接近5
(~♪)
授業終了の音楽が鳴った。爽やかな音楽とは対照的に、あたしはぐったりと机に手をついた。
はぁ、ここに来て一番辛い授業だった。
廊下の女学生たちも、結局、授業時間いっぱい春果君を観察してた。
無駄に気を遣った。
何なの、みんな。
暇人なの?
くそっ、何で先生のあたしが、何となく肩身の狭い思いをしなきゃなんないんだ。
学生も学生だ。
気に入らないなら直接あたしに言え!
コソコソ、コソコソ悪口言いやがって。
でも、元々の原因は・・・
あたしは、トラブルメーカーにキッと目を向けた。
案の定、彼は女学生たちに捕まってる。
「櫻井先輩。今日はどうして、この授業に出てたんですか?」
「え?ミス・パーカーの授業受けてみたかったから」
「お知合いですか?」
「ああ」
「えっ、どこで知り合ったんですか?」
「大学で」
「あ、そうですよね」
「俺、授業の邪魔になってなかった?急に割り込んでごめんな」
「え、いえいえいえ、もう全然、全く、微塵も!邪魔だなんて!むしろ毎週
来てくださいみたいな」
「そっか。ありがとう。俺、まじで毎週来るかも。あ、じゃぁ、先生に話あるから」
春果君は、ほぅと見惚れる笑顔を振りまきつつ、鞄を持って席を立った。
女子のあしらい方が上手だな。
ってか、感じが良いな。
そっか、先生に話があるのか。
じゃぁ、もう行かなきゃだよね。
来てくれてありがとう、春果君。
あたしは、感謝の気持ちを込めた微笑を春果君に送る。
あ、気付いてくれたみたい。
彼も、天まで舞い上がっていけそうな気分にさせてくれる、極上のスマイルを送ってくれる。
春果君の周りだけ、ぽかぽかした陽だまりのような空気が流れてる。
究極の癒しだな。
あたしの顔まで、ぽやーんと緩んじゃう。
って、そうじゃないでしょ!
あたしはこんな窮地に追いやってくれた彼に怒ってるんだ。
あたしは、努めて怒った表情を顔に貼り付ける。
春果君は、そんなあたしの努力なんてお構いなしに、あたしのとこまでとっとっと軽快な足取りでやって来る。
ん?
って、先生ってあたしか!
そうだった、あたしだった!
あたしに話があるのか、エンジェル!
「夏菜!」
「待って、春果君!何も言っちゃあいけないよ!ここは良くない。あたしの聖域に行こう!」
「お、おう」
ふぅ、危ない危ない。
人前で春果君と話す事は自殺行為に等しいって、もう学んだからね。
可愛過ぎるのも問題だな。
天然記念物レベルだものね。
人間国宝にしてもいいくらいだ。
「じゃぁ、ついて来て」
「おう!」
春果君は、嬉しそうな顔で頷いた。
その向日葵のようなスマイルに、女学生も男子学生もみんなの目が引きつけられてるのを、あたしは見逃さなかった。
「夏菜!すっげカッコよかった!お前、英語ペラペラなんだな!俺、理系人間だから理科数学には自信があるけど、英語は全然出来ないから、まじ尊敬する」
春果君は、あたしの聖域に入った途端に、あたしの肩を掴んでキラキラした目で、あたしの目を覗き込んだ。
全身全霊の尊敬がその強い眼光に込められてる。
あたしのほっぺが、あたしの意思に逆らって燃え上がる。
「そんな。文系人間のあたしからしたら、理系科目できる春果君の方がずっとすごいよ」
あたしは、無邪気に投げられる好意の視線に、無性に恥ずかしくなって目を逸らした。
「ひゃっ!」
春果君は、何の前触れもなく唐突に両肩に置いてた手を腕に沿って下に滑らして、あたしの両手を握った。
ねぇ、春果君、君は天然にこんな事やっちゃってんの?
それは、犯罪レベルだよ?
ってか、ちょっと変な声出ちゃったじゃん。
何か恥ずかしいんですけど!
さっきも思ったけど、君、尋常じゃなく人懐っこくてスキンシップ大好きだよね。
ほんとに、猫みたい。
あたしのようにやさぐれた大人には純粋すぎて、刺激が強すぎるんだよ。
「な、俺、夏菜の授業気に入った。夏菜の授業受けてたら、英語出来るようになりそう!俺、理系だから英語論文読んだりするけど、いっつも苦労してんだ。また見に行ってもいいか?座ってるだけで、絶対邪魔しないから」
春果君、君は分かってないね。
君のせいではないんだけど、君がいてくれるだけで、学生たちはものすっごく、それはもうものすっごく気が散っちゃうんだよ。
こんな可愛い子がいたら、そりゃあたしだって学生だったら見てたいって思うだろうよ。
学生じゃなくても、今日知らず知らずのうちに目が君の方に行っちゃってたし。
先生だって人間だからね。
でも、勉強したいってその気持ちが素晴らしいね!
あたし、その気持ちを最大限応援するよ、例え大半の女学生に嫌われることになろうとも。
頑張りたい子は、何だかんだであたしについて来てくれるだろうし。
「夏菜、あとさぁ」
「な、何?」
春果君が、尋ねるような顔をあたしの顔に近づける。
ひぃぃ、近いよ近い。
これからも春果君、こんな調子であたしに接してくるなら、絶対に慣れなきゃ。
いちいち心乱されてたら、冷静な判断が出来なくなっちゃう。
「空手部、入ってくれる気になった?」
「あ!やっべ忘れてた!」
あ、声に出ちゃった。
「い、いや春果君、忘れてた訳じゃなくてね。あのね、その、忙しくて」
春果君の周りのお日様のような空気が一気に冬の木枯らしへと急降下する。
キティーちゃんはパッとあたしの手を放してブスッとした顔で腕を組んだ。
ハローキティ―ちゃんって可愛いよね。
あれ、オーストラリアでも人気なんだよね。
でも面白いよね。
キティーって(子)猫ちゃんって意味なんだけど、ハローキティって、“こんにちは、猫ちゃん!”だよ?
何でキャラクター名が呼びかけ?
変なの~あはははははは
はは・・・
・・・
お・・・怒った?
「だって疲れてて。そんなの考える余裕なかったし。授業でいっぱいいっぱいだったし。今日は戦いだったし。日本食が美味しすぎて食べ過ぎで、お腹に肉が乗ってるって授業中気づいちゃったし。リアル凹んでるし。田山はムカつくし」
「田山?」
「あ、ごめん。田山は関係なかった」