
こんな働いてんだから、まじ金くれ。
空手部に入ったら、名門だから大学も給料弾んでくれるかな。
武道場は思ってたよりこじんまりしてて、でも長い歴史を刻んで来たんだろうなって言う経年の風格が漂っている。
壁は所々剥げちゃってるけど、それがまた良い趣を添えていた。
味わい深い日本の美を感じる。
邪な考えを抱いてた自分が恥ずかしくなるくらい、質素で堂々とした佇まいだ。
でも、この中では毎日、血の滲むような稽古が続けられているのかな。
だって、全寮制って相当マジだぜ?
そりゃ、あんな迫力ある形や組手を見せるためには、かなりの稽古を積まなきゃなんだろうけど。
あのチャラそうな林檎頭とか、まじで稽古してんの?
毎朝ランニングとかしちゃってんの?
信じがたい事実だな。
うーんうーん。
「夏菜、何唸ってんだ?早く中に入ろうぜ、みんな待ってっから」
「み、みんな?」
あたしは、その厳かな響きに何となくビビってしまう。
春果君は、あたしの表情の微妙な変化に慌てて説明を重ねる。
「おう。みんなっても、まだ夜練の時間じゃないから、代表メンバーにだけ来てもらったんだけどな」
「わざわざ、あたしのために呼んでくれたの?」
「だって、どんな部員がいるか分かんないと、夏菜も来にくいだろ?」
春果君が何の疑いもない天使のまなざしを、真っ直ぐあたしに投げかけてくる。
うっ、眩しい!
眩しいよ、春果君!
あたしが細目で顔の前に手を当てて、眩しすぎる光を避けていると、その手がガシッと強く握られて引っ張られる。
「ほら、来いよ、夏菜。智桜空手部にようこそ」